ブラック・ニンジャ・ヤスケ
こういう話ならちょっと読みたい系弥助主人公フィクション ジャンルは歴史フィクションかな 一次資料にある事実と記録がない事実ベースの解釈 捏造は主に記録にない日本に来る前の扱いとイエズス会に戻された後のこと 追加資料が必要なので具体的忍者活動はない ガチで連載書くなら一話目は忍者働きで過去の経緯は二話目以降だと思うけど忍者働きを思いついて書こうと思ったわけでもないので…
白人ネガキャンではあるかもしれない 一次資料からの解釈としてはネガキャンとかヘイト創作ってほどじゃないつもりだけど、サムライヤスケをオリジンだと思ってる人にはネガヘイト扱いされそう
本能寺の変から数年後、彼は山間の集落にいた。牛のように黒い肌が目を引く、三十手前くらいであろう異国の男だ。上背もそこらの農民よりも大柄で六尺ほどはある。武士であれば六尺を越える大男も偶にいるが、肉を常食しない農民は五尺前後の者が多かった。顔立ちは美しくも醜くもないが、そもそも日に焼けた邦人よりなお黒い肌だけで酷く目を引く男である。そしてただひょろ長いというわけではなく肉体労働でついたものかそれなりに筋肉があるので力も強かった。剛力といっても怪人のそれではなく、体格相応のものである。集落に加わったばかりの頃はすわ天狗か大入道の仲間かと遠巻きにされたこともあったが、人柄も知れ集落に馴染んだ今では単に肌の黒くて大力の隣人といった塩梅である。男の名を、弥助といった。
山中で遭難し行き倒れていたところを集落の子供に拾われ住み着いたこの男の氏素性について集落の人間は概ね名前しか知らず、本人も好んで語ろうとはしなかった。ただ、海の向こうから船でこの国にやってきた異邦人の中でも南蛮人と呼ばれる者たちは黒い肌の人間を下僕として連れていることがあるという話を知る者があり、そうした下僕の黒人をしていた者が何らかの理由で主の元から逃げてきたものであろうと集落の人間は了解していた。そもそも当初、彼は集落の者たちにはわからない異国語であれば流暢に話せるようだが、日本語は日常会話であればいくらかできる、といったところであった。彼を拾ってきた子供やら周囲の大人やらに世話を焼かれる内に日常会話には困らなくなってきたが、あえて(恐らく辛い思いをしてきたのであろう)彼の過去を深く問いただそうという者はいなかった。
弥助はこの国から見れば遠く西の地の民である。彼が東の果てともいえる日本にやってきたのは全くもって彼自身の意思によるものではない。彼はイタリア人のイエズス会宣教師ヴァリニャーノに連れられてやってきた黒人奴隷の内の一人である。健康的な体をしていて性根も大人しかったので、珍奇なもの、新しいものを好む織田信長が話を聞いて興味を持った黒人の実物として、その前に見世物のように出された。信長は最初その肌が墨などを塗って黒くしているのではないかと疑ったため、目の前で上半身を脱がされ水で身体を洗われた。汚れが落とされても変わらず黒い肌をしていたので、確かに素のままで黒い肌の人間がいるのだと納得され、信長に気に入られ引き取られることになった。信長は彼がヤスフェと名乗ったのを聞いて弥助という名前を与え、身分を保証する熨斗付の短刀を与えた。また、日本に奴隷制はないため配下として住む屋敷と給料にあたる扶持米を与えられることになった。扶持米は彼が一年喰うに困らないだけでなく、使用人を一人二人雇って家のことをしてもらえる程度のもので、これは大体相撲取りが召し上げられた時と同じような待遇であった。
