最終日
カウンセリングは言われるがままに受けた。
母親くらいの年齢の女性カウンセラーに訊かれたことにはちゃんと答えた。喋りたくないこと以外はありのままの話をした。
帰国後もパソコンを繋げてたまに話をしましょう、と言われたから、はい、とだけ答えておいた。
誠吾も似たようなものだったらしい。
空港に向かう前、最後の食事になる昼食は、誠吾の希望でまた街で買い喰いすることにした。
少年たちもついて来て大人数になってしまったから、買った物を持って車に乗り、郊外にあるだだっ広い公園で食べた。
そんな場所でアホな若者が大人しくしているわけもなく、一瞬で食事を終えると持参していたボールを持って走って行ってしまった。
何故ボール、と思っていたが、最初からここに来るつもりだったわけだ。
清乃はそれを眺めながら、カタリナと一緒にのんびりと食事を続けた。
【子どもたちは今日も元気だなあ】
【ですね】
あんたもな。
と言いたいのを我慢して、清乃は駐車場から歩いてきたダヴィドに相槌を打った。
仕事はどうした、大人。王様稼業って暇なのか。
彼も街でランチを調達してきたらしい。妻が座る前にレジャーシートをさっと敷く手際はさすが欧米、と言いたくなる。
【今朝というか昨夜も息子が迷惑をかけたらしいね】
【ええ、まあ】
バレている。というか多分、監視されていたのではなかろうか。
間違いが起こらないように、だ。
透視担当の人でもいるのかな。アホな話をしながらぐうぐう寝てしまったふたりを視て、さぞかしげんなりしたことだろう。
気づいてたなら連れ戻しに来い。
いや、でもそれはそれで気まずい思いをしたかも。
まさか気を遣われてしまったのか。
恥ずかしさを隠して無表情を保つ清乃を見て、ダヴィドがおかしそうに笑った。
くそ。爽やか美中年め。やっぱりかっこいい。
王妃様、もっと激しく国王をどついて欲しい。
ランチを終えた王妃が、カタリナを誘って食後の散歩に行ってしまった。
清乃はこれから国王からのお話がある、ということだ。
最後の最後まで。
【カウンセラーが言っていたよ。あんなことがあった直後とは思えないほど、キヨの精神状態は安定している、とね。カウンセリングなんか受けなくても、自分で上手に感情をコントロールして、すぐに健康を取り戻すことができるひと、だそうだ。どんな話をしたのか非常に気になるんだが、わたしとも少しお喋りしてくれないか】
まあ現実事として捉えてなかったから、というのは黙っておこう。
ユリウスとフェリクスにはすでに、なんだそれ、と呆れられている。
カウンセリングでは正直に言ったのだが、それも含めての診断なのだろうか。
【面白いことは言っていません。誠吾は? あの子は大丈夫そうですか】
【セイはまだ軽い興奮状態にあるみたいだ。何故その程度で済んでいるのか、彼もなかなか不思議な子だな。まあでも彼、食べて寝れば元気になるタイプだろう】
【まあそうですね。色々お気遣いくださり、ありがとうございました。帰国してからも、誠吾のことは両親と一緒に見ておきます】
【お姉ちゃんだねえ。うちの子にも見習わせたい】
彼のランチは特大ハンバーガーに、今手に持っているのはコーラか。若いな。鍛えているからか。日本の父に見習わせたい。
【はあ】
このひと何しに来たんだろう。
口には出せないから、清乃は大人しく話の続きを待った。
誠吾のカウンセリング結果を教えに? そんなの電話でもメールでも、ひと言気をつけて、だけで済む話なのに。
【キヨは四年制の大学の、三年生になるんだったか】
【はい。この四月から】
【卒業後の進路は決めているのか】
【いいえ。そろそろ考えないといけない時期なんですが、なかなか】
騒動のお詫びに進路相談?
