白い悪魔
再び少年が目を開けた時、コンクリートが弱々しく照らされた、やたら冷たい天井が映っていた。
どこだここは?
辺りを見渡そうと首をわずかに傾けただけで全身に激痛が走った。
「お、目が覚めたかい?」
女性の声。知らない声だった。
動かない自分の視界へ逆さに登場した顔も、もちろん知る由もない。長い髪を無造作に後ろで束ね、ポニーテルにしている。
「…………」
声を出そうにもうまくいかない。それほどまでに身体はダメージを受けていた。
「君の荷物はそこの椅子の上に置いてるよ。ネックレスと、ロボットのおもちゃ?君が首から下げてたやつとポケットに入ってたやつさ。服は……うん、ウチにあるやつを貸してあげる」
そう言いながら、カチャカチャと救急箱をいじる音が聞こえる。
「よく生きてるね、と私は思ったよ。というより、最初に君を見つけた時は死体だと思ってたね。タフという言葉では片付けられないほど頑丈な身体だ。産んでくれたお母さんに感謝するんだよ」
女性は続ける。
「ここは地下の貯蔵庫さ。冬の間に食べる肉だなんだを保存しておくとこだから少し臭うんだけど、まあ多めに見てくれ」
ほら、と指をさしているっぽいが、首が動かないので確認はできない。
「…………」
「何その目。……ああ私?私はゼフィラン。君をここまで運んできたの。大変だったんだから」
家のすぐ裏手に流れる川。運がいいのか悪いのか、岩の窪みにハマるように引っかかっていたらしい。お陰で命拾いをした。いや、拾われた。
「なーに不安がらなくても、取って食べたりしないってば」
そう言って、イジワルな笑顔を浮かべたゼフィランは去り際に、
「もちろん、こんなとこに“誰か訪ねてくる”ようなこともないから安心して寝てなさい」
なにか知っているだろうか。いや、知らなかったとしてもか。
徐々に重くなる瞼に逆らうこともできず、少年は再び眠りについた。
少年がゼフィランと口を聞くようになったのは、それから1週間ほと経ってからだった。
「なぜ、助けた」
包帯を取り替えられながら相変わらずそっぽを向いている少年は、本当はとっくに話せるようになっていたが、こびり付いた警戒心と“人間嫌い”がその口を重く閉ざさせていた。
「お、話せるようになったんだね。だったらまず名前を聞かせてくれよ。いつまでも“少年”じゃあ、なんか味気ないだろ?」
「…………ディアーン」
「そう、ディアーン。改めてよろしく」
ディアーンはそっぽを向いたままだった。ゼフィランはやれやれといった困り笑いを浮かべる。
「で、なぜ君を助けたのかってことだけど、前も話した通り、助けたって感じじゃなかったさ。死んでると思ったからね」
包帯を巻きながら、ゼフィランは少し驚いた。傷の治りが早い。まだまだ動けそうにはないけど、私の雑な処置でも傷が癒えはじめている。
「生きてるとわかった全身傷だらけの子供を介抱するのは間違っているのかい?」
「何とも思わないのか?俺を」
ゼフィランはうーんと小さく唸った。
「思わなかった、と言えば嘘になる。正直に言うとね。だから聞いてみたかった。君が最初に目覚めるまでの3日間、食材と医療系の買い出しに里へ降りた私の耳にも入るほど噂は出回ってたからね。例の町壊しの現象と、先日半壊した町の状況が似ていること。そして住人が手傷を追わせて追い詰めたものの、既のところで川へ落ちて消息がわからなくなった“白い悪魔”の話」
そして、包帯を巻く手を止め、ディアーンに聞いた。
「ディアーン。単刀直入に聞くが、君は何者なんだ?」
金色の眼、青白い肌、白髪から伸びる二本のツノ、長い耳と八重歯。
ディアーンのその姿は、“白い悪魔”の姿そのものだったから。