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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

それでも、君を忘れない

忘れたくない事ってありますよね。

私立 桜沢高校。県内屈指のスポーツ高であり数多のスポーツ選手を輩出してきた名門校の入学式。そこには、校門からこれから通う校舎を見上げる、ふたりの人影が伸びていた。

目をキラキラと輝かせ、今にも全身で喜びを体現しそうな少女、(かえで)は幼い頃からバトミントンを習い、推薦入試で見事合格し、この高校へとやって来た。

一方、気だるげに校舎を見上げている少年、(なぎさ)は、親の意向で小学生からバスケを続けており、こちらも推薦入試で入学することとなった。


お互いなんの接点も無い完全な他人であるが同じクラス、更には隣の席という偶然によって、ふたりは対面した。

だが、互いの第一印象はまさに最悪である。

楓は、シャキッとしておらず常に眠そうな男が何故この学校に来たのかと怒りにも似た疑問を持っていた

対する渚は、活力に満ち満ちており、これからが楽しみでしょうがないと言った様子の楓に対して、面倒くさそうだし関わりたくないと、心の底から思っていた。


渚の願いが届いたのか、ふたりが話すことは基本的には無かった。授業における最低限のペアワークを業務的にこなし、特に距離が縮まることも無く時間だけが過ぎていった。


そんな、なんの変化もない日常が変わり始めたのは体育の時間のことである。その日は女子の体育教師が休みだったため男女合同でバスケをすることになった。

男女合同チームで行う5分間の試合。楓と渚は敵同士となった。試合開始10秒前、楓は、渚の雰囲気が変わったのを肌で感じた。試合開始と共に上に投げられるボール。ジャンプボールに勝ったのは渚だった。渚の仲間がボールをキャッチし、即座に渚に渡す。そこからはまさに一瞬の出来事のように思えた。流れるようなドリブルであっという間に楓を抜いた後、同様に他の人を抜いて行き、試合開始、約10秒ほどで点数を決められてしまった。楓は悔しいと思いながらも反撃を開始する。仲間にパスをしようとした、その刹那。

手からボールが忽然と消えたのだ。そしてその後ろで歓声が上がる。またも渚にシュートを決められたのだ。楓はもちろん悔しがった。だが、それをかき消す程の、別の感情も沸き起こっていた。楓は、不覚にもシュートを決めたその横顔にときめきを感じた。その後の汗を拭う仕草にもキュンとしてしまう。自分は渚相手に何を思っているんだと、そう言い聞かせるも、一度芽生えた感情は消えてくれなかった。


それから数日は渚の事が気になって、何をするにも身が入らなかった。自然と目で追ってしまう自分に嫌気がさした。だが、話しかける勇気は無く関係性が変わることも今のところ無かった。ここまで来ると流石の楓も認めざるを得ない。渚の事が好きなのだと。

渚は渚で思っていることがあった。最近妙に楓が自分を見てくるようになったことだ。近くにいる時は基本的に視線を感じるし、目が合うとサッと逸らされる。そして業務的に行っていたペアワークも楓は非常に楽しそうに口元を歪ませながら行っていた。ここまで露骨に態度を変えられては渚も気づかざるを得なかった。楓って俺の事好きなのでは?と。


そこからのふたりの距離の縮まり方は飛ぶ鳥を落とす勢いであった。どちらからともなく話しかけ、会話が途切れることなく、趣味や将来の夢などを語り合った。お互いの事を知れば知るほど距離が縮まっていく。

渚は実に単純な男であった。自分のことが好きだと思ったら、自分も好きになってしまうような男である。

プライベートでも交流を重ね、家を行き来し、両親とも顔見知りとなっていた。


季節は夏真っ盛り。夏休みにもかかわらずふたりは学校に向かっていた。無論、部活動の為である。スポーツの名門である桜沢高校は夏休みにも沢山の部活の予定が組まれていた。

楓は最近、特にバトミントンを頑張っていた。それもそのはず、近々、大会があるためである。1年生でもガッツリと試合に出れるのは、早い内から経験を積ませるといった学校側の思惑から来ている。楓は地区大会の決勝戦を控えていた。

渚はもちろん応援に行くつもりである。わざわざその日の部活を休んで応援に向かうのだ。その事もあり、楓はいつも以上に練習に励んだ。


決勝戦当日。朝から緊張しっ放しの楓の為に渚は家まで迎えに行った。渚のおかげか緊張も程よく解けたようで、いつもの調子を取り戻した。

試合開始と共にラリーが始まる。一進一退の攻防。観客も静かにその行く末を見守る。だが、相手の方が1枚上手のようで少しずつ楓は押されて行く。渚は精一杯の声量で楓を応援した。その声が届いたのか少しずつ押し返していく楓。会場は大盛り上がりを見せる。最後の1点。楓の渾身の一撃によって試合は決まった。楓は全国大会への切符を手にした。


興奮も冷めぬままふたりで帰路を辿る。渚は気が緩んでいた。故に気が付けなかったのだ。走り出す楓に。咄嗟に伸ばした手は空を切った....



