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「崩れ然る固定観念」

駅前に新しいおしゃれなハンバーガーショップができたらしいよ、とクラスの女子が話していたのを小耳に挟んだ。

楽しそうに会話する女子の中に最近付き合うことになった彼女が興味深そうにしていた。

それを覚えていた俺は、良いことを聞いたと思ってすぐにそのショップを検索して予約までした。日時は今日の放課後。

俺と彼女の記念すべき付き合ってから初の放課後デートだ。




「わぁ〜!かわいい!」


放課後。

入店するとすぐに目の前に飛び込んでくる可愛らしい装飾に、明るいパステルカラーの店内。お世辞にも男子だけでは入れなさそうな雰囲気に少し圧倒されるが、自分と手を繋いだまま店内に夢中になる彼女の様子を見て心底よかったと思う。

あの時のクラスの女子よ、本当にありがとう。


店員さんに案内されて、テラス席に移動する。綺麗に舗装された外の道路よりも2段高い場所なのでなんだか気持ちよく感じられた。

日差しよけもしっかりされていることは調査済み。彼女は日傘を指すタイプではないが、気にするかもしれないと思って事前に店に確認しておいたのだ。


「BLTもいいよねぇ…あぁ〜、でもこっちのビーフステーキバーガーも美味しそう〜…」


じぃっと可愛らしくデコレーションされたメニュー表を2人で見ていると、彼女は眉を顰めながら注文内容に迷っている。

普段からすぐに答えを出すタイプではないし、付き合う前から放課後に2人でたまに行っていたファミレスとかでも、彼女はメニューを悩むことが多い。

だからそういう時は決まって、


「じゃあ、俺がこのBLTにするよ」


と、片方を注文する。

すると彼女は嬉しそうに顔を輝かせて笑うのだ。


「いいのぉ!?」


そんな素直な彼女が大好きで、いついかなる時でも迷ってて欲しいと思ってしまう。

そうして、BLTとビーフステーキバーガーと、それぞれの飲み物を注文したその後、彼女がお手洗いに席を立った。

待っている間暇だったので、なんとなくテラスの外を見ていると、同じテラス席に案内された成人済みと思われる女性二人組の声が聞こえてしまった。


「わー!めっちゃここオシャレ!」

「でしょ!?私の言った通りでしょ?」

「うんうん、さすが!今度彼氏と来ようかな〜!」


2人はそれぞれの荷物を用意された荷物入れのカゴに入れながら会話していた。

その会話の様子に心の中でうんうんと頷く。俺たちは初デートで選んだんだぜ、と自信たっぷりに。

しかしそんな俺の自信は、すぐに跡形もなくぶった斬られてしまう。


「え!?あんたバーガーショップに彼氏と行くの?強すぎない!?」

「いやぁ〜流石に初デートとかじゃないけどさ、もう長い付き合いだし、もう別にいいかなって」

「まぁ確かに…初めてのデートでバーガーショップは恥ずかしいし、普通にでかい口見せたくないもんね」


体に雷が落ちた気がした。

まさか、そんな。嘘だろう。

初デートでバーガーショップはありえないのか?そんなまさか。


先ほどの彼女たちの話を冷静に分析すると、つまりだ。

・大きな口を見せたくない

・恥ずかしい

・初めてのデートに、バーガーは食べない

・初デートinバーガーショップは、ありえない

ということか。


完全に盲点だった。

男同士でよく安いハンバーガーショップに行ってはたくさんの同じ学校の女子がいたし、彼女もよく行くことは知ってた。だから初デートのランチにハンバーガー、なんて別におかしいとは思わなかったのだ。


後ろの方に座る彼女たちの話はまだまだ続く。


「いやまぁぶっちゃけ、初デートで手抜き感がわかる場所ってやだよね」

「あー、ファミレスとか?」

「そうそう、せめておしゃれなカフェとかがよくない?」


ファミレス…!

よく放課後に彼女と行ってたんだが…!?

いやでもその時は付き合ってたわけではないからセーフか?

だけど、つまり、彼女たち曰く「お前ごときファミレスで十分だ」と言われているようだと相手は感じてしまうのか?


