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交代

【そのお話をお受けした場合、わたしの具体的な仕事って何になるんでしょう?】

 王子様が王様の下で地面をバンバン叩く。降参。

 すごい五十代だ。十八歳の息子に勝てるのか。

【えっ仕事というか。君何か誤解してないか。うちもそんな毎日戦っているわけじゃない。今回のような魔女騒動なんか滅多に起こらないからね。普通に暮らして大丈夫だ。キヨは奥さんとしてユリウスを支えてやってくれれば】

 彼らの言う普通は多分、清乃の思う普通とはかけ離れている。

【生まれ育ちが違うので、それだけじゃ分かりません。具体的には何を?】


 父の技から解放されたユリウスが溜め息をついて、指を一本立てた。

【まずは語学。言葉を覚える】

「ムリ」

 もう一本。

【色んなところで、ご婦人方と交流。これは得意そうだな】

「無理だよ。育ちが悪いもん。やだ」

 三本目。

【綺麗な格好してパーティーにも出てみる?】

「ブスっとしててもいいならね」

 ブスっとして日本語で喋る清乃を見て、ダヴィドが口を挟んだ。


【そんなに最初から頑張らなくても。うちはそんな大した王家(いえ)じゃないし、パーティーでみんなキヨかわい〜って言ってたし。夫婦で毎日仲良くイチャイチャして、たまに国民の前に顔を出すくらいで】

 清乃は自分で言うのもあれだが、カワイイ、は言われ慣れている。小さくて幼く見える外見に向ける好意的な言葉は、カワイイ、くらいしかないからだ。

「気持ち悪い」

【あれ。今ひどいこと言われた気がする】

【キヨ、一応これうちの王様だから。キヨは実務的なことはいい感じに出来そうだな。後は家のこと? 掃除とかは人任せにできる】

 それは素晴らしい特権だ。

「メリットひとつだけ」

 その特権を享受する根拠は、ユリウスの気持ち、ただそれだけ。



 清乃は可愛げのない女だから、シンデレラストーリーに憧れる気持ちなんか十年以上昔に捨て去っている。

 王子様に見初められて結婚なんて冗談じゃない。

 自分の後ろにいる夫に頭を下げられる生活なんかを選んでしまったら、その後は夫の機嫌を取ることばかりを考える人生を送る羽目になるのだ。

 夫の愛の上だけに成り立つ生活。そんな不確かなものに、清乃は自分の人生を賭けられない。

 そこまでユリウスを信頼できない。


 シンデレラは元々お城の舞踏会に参加できるような家柄の娘だから、王子様と結婚しても平気だったのだろう。

 虐げられてはいたが、良家の出身で美しい外見と綺麗な心の持ち主だったから、王子の妻として相応しいと彼女本人も周囲の人間も結婚を受け入れられた。

 清乃は違う。

 うちのご先祖様はきっと小作人、と笑うような家の出だもの。

 清乃は教育は受けているが教養はないし、美人でもない、清い心も持ち合わせていない。

 それを恥じたことなど一度もない。

 それを恥ずかしいと思ってしまいそうな環境には身を置きたくない。


 ユリウスの友人たちは、初対面の外国人女性にただただ優しく、(うやうや)しくさえあった。

 清乃は表向き彼らの態度を受け入れはしたが、ずっと居心地悪く感じていた。

 少年たちは、主の想い人として清乃を見ていた。

 彼女がユリウスの気持ちを受け入れるつもりはないと知ったとき、彼らはどうするつもりだろう。

 そう考えると、味方になって欲しいと願うことは許されないような気もした。

 彼らを騙しているような、ユリウスの気持ちを利用しているような、罪悪感を覚えた。

 少年たちが味方をしたのは、清乃ではなくユリウスの気持ちだ。

 