20年以上暮らした故郷を離れて連れてこられた異国の地は彼にとって何もかも違っている未知の土地だった。気候も文化も言葉も異なる土地で有力者に気に入られ召し抱えられたことは間違いなく幸運だったろう。この地で彼に与えられた仕事は、信長の話し相手をすること、身の回りの道具を運ぶこと、後はその明らかに異国の者である外見で威圧する事くらいである。難しいことではなかったし、多少失敗したところで酷く叱られて折檻されるようなことはなかった。肌の色に驚かれることはあっても、そこに蔑みの感情が混ざることはなかった。あまりにも元の国と言語が違いすぎてなかなか言葉を覚えられなかったが、少しずつ日常会話は覚えていった。信長について戦場に行くことはあっても兵士として前線に出されることはなかった。もっとも、前線に出されたところで彼はあまり役に立てなかっただろう。彼は元から戦士だったわけではないし、まだこの国の人間の区別が覚束ない。敵味方の区別が咄嗟につかないかもしれない。この地の戦いは基本的に同族同士の戦いである。敵味方の区別は鎧の装飾や旗指物の違いなどでするものだが、彼は織田軍やそれに連なるものの目印を全て覚えられてはいなかったし、戦によっては敵味方が途中で変わることもありうるのである。無暗に戦おうとして味方を攻撃してしまっては目も当てられない。しかし敵方からすれば彼が織田の配下であることは明白なのだ。目立つ彼は真っ先に狙われてもおかしくない。信長としても彼に求めたことは戦功ではなく異邦人として信長を楽しませることだった。前線に出て怪我をさせたり、悪くすれば殺されてしまうのは全く望むところではなかった。
そんな織田軍での生活に彼がようやく慣れてきた矢先に起こったのがあの本能寺の変である。あの日のことは彼は今でもはっきり思い出せる。彼もあの日、本能寺にいたのだ。
信長という織田家の中心人物が滞在するということで、本能寺は簡易的な砦と呼べるほどの防衛機能を追加されていた。とはいえそれもいざという時の備えであって、それが本気で活用されることになると思っていたのはそこを攻めると号令を下した明智光秀くらいのものだったろう。信長とその手勢が敵とまみえるのは、もっと西の土地でのことになるはずだったのだ。彼も信長の側仕えの一人として同行していた。戦闘要員ではないので夜の見回りに選ばれるようなこともなく、眠っていたところを夜半の騒ぎで叩き起こされた。
夜闇の中に灯る松明の火。怒号。争う人たち。寺が何者かに襲撃されていることだけは彼にも理解できた。混乱の中で人と情報が行き交う。他の者たちが交わす言葉も彼にはまだ全ては理解できていなかった。護身のために与えられた刀を抱いて、行くべき場所も安全な場所も、取るべき行動もわからぬまま、見知った人間を追って走った。斬り殺されている人間を見かけた。寺の建物が燃えているのも見えた。幸か不幸か追った人間たちは信長の息子の内の一人を守ろうとしている武士たちだった。襲撃者との争いになって、彼も己の身を守るため必死に手にしていた刀を振り回した。細く薄く短い刃は彼にはあまりに頼りなく見えた。そんな中で、彼の見知った人物が彼に呼びかけた。
「弥助、そのように刀を振り回すものではない。もう心配ないからその刀を私に渡しなさい」
彼を落ち着かせるよう穏やかに声を掛けられ、それが信長の傍でそれなりに見た人物であったので、彼は、ああ、助けが来たのだと安心してしまった。大人しく刀を渡して無暗に暴れるのを止めた彼を武士たちが囲む。
「この黒人は殺さずともよいのですか」
「こうして大人しく刀を渡しただろう。これは武士ではない。火に巻かれ怯えた獣のようなものだ。殺さずとも、古巣の南蛮人たちの寺へ返してやればよかろう」
明智光秀、その男こそが本能寺を奇襲した下手人であり、信長が燃える寺の中で自害したらしいということを彼が知ったのは、イエズス会の拠点に連れていかれた後のことだった。
織田での暮らしは悪くなかった。異国の人間ではあるが、同じ人間同士、蔑まれることなく対等に扱われていると思えるところがあった。対して宣教師の下、白人の下での暮らしは思い返すに辛かった。肌の黒いものは同じ人間ではないのだからどのように扱っても構わないのだという蔑みを根底とした態度。少しでもしくじりがあれば罵倒され折檻されることも珍しい話ではない。自尊心は穢され、学びは与えられない。彼が大人しく、反抗することのない下僕となったのはそうして牙を折られ続けたためであった。白人での最後の主たる宣教師はこの東の果ての地の権力者への手土産として見栄えのする者を出すため、比較的悪くない扱いはしたものの、彼を黒人というだけで下等の者と見ていたことに変わりはなかった。そしてある意味では既に宣教師が彼をこの地に連れてきた目的も役目も終わってしまったのだ。以前より悪い扱いとなったとしても不思議はなかった。