病院の一室。無機質な機械音と啜り泣く声が聞こえる。そして淡々と事実を告げる医者の声。渚はなんだかここが夢のように感じていた。その瞳にはベットに横たわる楓の姿が映っていた。

楓は轢かれそうになっていた子猫を助けようとトラックの前に飛び出した。結果として猫は助かった。だが楓は脳に重大な損傷を負った。渚はただ立ちつくすことしか出来なかった。程なくして楓の両親が1度家に帰ると言って病室を後にした。

楓の手を取る、脈は弱々しく、今にも止まってしまいそうだった。夕焼けに染まる楓の顔は何よりも美しかった。


その10分程した時である。楓は目を覚ました。渚は即座に医者を呼んだ。簡単な診察を終え楓に話しかけた。しばらく話した後、楓は一度家に帰った方がいいと言った。渚も気を張っていて疲れていたため素直に従うことにした。

去り際に楓が「今までありがとう」と呟いたが、渚に届くことは無かった。


その後楓の両親から....楓は息を引き取ったと伝えられた。渚が帰った約1時間後に楓の心臓は、動くことを辞めた。

医者が言うにはあの1時間だけでも起きていたのが奇跡だったそう。渚の目からは....不思議と涙は出なかった。

ただ、渚の精神は限界に近く、楓の葬式にも出られなかった。現実を受け入れるのに2週間程かかった。その間は部屋に篭もりっぱなしで食事もろくに喉を通らなかった。

ある程度、整理が着いた今。楓の両親に会いに行こうとしている。線香くらいはあげなくては、と言う風に思い立ったのである。おぼつかない足取りで楓の家までの道を辿る。

1歩進む度に思い出が滲み出てくる。やっとの思いで楓の家に着いた時にはかなりの体力を消耗していた。


楓の両親に挨拶をし、気持ちの整理がついたことを伝える。

線香もあげた所で、そろそろ帰ろうかと思っている所に、

両親が1つの封筒を手渡してきた。楓が自分が死んだ後に渚に渡して欲しいと医者に預けていたようだ。あの1時間で遺書を書いていたのだ。

渚は封筒を手に帰宅した。自分の部屋で楓が最後に綴った言葉を見る。

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遺書 渚へ

この手紙を読んでいるということは....なんて、良くあるテンプレのご挨拶は要らないかな?私の助けた猫は助かったのかな?もし良かったら渚が飼ってくれると嬉しいな。

さて、どこから話そうか。初めはね、無気力そうで苦手かも〜って思ってたんだよ?だけど、渚のバスケをする姿を見たらそんな考え、すぐに無くなったよ。私ね、ずっと言えてなかったことがあったんだ。好き、大好き。きっと渚と同じ気持ちだよね?違ったら悲しいなぁー。我が生涯に一片の悔い無し!!って言えたら良かったんだけどね、やっぱり、もっと....生きたかった....なぁ....欲を言えばキリがないけどね、君ともっと一緒に居たかった。恋人になりたかった。直接好きって言ってもらいたかった。抱きしめて欲しかった。ごめんね?こんな欲張りで。だけどさ、もう叶わない。だからね、私のことは忘れて、新しい恋して、幸せになってね。あ、でも少しは引きずってくれてもいいよ?


本当に幸せな時間をありがとう。大好きだよ。

最初で最後の好きな人 渚へ


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今まで押えてたものが一気に崩壊していく。涙が無限に思える程流れ落ちていく。嬉しい気持ちと悲しい気持ち、悔しい気持ち。たくさんの感情が混ざりあって分からなくなる。

ただこれだけは言える。

楓、愛してる。

何度も何度もその言葉を空へと投げかけた。


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桜沢高校。卒業式。壇上で卒業生代表の言葉を紡いでいく渚。その声は体育館中に響き渡る。

楓のことは何度か忘れようとした。でも忘れられなかった。傷心につけ込むように擦り寄って来る女子や告白してくる女子も沢山居たが全て断った。

家に帰れば猫が出迎えてくれる。名前はメープル。この子を見る度に思い出す。あの輝くような笑顔。

忘れない。何年経っても。楓はきっと忘れろと言うだろう。それでも、きっと君を忘れることは無い。


「楓、愛してる」その言葉は夕焼けの中に消えていった。










ここまでお読み下さりありがとうございます。

死んで尚思い続けてもらえる楓は幸せものですね。

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