追われた先は
もうそろそろ死んでやろうか。
そんなことを考えながらも、走り続ける少年の足が止まる事はなかった。
「はぁっ…はぁっ……」
篠突く雨が幾千、幾万の葉っぱを揺らす森の奥。ぬかるんだ地面に何度も足を取られながらも、傷だらけの体に鞭を打つように進んでいく。
朦朧とした意識の中で、少年はなぜ自分が逃げているのかわからなかった。
生きたいと思っている?
生き延びたいと思っているのか?
この世界で。憎たらしくてたまらないこの世界で。
「くそっ!あの野郎どこに消えやがった?」
「とはいえあの傷だ。そう遠くへは行けないはずだが」
「舐めてかかるな。アイツはバケモンだ。人間の型にはめて考えると足元をすくわれるぞ」
そんな話をする男達の声を草葉の陰に隠れてやり過ごす。
もはや何人で話しているのか判別もつかないほど少年は衰弱していた。
この辺りは草も木も背が高く、日中でさえ薄暗い。120センチにも満たない少年が体を隠すのにはうってつけだった。
バレないようそっと、そっと逃げていく。
男達の声も森を掛ける靴の音も徐々に遠ざかり、安堵しかけたのも束の間、不意にガッと腕を引っ張られ、そのまま裸絞めにされた。
「ここにいたぞー!!」
耳元で鳴り響くその声に反応し、遠ざかっていた複数の足音が再び大きくなる。
「はな……せっ!」
ジタバタ動いても、すでに疲労が限界を迎えた身体では振り解けない。
少年は咄嗟に自身の首を絞める腕に深く爪を食い込ませた。
「いっでぇー!」
一瞬緩んだ腕からするりと抜け落ち、ふらつく男にすかさず足払いをくらわせる。
「うわっ!!」
相手が盛大に尻餅をついている間に、全力で逃げ出した。
「待て!バケモノぉ!!」
背後から飛んでくるそんな罵声に振り返る余裕も反抗する気力もない少年は、もう殆ど見えていない視界から微かに覗かせる明るい光の先へ懸命に足を動かす。疲れている暇なんてない。一歩でも前に、一瞬でも速く。
やがて視界は開け、瞳孔が明順応しかけたその瞬間、
「────っ!」
水。
その後、状況を理解するのに数秒間を要したが、どうやら川に足を滑らせたらしい。
なるほど、薄暗い森が開けていたのは出口ではなく川が流れていたからだったのかと少年が気づいた時にはもう土砂で濁った急流の中だった。
ああ、このまま死ぬんだろうなという至極当たり前の感情が少年を襲う。
ここまでか。悔しい。
薄れゆく景色の中で、首から下げたネックレスがキラキラと揺れているのが目に映る。
最早、息ができないとか、水の冷たさを感じるといった元気もなかった。流れに身を任せ、どこに進んでいるのか、どこへ流れていくのか。
……もう、どうでもいいや。
少年は静かに目を閉じた。