信長がいなくなった今、織田軍にはもはや彼の居場所はないだろうから、そちらに戻ることはできない。だが、イエズス会の拠点を飛び出し、白人の下から逃げ去った。奴隷にされ自尊心を折られてから、もしかしたら初めての自分の意思で決めて行った反抗であったかもしれない。そして、あてもなく駆けて、山中で行き倒れたところを集落の者に拾われたのだった。
たとえば、彼が剛力無双の武者であれば、戦功をあげて信長の庇護によらず織田軍の内で確固たる地位を得られたかもしれない。或いは、有用な知識や技術を持ち日本語を自由に話せたら文官として地位を得られたかもしれない。そこまで強力な強みを持たずとも、もっと軍の中で他の者たちと関わり、馴染む時間があれば、いずこかの娘との縁談の話が出て、この地で家族をもって根を下ろすことになったかもしれない。
だが実際にはそんなことにはならなかった。彼に戦功はなく、有用な技術やこの地で重んじられる教養はなく、信長に仕えた期間は一年半弱にすぎない。見目が少し変わっているだけの、信長の側仕えの一人にすぎない。そして、だからこそ明智光秀は彼を殺さず放逐するに留めたともいえる。本能寺の変で、信長に仕えその地に同行していた者は武人も武人見習いも非戦闘員も区別なく、尽く殺されているか主を追って自害している。生き残った者は僅かばかりで、裏切り者たる光秀に弓引くであろう者はまず死んでいると言っていい。彼が見逃されたのは、彼が光秀に敵討ちを試みることなどない、考えたところで実行できないと思われたからである。武人であれば憤死しかねないほどの侮辱である。もっとも光秀は本能寺の変から一月もかからぬ内に秀吉に負け、落ち武者狩りに殺されたというから、彼がそれに憤ったところで遅きに失しているのだが。
彼は敵討ちを望んでいるわけではない。そもそも敵は既に亡い。それに光秀が裏切らねば、という恨み以上に、もっと早く自らこの地で生きる覚悟を決めて一歩踏み出していれば、という後悔の方が大きかった。そうすれば、白人の元に帰されることもなく、彼は今も織田に連なる軍の一員であったかもしれない。信長以外にも彼を召し抱えようという者がいたかもしれない。この地で家族を持つことになっていたかもしれない。それもまた、もう今更なのだが。
そして、彼の辿り着いた山間の集落は忍の隠れ里でもあった。彼らもまた幼少期から特別な教育を受けたエリートの類であり、諜報というその主要任務の都合上、語らずとも一部の者は彼の素性を把握していた。市井に紛れ、溶け込む必要のある忍と見目の目立つ彼は相容れない。だが、集落には忍働きをする者しか住んでいないわけではなく、田畑を耕し、日々の糧を得る者もいたため、彼も留まることを許された。
彼は田畑を耕し、子供たちに混じってこの国の読み書きや文化を学んだ。望むことがあるなら、受け身でいるだけでなく、自らも動かねばならぬと身に染みてわかったからである。意欲的に取り組んだためか、時が経てば見目を気にせねばそこらの農民と変わらぬまでになっていた。
忍の者の里は里全体で一つの主家筋に使えているところと、主家を持たず報酬さえあれば何処の家の任務も受ける傭兵のようなところがある。この里は後者の里である。名と顔が知られているのは忍頭たる里長だけで、他の者たちは忍と知られぬよう生き、任務をこなしている。まあ潜入任務を行う者が顔と名前を知られてはならない。名の知れた忍とは里の代表者であるか架空の人物であるかの二択である。でなければポンコツであるということになる。スパイと同じだ。
そういう意味で、長身と肌の色で目立ち、人の記憶に残ってしまう弥助は忍には向かない人間である。よく日に焼けた日本人よりなお黒い肌は、潜入に向かない。一目で異邦の者、他の土地から来たものとわかってしまう。だが彼はこの先、田畑を耕すだけの日々を送ることを拒んだ。集落の場所を秘密にする必要があるため、ただ農民をするのであれば彼は集落の中で暮らしていかねばならないというのもある。集落の忍が皆そういうことになっているわけではなく、彼が目立って目を付けられ、後を付けられたりしたら困るということである。少々理不尽ではあるものの、彼も理解出来ぬわけではない。だから彼は自らも市井に紛れ込む方策を考える必要があった。
