堕ちた理由
「最近、巷で囁かれる“町壊し”と言う現象。あれは君の仕業かい?」
ゼフィランは再び包帯を巻きだした。
「…………」
ディアーンは向こうをむいたままだが、僅かに拳に力が入ったのをゼフィランは見逃さなかった。
「何が目的なの?」
ゼフィランの声色が変わった。真剣な眼は真っ直ぐディアーンを捉えている。
「言ってどうなる」
ディアーンは答える。
「え?」
「言って、それを知って、お前はどうなる。何がわかる。俺は、」
そして少しだけゼフィランの方を向き、
「お前らの言うとおり悪魔だ」
またそっぽを向いた。
ゼフィランは小さくため息をつく。
「私はね、君の外見がどうとか、種族が何だとか、そんなのは気にしてないんだ。ただ、こうして言葉を話せて会話が成立する以上、君とは対等な存在だと考えている」
ゼフィランは自分の座っていた丸椅子をすっと半足分前に出し座り直しながら続ける。
「君がしたことは紛れもない悪だ。まだ幼い君にこんなことを言うのも不憫だが、その罪はしっかり償わなければならない。ただね、」
そして、ゼフィランは包帯の巻終わった幼い手の上に自分の手を重ねた。
「私には、君が性根の腐りきった悪者だとどうしても思えないんだよ」
そう言いながら優しく微笑み、
「話してくれないか?君に何があったのか。どうして町壊しをするようになってしまったのか」
しばらく2人の間には沈黙の時間が流れていたが、その圧に負けたのか、それとも少しは心を開いてくれたのか、
「…………殺されたんだ。母さんを」
ディアーンは吐き出すように小さく呟いた。
「理由はわからない。ただある日、家に帰ってきた俺が見たのは荒れ果てた自分の家。そして気持ち悪い笑いを浮かべた2人の男。その男達が持っていた麻袋から出てきたのは“母さんだったもの”だった」
ディアーンは体勢を変え仰向けになった。ハイライトの消えた瞳は天井を見ていたが、眺めてるという感じではない。
「何の前触れもなかった。その日の朝もいつもと変わらない日常だった。それが突然消えたんだ。全て」
まだ幼い少年の身に降りかかるにしては、その現実はあまりに重かった。重すぎた。
それに押しつぶされてしまった結果生まれたのが白い悪魔だった。
「母さんは恨まれるようなことなんてするような人じゃない。絶対にしない。俺と違って見た目も普通の人間だった。病弱でずっと家にいた。それなのに殺されたんだ。見知らぬ人間達に。あんな残虐に。それが人間という生き物なのだと言うなら、俺は人間じゃなくていい。俺は、母さんを殺した“人間”に復讐する事を決めた。それだけだ」
「復讐って……。そんなことしてもお母さんは戻ってきたりは、」
「じゃあどうしろってんだよ!!」
この時、不服にも初めて2人はしっかり目を合わせた。ディアーンの金色の目は潤んでいる。
「ただ容姿が他人と違うだけで化け物扱いされて、母さんを殺されて、それでもそんな人間どもを許して生きていけっていうのか!」
キッと睨む目はとても鋭かったが、ゼフィランは少しも動じなかった。むしろ、
「そうね。そんな事をした人達のことなんて許さなくていい。そんなものを許せるほど、人間はできた生き物じゃないもの。だけど、」
とても優しい笑みを浮かべている。
「復讐心に身を窶しても、どうにもならないのよ。現に今までいくつもの町を壊してきて、それで君の気持ちは少しでも晴れたのかい?」
「……るさい」
「復讐は新たな憎悪を生むだけ。あなたが町の人から追いかけられたのもそのせい。彼らも復讐心に囚われた君と何も変わりはしない。君も、君のお母さんを殺した男達と何も変わらないんだよ」
「うるさい!!」
ディアーンは声を荒げながらガバッと起き上がった。まだ到底動ける体じゃないはずだが、それほどまでに感情が昂っていた。
「お前に何がわかるんだよ!綺麗事が言えるのはその立場に立ったことがないからだ!人は分かり合える、許し合える、そんな綺麗事を言うだけなら誰だって言える!争いのない平和な世の中なんて、海の広さを知らない蛙が宣う戯言だ!本当に大切なものを無慈悲に奪われたことが無いから言えるんだ!復讐は新たな憎悪を生む?わかってんだよ!んなこと全部わかってても、どうしようもできないからこんなにっ……!」
ディアーンはギリっと強く歯を噛み締め俯いた。小刻みに身体を振るわせ、
「……こんなに苦しいんだろうが……」
ぽとりと涙を落とした。