 思考に可愛げがないのは分かっている。

 だけど清乃は、そんな脆い足場に立つのが怖い。

 少し口を滑らせて清乃を不快にさせた、それだけの理由で友人を罰するユリウスを、彼の隣で冷静に見ていられる自信が、清乃にはない。

 そんな想いを抱えて生きる道は選べない。

 アッシュデールでは暮らせない。

 彼のことが大切だ、とは言うくせに、自分よりもユリウスを選ぶことはない。



【その代わり、使用人の監督は必要だけど】

「無理無理」

【ほら、結論は最初から出てる。オレだって家でナマケモノを飼うのは嫌だよ】

「その例えについては後でまた話し合おうか」

 若者間で進む話に、ダヴィドは難しい顔になっている。

【本気? よく見て。うちの子、かなりイケメンだと思うんだけど】

 それは親バカではなく、単なる事実だな。

【それについては同意します】

 清乃は力強く頷いた。ユリウスは間違いなく、彼女がこれまでの人生で見た男性のなかでダントツの美形だ。

【ユリウスのこと、好きだから来たんじゃなかった?】

【まあ友達なので。でも国際結婚により生じる困難を全部薙ぎ倒してまで一緒にいたいかと訊かれたら、いいえ、としか言えません】

 そこまでの強い気持ちを、清乃は持てない。

 ユリウスに対してだけでなく、多分誰に対してもそうだ。そういう人間だから。


【情熱不足……! 最近の若者だな!】

 余計なお世話だ。最近の若者扱いされ慣れていないから少し照れる。

【そういう艱難辛苦を乗り越えるほどの情熱がない、つまり私たちは恋愛をしていない、と結論が出ています】

【恋愛に対するハードル高】

 だからなんだ。こちとら少女漫画育ちだ。少年漫画も残酷小説も同時期に読んではいるが。

 情熱的な性格ではないが、夢見る発言くらいは許してくれ。

【それに何より魔女が怖いので、せっかくのお話ですがお断りします】

【またまた】

 腹立つなこのおっさん。本音だよ。


「君子危うきに近寄らず! この話、まだ続きますか」

「終わりにしよう」

【若者の気持ちに寄り添うおっさんになってみたつもりだったんだが】

 それもあったのか。清乃が招待された理由。

 値踏みされているとは思っていた。まさか合格点に達していたとは。特異体質で特別点が加算されたか。

 値踏みしていたのは自分たちだけだと思いあがるな。

 今回の招待により、清乃にもユリウスが生まれ育った環境を観察する権利が生じたのだ。

 おかげで、自分の気持ちにちゃんと答えを出すことができた。

【おっさんが無理するなよ。ほら、父さんもフットサルしよう。キヨは鈍いから、もうひとり動けるひとが欲しかったんだ】

「行ってらっしゃいませ〜」



 国王父子に手を振る清乃の後ろに、また別の人物が現れた。

「おい誘拐犯。背後に立つな」

【そういう台詞は、正面に立たれたら戦える人間が言うものだ】

「正面に立たれたら頭突きができる」

【届かないだろ。同じ手は二度と喰わないからな】

 フェリクスを倒した技は、からくりを知られてしまったら二度と使えない。

 新しい武器が必要だ。何か考えておかねば。

 それに身長差の問題がある。長身の彼の鳩尾を狙ったら、子どもが大人に戯れている図になってしまいそうだ。やめておこう。


 フェリクスは、清乃の前ではチャラ男をやめることにしたらしい。

 女ではなく、警戒すべき相手と見るようになったということだ。昇格か降格かは知らないが。

 チャラチャラしていない彼は、ただの態度の悪い輩だ。

 彼は清乃から人ふたり分くらいの距離を空けた隣の地面に尻をつけて座った。

「なんか用?」

 清乃はバッグの中から文庫本を取り出しながら、一応訊いてやった。

「ルキウスにみおくりにいけといわれて、エルヴィラにトばされた」

 フェリクスの意思で来たわけではないということか。

「ふうん」

 なら話もないだろうと、構わず読みかけのページを開く。


「なあ」

「話あるのか」

 態度の悪い清乃を気にせず、フェリクスは続けた。

「ありがとう。ユリウスにだまっててくれたこと」

 日本語の語彙が少ないからか。ずいぶんと真っ直ぐな言葉だ。

「おう」

 わざと乱暴な返事をしてみた。

 彼は清乃を警戒すべき、つまり対等以上の存在と認めたのだから、このくらいが適当だろう。

「でもな。キヨにていあんしたこと、ほんきだから。へんじはユリウスのけっこんしきまでまつ。かんがえとけ」

「待たなくていいよ。断る。怖いのはもう嫌だもん。ここにいたら、あたしみたいなのはすぐ死んじゃうよ。あんたと違って野球も格闘技も何もできないからね」

「ツェペシュがよくいうな。そのうちきがかわるかもしれないだろ。まっててやる」

「あっそ」

 彼の場合、待つと言っても身綺麗にしているつもりなんかさらさらなくて、他の女と遊びながらだろう。

 待たせておくことに、清乃が罪悪感を持つ必要はない。

 勝手に待っていればいい。

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