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カローラの花々  作者: 津々皆
玉簾篇
5/16

璨力

「ところで、」


夕飯の鍋をかき混ぜながら、ゼフィランは背中越しに切り出した。

あれから1ヶ月ほど経ち、ディアーンも無理をしない程度には動けるようになっていた。寝過ぎていたら気持ち悪いからというよくわからない理由で、少しずつゼフィランの手伝いをしていた。


「“白い悪魔”ともあろう君が、どうしてこの前の町では失敗したんだい?」

その問いに、ディアーン食器を並べる手を止めた。


「……不思議な奴がいたんだ」


「不思議な奴?」


ディアーンは頷いた。


「人間の所業とは思えない。人智を超えた能力。例えるなら、超能力のような……」


そう言いながらスプーンを眺めるディアーンにフッとゼフィランは笑い、


「やっぱりね」


何か合点が言ったように呟いた。


「知ってるのか?その男の事」


ディアーンはパッと顔を上げゼフィランの方を向いた。


「いや知らないよ、その男はね。ただ君が言う超能力とは、おそらく“璨力(さんりょく)”だ」


「璨力?」


初めて聞く言葉だった。


「知らないのも無理はない……のかな?お母さんから聞いた事はなかったかい?君が生まれるちょっと前、もう8年くらい前になるけど、それまではこの島の人はみんな使えたものなんだ」


ゼフィランの説明によれば、璨力とは、大気中に満ちている“(さん)”という自然エネルギーを体内に取り込み、自らの身体エネルギーに変換する力のことを指すらしい。


「地方ごとに力の種類が違うんだけど、この辺だとこんな能力じゃなかったかい?」


そう言いながら振り返ると、手に持っていた木製のレードルをジャーンとわざとらしく見せつけた。

そして目を閉じ、深く深呼吸すると、


「なんだよ、それ……」


ディアーンが驚くのも無理はない。

レードルの先端がみるみる花の形に変化していった。

ゼフィランは花になった部分のみをポキっと折り外し、


「今は、これが精一杯」


ディアーンに差し出した。


「これが璨力。(ソン)って言ってね、簡単に言えば物に璨力を流して形を変化させる力だ。まあこれは拵の中でも基礎中の基礎の技だけど」


ディアーンは木製の花を不思議そうに眺めている。精巧とは到底いえないが、確かに花の形を成している。ただ、


「これとは別の力かもしれない」


この力がどれほどまで応用のある能力なのか定かでは無いが、錬金術的なものだと分類するなら、ディアーンが見たのはもっと魔術的なものに近かった、気がした。


「そうか、他所の地方の人だったのかもね。にしても今の段階で君に手傷を負わせられるなんて、元々は相当璨力が高い人だったのね、きっと」


確かに。

ゼフィランのその能力を攻撃に応用したとしても、あそこまでディアーンを戦闘不能にできるのかはわからない。


「でも使えなくなったんだろ?8年前に」


ディアーンの問いにゼフィランは頷いた。


「それが、ここ最近になって、一部の璨力が高かった人々に力が戻り始めてるという噂が流れてる。ただ実際に扱える人なんて周りにいなかったし、噂は噂だと信じちゃいなかったんだけど、確かにこうして私は今、璨力が使えている」


「ゼフィランは璨力が高かったのか?」


「私?いや、可もなく不可もなくといった感じだったよ」


笑いながら答える。


「ただ、」


そして少しの間の後、


「私がこの力を使えるようになったのはディアーン。君に出会ってからだ」


ゼフィランは今度はレードルを鯉の形へと変化させ、机に置いた。


「だからって何の因果関係もわからない。君も璨力が使えるわけじゃないんだろう?何かの偶然か、あるいは実は私が天才だったか」


ドヤッとした擬音が聞こえそうな笑顔をディアーンに向け、机の鯉を龍の形に変化させた。


「なんてのは冗談だけど、原因もわからず復活したんだ。原因もわからず消えるかもしれないさ」


ゼフィランはえらく楽観的だった。


「さあ、もうすぐご飯ができるよ。……って、あちゃー。もったいない事しちゃったなぁ」


まいったといった具合に棚から新しいレードルを取り出すゼフィランの背中を見て、ディアーンは少しだけ笑った。



「美味しい……」


ゼフィランお手製のジビエシチューを食べながら呟くディアーン。


「本当?そりゃ嬉しいね。熊肉は臭みがあるから嫌いな人にはとことん合わないんだ。でも、気に入ってくれたのなら私と舌の趣味が近いのかも」


あれから、だからといってディアーンとゼフィランが全てをわかり合ったというわけではなかった。それほどまでに傷は深く、人間というものは複雑だ。

ただ、2人にあった壊せないはずの感情にヒビを入れる出来事ではあったのかもしれない。似た境遇を経験した2人にしかわからない“何か”は感じられたのだろうか。


秋の終わりをそろそろ感じ始める頃。

広いとはいえない家の豪勢ではない食卓を囲みながら、不思議な晩餐はそこにあった。

おそらく、それは2人にとってとても久しぶりで、ほんのひと時の安らぎであったのだろう。

母を失った子供と、子供を失った母親。互いを埋め合うにはあまりに歪なピース。

でも、今は目の前に誰かがいてくれる事が、ただ心地よかった。


それは、まさしくほんのひと時の安らぎに過ぎなかったが。

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