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求婚

 こんな短時間で二件も縁談が舞い込んできた。

 そろそろモテない女子大生の名を返上すべきだろうか。

 違うか。世の中の男性は恋人には女性的魅力を求め、結婚相手には堅実で地味な女性を選びたがると聞く。

 妻の男は自分だけだと思いたいから。妻が産む子は、自分の子だと確信したいから。

 そう思えば男というのは可哀想な生き物だ。

 彼らの先祖の騎士は、家族を守るため戦場で血を流している間に妻が血を流しながら産んだ子が、自分の子でない可能性を考えなくてはならなかったのだろう。

 女から生まれてくるのは、夫の子とは限らない。

 産婆をしていた魔女はそれをよく()っているから、王子の恋の相手に清乃のような、別の男の影がない地味な女を選んだのだ。

 モテないから、こその縁談二件だ。

 自分で考えて少し落ち込みそうになってきた。


「あたしそんなに地味かな」

「いまそんなはなししてない。あと、ルイーザが」

 森に住む現代の魔女。彼女には世話になった。

 借りたネグリジェを返すことができなくなったと、電話で謝っただけで済ませてしまった。

「また今度、改めてお礼とお詫びに」

 直接訪問することはもう出来そうにないが、せめて何かお詫びの品でも送るべきだろう。

 というのは日本人的発想か。却って迷惑だろうか。


【そういうのはいい。ルイーザには視えていたんだ。キヨの前で苦しむ俺と、キヨが串刺し公(ツェペシュ)になる未来が。キヨは悪い魔女、災いを運んでくる、と思っていたんだと。勘違いして、何も知らない女の子をきちんと守ってやれなかったと後悔している。赦してやってくれ】

 電話口の彼女の声は優しく聞こえた。そういう理由だったのか。

 ルイーザはどんな映像()を視たのだろう。大量の串刺しを前に高笑いする清乃でも視えたのだろうか。そんな未来が待っている奴を避けたくなるのは当然だ。

「別に恨んだりしてないけど。教えてくれたらよかったのに」

【予知視は慎重に扱う必要があるからな。今回みたいに解釈を間違えたら大変だから、彼女たちは自分たちが視たものをほとんど口にしない】

 魔女の心得か。他にも色々ありそうだ。


「ルイーザさんも一緒にご飯食べた日、あたしのこと何か相談したの?」

【ああ。キヨの様子がおかしかったから、視てやって欲しいと頼んだ。彼女には、キヨには気をつけろとだけ言われた】

「そんなに早く気づいてたなら、注意喚起してよ」

【……あー、おかしいっても、あれだ。図書室で会ったときにアレだったってだけだから。何かの力が働いてるのか、それとも俺の魅力にとうとうブシも堕ちたのか、判断できなかったから】

「最低だな」

 あり得ない。やっぱり自意識過剰の中学生男子並みの勘違いっぷりだ。


 彼が夜会の後、普段のように女性とどこかに消えるのではなくルイーザの家に行ったのは、考え事をするためか。

 魔女に思考をコントロールされ、その内容について吟味するため、落ち着ける乳母(ママ)の家で過ごしていたのだ。

「おれのようはそれだけだ。じゃあな」

「おう」

 アホみたいな勢いで飛んできたボールを難なく受け止めて、フェリクスはそれを遠くの少年たちに蹴り返した。そのまま伯父と交代するために走って行く。

 名外野手は、キーパーの才能もあるようだ。多才なことで、少し羨ましい。


 選手交代で国王が戻ってくるかと思ったら、ユリウスがひとり走ってくる。

 入れ替わり立ち替わり忙しい連中だ。



「どしたの。お父さま大丈夫なの?」

「あのひとの体力、三十歳並みだから問題ない」

 服の袖で首筋に滲んだ汗をぬぐいながら、ユリウスがレジャーシートの端に座る。小さなシートだから、端といってもすぐ隣だ。

 清乃はさりげなく彼から距離を取った。

 その動きに気づいた少年が顔をしかめる。

「なに。汗臭い?」


 爽やか美少年がかいたばかりの汗からそんな悪臭が漂うわけがない。むしろ汗臭まで嘘みたいに爽やかだ。

 変なの。人間じゃないみたい。

 普通の男の子なら、十八年も生きていれば汚く見えるところも出てくるはずなのに。

 やっぱり彼は清乃とは違う生き物のようだ。

 彼は王子様という生き物なのだ。

 こんなひとが清乃を好きなんて、嘘みたいだ。


「においがどうこうじゃなく、汗がつくのが怖い」

 なんでも吸収する特異体質なんて初めて聞いたが、早いうちに分かって良かった。

 キヨが二十歳でよかった、成長期にうちに来てたら今頃魔女になってたかも。

 とダヴィドに笑って言われたときにはゾッとした。

 これから対策すれば、そのうち微弱な超能力も薄れるだろうという見解だそうだ。

 代謝を上げれば早く消えるのかな。運動はしたくないから、半身浴でもするか。

「……あー……そっか。これからは気をつけないといけないか」

「いや、元々気をつけるべきだったんだけどね。これまでがいい加減過ぎたんだよ」


 無言。

 何も言わずに友人たちを眺めはじめたユリウスを、清乃は横眼で観察した。

 もうすぐ空港に向かう時刻だし、最後に美少年を鑑賞しておこうかと思ったのだ。

 シートに肘を突き、後ろ向きに倒した上半身を持ち上げるポーズは、そのまま写真集に載せられそうだ。

 ていうかありそうだな、美形王子の写真集。あるなら買いたい。

 暴風雨が去った後のカラっとした陽光を浴びて、プラチナブロンドがキラキラ輝く。瞳の色素が薄いから眩しく感じるのか、細めた目が微笑んでいるようにも見える。

 正面から見たら可愛さばかりが眼につくが、横顔の完璧な造形美には見惚れてしまうしかない。


「なに?」

 視線に気づいたユリウスが、青い瞳だけ持ち上げて清乃を見る。

「別に。あんたこそ何。みんな待ってるんじゃない?」

 訊き返すと、彼は珍しく口篭った。

「…………なんか。フェリクスと、何話してたのか、気になって」

 ふ、と思わず笑いが漏れる。なんだそのヤキモチ。


 フェリクスは今も昔も、可愛い従弟にメロメロなお従兄(にい)ちゃんでしかないのに。

 あいつも報われないな。

 ユリウスの鼻の頭に皺が寄った。可愛い。

「ルイーザさんの話だよ。予知視? をしたせいで、あたしに偏見があったんだって謝られた」

 清乃が答えてやったら、ユリウスはあっさりと機嫌を直した。

「ああ。男を誘う魔女? 無理があるだろう。下手くそ過ぎて、引っ掛かりようがなかった」

 思い出し笑い。適当にはだけて接近、の話だ。

 フェリクスは引っ掛かったよ、とは言えない。言ってやりたい。



 代わりに別の話をしようかな。

 昨夜は場所と時間が悪かった。

 ここでなら、このタイミングでなら、言っても卑怯にはならないだろう。


「あたしだってまだまだこれからなんだから。イロケなんかそのうち」

「無理だな」

「無理じゃない。そのうち艱難辛苦を乗り越えてでも一緒に居たいって思われるくらいのお色気系美女になるからさ。だからユリウス」


 想像できない、と少年がケラケラ笑う。失礼な。

「んー?」



「あたしと結婚しない?」

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