あの子を逃すために
「理由なんてない、か」
徐々に強さを増す雪の降る、鈍色の空に向かってゼフィランは呟いた。白い息が目の前を淡く燻らせ、大気に溶けていく。
ごめんねディアーン。
私はひとつだけ嘘をついたよ。
あんな格好つけたこと言ったけどね、きっと私はどこかで、君に娘を重ねてしまっていたんだ。君と家族ごっこをして、あの日を必死に再現しようとしていたんだ。
君は君で、娘は娘。全くの別人なのにね。
身勝手な理由で君を拾い、身勝手に君の面倒を見て、あげく身勝手な約束まで押し付けて。
ああ、つくづく私はダメな親だったのかもしれない。
娘を守ることは出来なかったけど、その償いにしてしまうにはあまりにも自分勝手なこともわかっているけど、君が娘を守ってくれると約束してくれてから、私も命を賭して君を守らせてもらうよ、ディアーン。
「子供1人に大の大人が何人も。そんなに寄ってたかってどうする気だい?」
少し盛り上がった崖の上から、ゼフィランは叫ぶように言った。
下には10人ほどの屈強な男たちが、金物の農具を携えて立っている。
口を開いたのは唯一手ぶらの、先ほど目をつけていた麻色の服を着た男だった。
「ゼフィラン殿とお見受けする。『子供1人に』という事は、やはり貴殿があの悪魔を匿っていたのか」
「匿っていたつもりはないさ。子供が大怪我していて、放っておけるほど腐った心は持っていなかっただけだね」
「ならばその心で、あの者が犯した所業を慮れば、貴殿のした間違いにも気づいているだろう」
「それが残念。そんな正義をかざせるほどの聖人君主でもないのさ」
「度し難いな」
「えー?人間ぽいでしょ?」
ゼフィランはニカっと笑った。
「あのバケモノの所在を言え」
「やだね、私はあの子を逃すためにここでアンタらを足止めするんだよ」
男はハァとため息をつき、
「なら仕方ない、」
両手を光らせる。
やはり璨力か。しかも“媒”。厄介だ。
「今ここで切り捨てられても文句は言えまい」
その言葉を合図に、麻色男を囲むように農機具男たちが陣形を組んだ。
「やれるもんならやってみな!」
──どこまでも広がる白。
ゼフィランと別れてからどれほど歩いただろうか。
静寂の中に雪を踏む靴音とゼフィランに渡された大きなトランクケースを載せたソリを引きずる音だけが響いている。
また、1人。
すっかり慣れたはずのひとりぼっちも、ここ3ヶ月ほどのせいでなにか違和感を感じる。
……戻りたい。
ふと立ち止まり、来た道を振り返る。
この消えかかった足跡を辿ればまたゼフィランに会える。死んでもいいと思ったこの世界で出会った唯一の存在。
しかし、とディアーンは前を向き再び歩き出した。
それはゼフィランの望むことではない。
俺のすべきことでもない。
今はただ、彼女の娘を探し出すことだ。
生きなければならない。何が何でも。
だからアンタも生きててくれ、ゼフィラン。