国王相手に贅沢だ。でもこのひと、日本の庶民の就職事情なんて知らないだろう。
相談に乗ってもらっても、精神論だけで終わりそうだ。
【キヨ。君、大学を卒業したらアッシュデールに来ないか】
「えっリクルート?」
清乃が思わず呟いた言葉に、ダヴィドが声を上げて笑った。
【はっはあ! やっぱり君いいねえ。うちで働くか。確かにそれも有りだな】
「地球防衛軍に就職して魔女狩り」
「何を言っている」
一瞬で跳んできたユリウスが父親の上に着地した。肩車。
【ぐっ……おまえ父親のトシを考えろ。腰がやられる】
【またろくでもないこと言ってたんだろ。やめろよ】
ユリウスは身軽にダヴィドの肩から降りると、清乃の隣に腰を下ろした。
何かあれば清乃の味方をする、というポジションだ。
ダヴィドはそんな息子の様子を見てから、改めて清乃に向き合った。
【とりあえずは就職でもいいんだけど。キヨに息子の奥さんになってもらいたいなと思ってね】
【はあ?】
清乃よりも先にユリウスが反応した。
ダヴィドの息子はふたり。ひとりは既婚者だから、つまりユリウスと結婚、と言われたのだ。
「やっぱりリクルート。国王陛下自ら」
ご苦労さまです、だ。
【あれ? 伝わってない?】
清乃が呟いた日本語が伝わったのだろう。ダヴィドの笑顔が固まった。
【魔女撲滅活動に参加して欲しいってお話ですよね】
大量の串刺しを見て、気が済んだらしい亡霊が数体減ったっぽい、と聞いている。
その功績を評価されたのだ。
アッシュデール王国の人々が自らに課した使命は、魔女の亡霊を最後の一体まで消滅させること。
魔女が生まれないように少しずつ血を薄めていくのはその後だ。
今回清乃の思い付きが、彼らの使命の一助になった。
実際に見たことのないものを細部に渡って詳細に思い描くのは簡単なことではない。らしい。
清乃の脳裏で創り上げたリアルな映像があったから、ユリウスはPKを発動させることができた。らしい。
こいつ使える、と思われたのだ。
ユリウスとフェリクスとトリオを組んで魔女狩りをしろという話だ。
魔女の子である夫から魔女の能力を吸収しつつ、残酷なことを考えるのが清乃の仕事になるわけだ。
そうしても、どうせ精神を病んだりしないんだろう、と。
そんなの違う意味で病む。
吸収した能力が弱まることがあったら、最近喧嘩でもしてる? とか言われたりするのだ。このおじさんなら絶対言う。
舅にそんなことを言われる結婚生活なんか絶対嫌だ。病む自信がある。
【ちが、いや違わないか。うん。それもあるんだけどそれより】
【雇用条件は?】
「キヨ。父が悪かった。そんなに怒らないでくれ」
「いや、だって。条件次第では怒る必要ないかもしれないなと思って」
げんなり、なユリウスと無表情な清乃を見比べて、ダヴィドは首を傾げた。
【あれ。君たち付き合ってるんじゃなかったのか?】
【ない。一度もそんなこと言ってない。オレが勘違いしたイタい奴みたいじゃないか。やめろ】
『おまえ何をぐずぐずやっているんだ。父さんが若い頃はもっと』
多分国王が余計なことを言って、キレた王子様に腹を殴られた。
【キヨは歳上がいいんだ。王族の中では叔父さんが一番かっこいいって】
「余計なこと言わないで」
あれはその場のノリの話だ。本心ではあるが。
【えっそうなのか。じゃあ、あーでもあいつはカタブツだから、相手がわたしでもよければ妻とも相談して愛妾に】
【もう黙れ。喋るな】
また息子に殴られている。
うわ、いい大人がやり返した。子どもみたいだ。国王の威厳はどうした。
遠くから見ている少年たちが指差して笑っているが、それでいいのか。
【……いや、真面目な話なんだ。真面目にうちの子と婚約してくれないかなと思って】
【ユリウス、婚約者がいますよね?】
清乃が努めて冷静に指摘すると、息子にプロレス技をかけるダヴィドがバツの悪そうな顔をした。
【それは正式なものではないんだ。うちの子、この顔だろう? 子どもの頃から国内外のご令嬢からのラブコールが絶えなくてね。弱小国家が断れない筋もあるが、国外に婿にやるわけにはいかない。ということで、とりあえずの相手を立てただけなんだ。その娘にも最近別の相手ができたようだし、問題はない】
なんてひどい話だろうか。
多感な時期の子どもを無駄に悩ませるような関係を結ばせるなんて。
彼らは、大人が決めた関係に誠実であろうとしているのに。
ユリウスだって、婚約が正式なものではないと知っていたはずだ。
だけど彼は、一度も清乃にそのことを言わなかった。
自分のためにそんな窮屈な立場を押し付けられた少女に対する、責任を果たすべきだと思っているからだ。
上流階級のことなんて、清乃には分からない。
だが、内定してそれを周知のこととされた後、王子との婚約に至らなかった少女がどのような視線を向けられるか、想像くらいはできる。
ユリウスは彼女を、そんな目に遭わせるわけにはいかないと思っている。
彼女はほとんど顔を合わせることのない婚約者ではなく、身近な男性と恋をした。
十代の少女として当たり前のことのはずなのに、彼女は罪悪感と共に婚約者に報告、許可を求めたのだ。
ジェニファーは友人の恋を応援したくて、そのタイミングで得た力を使って行動を起こした。
つい数ヶ月前までは十代だった清乃としては、当事者でなければよくやった! と言って彼女たちの肩を叩いてやりたいくらいだ。