そうして辿り着いたのが虚無僧である。頭からすっぽり被り物をしてしまえば顔は見えないし、法衣で手足が隠れてしまえば、身の丈の高い僧で済む。黒人であることが知れたとしても、主を亡くした従者が主君と同僚の菩提を弔い祈りを捧げるため仏道に帰依し巡礼の旅をしているということになるなら問題ない。忍は顔と名が売れていてはならないと言ったが、忍として知られているのがいけないのであって、忍としてでない表の顔が有名だというのは問題ない。諜報の為に各地を回っているのだとバレなければ、そして不審者として捕らえられたりしなければいいのだ。後の世では高名な健脚の俳人が実は忍だったのではないかという説があるくらいである。
実際の所、忍は諜報先に合わせて変装する者と、何らかの各地を旅する仕事の裏で諜報工作をする者がいる。後者は例えば、甲斐の歩き巫女と呼ばれる者たちだ。そもそも忍の七化けという言葉もある。そこにいても不審でない人間の振りをするのも一つの方策だ。田舎の村里では住民みな顔見知りで余所者が紛れ込もうとしてもすぐ見つかってしまうことも少なくない。余所者とわかるなら居てもおかしくない余所者の扮装をするべきだ。それが旅芸人だったり、旅の宗教者だったり、旅商人だったりする。絶対の正解というものはない。場面に合わせて変わるべきである。
夏の暑さにだけは辟易したが、虚無僧の扮装というのは悪くなかった。必要以上に人目を引くことなく、顔を隠していても不審者であるとは見られない。法衣を着た僧伽であることが民の無暗な安心感になっているのだろう。仏道に帰依している人間が悪いことをするわけがないと。弥助は今の所本気で仏道に帰依するつもりはない。擬態の為に表面をなぞっているだけだ。それは彼の信仰ではない。彼の信ずる神はこの国にはまだ伝わっていなかった。
何度かの里の他の忍と協力しての任務を成功させた後、弥助は一人で里長に呼び出された。
「私ひとりでの、潜入、諜報任務ですか」
「ああ。そろそろ、単独でなんとかできるようにもなったろう。勿論、行動を共にしないだけで、他の者も同地への潜入や情報伝達を行うことになる」
単独任務の要請、つまり彼が一人前の忍と認められたのとほとんど同義であった。彼は"何でも"はこなせないが、できることを極めればそれも一つの強みである。彼向きの仕事があれば選ばれるのも当然と取れた。
任務を引き受け、その詳細を頭に入れると、彼は自分の住まいで旅支度を整える。肌の色が目立たぬよう白黒の法衣をまとい、篭手脚絆を付け籠を被る。諜報仕事となればしばらく家どころか集落にも戻ってこられない可能性も高い。隣人に家の世話を頼む。
「遠方の仕事?弥助も大変だね。家は任せておいて。時々掃除はしておくから」
「任務を任されるということは、それだけ認められているということですから、悪いことではありません。よろしくお願いしますね」
何を隠そう、行き倒れていた弥助を見つけたのがこの隣人だった。一度手を出したのだから最後まで面倒を見るということなのか、ちょくちょく気にかけ世話をやいていた。この隣人がいなければ彼が集落に馴染むまでもっと時間がかかっていただろう。
そしてこの隣人もまた里の忍の一人であった。まだ卵だが。子供が一人で旅をすると目立つのでもう少し育たねばある程度栄えている街での任務しかできないのだ。人の多い町では田舎よりは余所者であることを咎められにくい。
人生は起こった出来事を幸運であるとも不幸であるともすぐには判断できない、ということを塞翁が馬というらしいが、この隣人と知り合ったことは幸運であると彼は思っている。
「いってらっしゃい」
「ええ、いってまいります」
帰る場所がある、迎え入れてくれる人のいることの幸福に思いを馳せながら、彼は集落を旅立った。
天海光秀説やってラスボスにすんのもありだな…