「迷い込む恋のラビリンス」
じゃあな、と大きく手を振る友人に負けないようにこちらも派手に手を振り返す。友人の背が曲がり角で見えなくなったのを確認してから、少し焦って踵を返す。
向かう場所は、あの赤と黄色のハンバーガーショップ。きっと友人は、自分と別れてからまさか俺が家に帰らずに別の場所にーーーましてやハンバーガーショップに向っているなんて思ってもいないだろう。
「ごめんっ、遅くなった!」
入店音と同時に、入口近くの二人掛けのテーブル席に腰かけた人物に謝罪を入れる。
声をかけられたその人は、少し目を丸くして俺のほうを見た。
「別に大丈夫だよ」
染める未来が見えない真っ黒な艶のある髪、対照的に綺麗な真っ白な肌。あの童話のお姫様のようなかわいい赤い唇。そしてそれらすべてを隠すように覆う大きな黒縁の眼鏡。
この眼鏡の先を知っている同級生は、きっと俺だけに違いない。
「友達と帰ってたんでしょう?わざわざ時間を使わなくてもいいのに」
「俺が来たかったの!」
ガタガタと音を鳴らしながら肩にかけていたリュックサックを椅子に掛ける。ついでに中から財布を取り出して、とりあえず飲み物だけでもとレジに向かうことを彼女に告げてから席を立つ。
無事に飲み物だけでなくバーガーも一緒に買ってくると、彼女はもうほぼ食事を終えていた。
それにまた、もう少し早く来ればよかったなと後悔する。
「ね、何食べたの?」
「エビが入ってたやつ。なんか限定のソースがかかってたらしいの」
「へぇ~今度来た時あったら食べよー!」
そんなことを言いながらバーガーを口に含む。正直、彼女が食べている様子を見れなくて残念という気持ちのほうが大きくて、あんまり味がしない。
「じゃ、今日もお願いします!」
「うん、わかった」
そう言いながら取り出したのは、最近発売された推理小説。
彼女も無表情だけどそれをカバンから取り出した。
この子とこうやって放課後を過ごすようになったのは、2か月前の出来事がきっかけだった。
同じ教室にいても接点のない俺たちは、同じ作家を好きになったいわば同志。普段付き合っている友人は、彼女曰く派手な人が多いらしく、クラス替えのあとということもあって話す機会に恵まれなかった。しかし俺は見つけてしまったのだ。たまたま彼女が図書室で読んでいた本が、俺の敬愛してやまない作家の作品であることを。
最初は話しかけようなんて思わなかった。だって話したことなかったし、なんていうか静かな印象だったから俺のようなうるさい男は嫌なんじゃないかって。
だけど、彼女がその本だけじゃなくて同じ作家のあらゆるシリーズを読んでいることを知った日には、思わず声をかけてしまったのだ。
いつも周りにいてくれる友人は、本を読まないし本の話をしても興味なさげだった。もともとそういうのが苦手な奴が多い。
本が好きな人でも同じ作家の本を読んでいる人はいないし、俺も俺でほかの作家については正直知らないことのほうが多い。だから下手に話しかける勇気もなかった。
「ほんっとに天才だと思うんだ俺は。このトリック実際に家でやってみたんだよ」
「…家で、やったの?」
「そう。そしたらちゃんと成功したんだよ!確かに成功したけど、これどうやって考えたんだろうって思ったら眠れなかった」
「…ふっ、」
身振り手振りで感想を伝えると、彼女が小さくふきだしたように笑う。その反応がうれしくて、俺はまた口を開いた。
「あとさ、3章の視点変更があまりにも急で驚いたけどさ」
「ああ、確かに」
「な!でもそれすらも俺たち読者をだますためのものだったとは思わなかった」
「そうだね、私も完全に騙されちゃった」
「そうだよな!」
彼女の小さな反応に、さらに俺の中のうれしい気持ちが大きくなっていく。
一週間に一度の彼女との時間は、本当に楽しくて。普段は話せない、人を寄せ付けない雰囲気を身にまとう彼女は、この時間だけは俺に笑顔を見せてくれる。その特別感が俺はたまらなくうれしかった。
それからしばらくしてセミの声が静かになり始めたころだった。
部活が忙しくなってきて、3週間連続で彼女との読書感想会を開くことができなかった。彼女とのメッセージのやり取りも1か月近く止まったままだ。
それがなんだか悲しくて、でも自分もそれなりに忙しくて、やきもきしながら毎日を過ごしていた。
そんな中、事前連絡なしに早めに部活が終わることになった。顧問の都合らしかった。
部活仲間と少し愚痴を言いながら帰り、いつもの場所で別れを告げる。
なんとなくあのハンバーガーショップに向って足が動いていた。あれ以降彼女とは連絡は取ってないからいるはずもないのに、何かが俺をあそこへ向かわせた。
自動扉が開く。いるはずがない。入店音が鳴り響く。いるわけがない。いつもの二人掛けの席を見る。まさか。
「……あ、」
まるで時が止まったように、俺たちは見つめ合った。
彼女の小さな唇から音がこぼれた。
「なんで、」
そう自然と問いかけていた俺に、彼女は驚いた顔をして慌てたように顔をそらした。心なしか顔が赤くて、焦っていて、とてもかわいい。
長い黒髪が、はらりと肩から落ちる。その姿がなんだかとってもいとおしくて。それを覆い隠すようにどうにか拳に力を入れる。
「や、ちが、…その、いるかな、って、」
「…もしかして、毎日、来てた?」
「ちがっ、」
まさかと思ってそう問いかけると、そらしていた顔を上げて俺をすがるように見つめる。
その表情はどう見ても否定には見えなくて。それはつまり、ここに来ていたってことで。
「…っ、私、思ってたよりあなたといるの、好きみたい」
うつむいたままそう告げられたら、もう俺はどうしたらいいんだろう。