そう思ってからはもうダメだった。

次の瞬間から想像できるのは、彼女がトイレで誰かに自分のことを報告しているのではないかという悪夢。

もしかしたら、友人たちに放課後デートでハンバーガーショップに連れて行かれたことを嘆いているかもしれない。

いやそれくらいならまだかわいいものだ。

もしかしたら別れ話の一つでも持ち上がってしまうかもしれない。そんなことになったら俺は一生ハンバーガーショップというジャンルを恨むぞ。

恨むし、どんなにコスパが良かったり美味しかったりしても2度と行くことはないだろう。


そんなことを項垂れながら考えていると、ハンカチで手を拭きながら彼女が戻ってきた。

頭の下のほうで二つに結んだ髪が、座ると同時にふわりと揺れる。それがなんだか可愛く思えて、そしてさらにこれから起こりうるであろう悲劇を思い出して涙が出そうになった。


「な、なんか元気ない…?どうしたの〜?」


そんな俺の様子を見て戸惑ったように声をかけてくれる。間延びした口癖は彼女のマイペースさを表しているようで、出会ってからずっと好きだった。


「…いや、うん、大丈夫…」


明らかに大丈夫でない大丈夫の声に、彼女も深入りしないようにと考えたのか、そっかぁとだけ返ってきた。それにすらちょっと心にダメージが入る。


するとしばらくして俺たちが頼んだハンバーガー、もとい悪夢の原因が席に運ばれてきた。

それを見てさらに俺の顔色が悪くなる。だが彼女はそんな俺の様子よりも目の前のハンバーガーに嬉しそうな声を上げた。


「わぁ〜とってもボリューミーだね」


なんてこった。

そんな大きなハンバーガー、彼女のあんな小さい可愛い口で食べられるわけがないじゃないか。

無理矢理に食べるとしたら、それはつまり、本当に大きな口をあけるしかないじゃないか。

もう絶体絶命だ。ここまできたら正直に言おう。

ごめん、初デートでこんなところを選んでしまって。どうか別れないでほしい、と。


「あの、ごめ、」

「すみませーん、ナイフとフォークをいただけますか〜?」


そして彼女は、謝ろうと思い切って顔を上げた俺の言葉を遮るように、片手を上げて店員さんを呼んだ。

その驚きの光景に思わず口を半開きにしたまま呆ける。だが彼女はそんなことを気にせず、いや知らずに店員さんからナイフとフォークを受け取ってザクザクとハンバーガーを躊躇いなく切っていった。そう、食べやすいよう、小さめに。


「え…?」

「あ、もしかして同じく欲しかった〜?」

「あ、いや、俺は、このままで平気…」

「そう?…んん〜!おいしい〜!」


切ったハンバーガーをフォークでグサリとさし、そのまま普段より大きく口を開けて一口食べる。次の瞬間には頬を染めて嬉しそうにモグモグと口を動かしている。

なんて可愛いんだろう。

いやそれも大事だけど、それよりも何かつきものが取れたような開放感を感じた。


「はは…」

「ふふ、どうしたの〜?食べないの〜?」


それもそうか。

食べ方なんて自由だし、彼女だって何も考えてないわけじゃない。自分で解決できるし、もし彼女が食べ方で不自由を感じたならば俺がその望みを叶えてやればいいじゃないか。普段メニューを選ぶ時と同じように。

ナイフとフォークはたまたま彼女が選択肢を持っていたから、彼女はそれを選んだ。

もしこの店にナイフとフォークがなければ、また違う食べ方もあるし、別に普通に食べたって俺は気にしないしそれを伝えるだけできっと彼女はわかってくれる。

だってこんなにも彼女は美味しそうに、嬉しそうに俺の目の前で食事をするんだから。

初デート、なんて意気込んで周りから見た彼女のことばかり考えすぎていた。俺自身が彼女の本来の気持ちを見てなかった。


「…ずっと俺と、一緒にご飯食べてくれない?」

「うん?うん、いいよぉ〜」


もぐもぐと相変わらずおいしそうに食べる彼女が、今日も自由で幸せでいられて、そしてその目の前に俺がいつもいられますように。



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