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告白

「……何がおかしい」

 清乃が笑いを噛み殺しているユリウスを訝しむと、彼は小さく笑い声をあげて仰向けになった。

「…………ううん。キヨって本読んでるとき、いっつも唇尖らしてるな、と思って」

「何。悪い?」

 そんなことは自分でも気づいているが、それを見られ更に指摘されたら恥ずかしい。

「いや。可愛いなあと思って」

「やめろ王子様。誰よりも可愛い顔でそういうこと言うな」

 ユリウスがたまにするこういう言動に、清乃はどう反応すればいいか分からなくなるのだ。


「ははっ。絶対キヨのほうが可愛い。小さいのも頬が丸いのも目が丸いのも顎が小さいのも可愛い。あとナマケモノみたいな動きも。走る動作が嘘みたいに鈍いのも可愛い」

「……悪口?」

「すぐ泣くくせに、ここぞってときにはブシになる。優しくて、誰に対してもフェアだ。理性的で物知りなところ、尊敬してる。頭の回転がたまに早くなり過ぎるのは怖いけど面白い。実は腹黒いし、サバサバしてると見せかけて執念深いところもある」

「陰口は陰で言え」

 鼻を捻り上げてやろうとしたら、その手を掴まれうつ伏せになった彼の頬の下に敷かれた。

「全部好きなんだ」


 告白か。それはもう慣れてしまった。

 というのも変だが、またそれか、と混ぜっ返したくなる。

 でも今回のそれは、ユリウスが独り言を言っているように聞こえた。清乃に向けての言葉でなく、自分の気持ちを口に出して自分で確認するための作業に見えた。

「…………それはどうも」

「まだある。作ってくれたご飯とか。ここ、手首の内側の血管。首筋の色。ウエストこんなに細いのにつまめたから、どんな構造になってるのか気になってた。フェリクスが触ったって聞いてムカついてる。そういえばあいつ、日本でも」

 独り言の内容が不穏なものになってきた。


 もう深夜だ。

 これはまずいな、と清乃は考えはじめた。

 隣の部屋には弟を含む少年たちがいるのだからと油断し過ぎていた。

「……ユリウス」

 手を取り返そうと力を入れると、あっさり解放された。


「そういう警戒心が強い小動物みたいなところも。全部。全部可愛く見えて、全部好きだと思ってた。でもこれ、ぜえんぶ魔女に仕組まれた気持ちなんだって」

 ユリウスは清乃が見ている前で寝返りを打ち、仰向けになって右手の甲を顔の上に乗せた。

 落ち込んでいる。というよりモヤモヤしているのか。それとも拗ねている? 全部かな。

「なんだ。そんなこと気にしてたの」

「なんだってなんだよ。オレ馬鹿みたいじゃないか。奴らの思惑通りになって、馬鹿みたいだ。格好悪い」

「えぇー……十代面倒臭いな……」

 今度は、むう、と見上げてくるユリウスの唇が尖っている。可愛い。

 清乃は可愛い王子様に向かって、軽く両手を広げた。


「……なにそれ」

「ハグ。友達なら弱ってるときにはするんでしょ。ほらおいで」

 拗ねた表情のままのユリウスが身体を起こして、清乃の肩に額を乗せる。腕は力を入れずに身体に回して、腰の後ろで組んでいる感触がする。

 身長差に押し潰されないよう、清乃は彼の肩から腕を回して背中を叩いてやった。

 肩に乗せられた額が顎に変わって、背中を引き寄せられた。しがみつかれてしまった。

「……甘えさせてくれるところも好き」

「はいはい。そろそろ十人くらいまでに絞られたかな」

 自分がすごい特殊な人間のような気がしてきた。

 地球に七十億いる人間の中から選ばれてしまったのだ。

「またひとりで何か考えてたな」


「ねえ、あたしもユリウスのことが好きだよ。なんたってキラキラ王子様だからね。誰でも好きになるよね」

 魔女はユリウスの好みを研究し尽くしたのかもしれないが、相手の女の趣味についてはまったく考慮しなかった。

 だってそんなの必要ない。

 彼を嫌える人間なんて、きっとこの世に存在しない。

「…………そういうのを求めてるわけじゃ」

「だからね。あたしのところにユリウスを送り込んでくれたことに関してだけは、魔女に感謝してるの」

 彼は、そんなことでもなかったら絶対に知り合っていないひとだった。

「………………」

「あはっ。機嫌直った?」

 ユリウスの頭がずるずると位置を変えていき、清乃の足にぽとんと落ちた。


 これはないな。

 清乃は座ったまま後ろに退がって、ユリウスの頭を太ももから落とした。

「……膝枕はNGか……」

 ボーダーラインを探るな。

「ユリウスはさ、今からあたしみたいな体格であたしより可愛くて、あたしより賢くてしっかりしてて性格もいい女の子に会ったら、その子のことを好きになるの? 世の中にはそんな子いっぱいいるよ」

「……ならない。その子はきっとブシじゃないし、ナマケモノでもない」

 どうだか。怪しいものだ。

「そこそんなに重要?」

「割りと」

 ユリウスは多分、見た目に反して惚れっぽい少年だ。

 惜しくも抽選に漏れた違う女の子のところに跳ばされていたら、その子のことを好きになっていたに違いない。

 だけど今、彼が清乃を見てくれているという事実は、間違いなくここにあるのだ。

 その事実を、無視するわけにはいけない。


 清乃は寝台の上で膝を抱えて座って、寝転がるユリウスを見下ろした。

「じゃあ別にいいじゃん。出会いのキッカケはどうあれ、あたしたちは自分の意思でお互いを好きになったわけでしょ。紹介されただけってこと。普通にあるよ、人の紹介から始まる付き合い。友達の友達を紹介されて仲良くなったり、あたしでもあるもん」

「……紹介されただけ」

「優秀なマッチングサービスだよね。あたしの好みも分析して、理想の男性を紹介してくれないかな」

「……歳上の筋肉か」

 ユリウスの口から空気が漏れる。笑いたくなかったけど、堪えられなかったか。

「そうそう。あと優しくてあたしの趣味に理解を示してくれる器の大きい日本人ね」

「いそうだけどな。ジムにでも通ってみたらどうだ」

「それはヤだ。自分を鍛える気はない」

「じゃあどこで出逢う気だ」

「赤い糸で結ばれてるひととは、いつか運命的な出逢いを果たせるものなのデス」

「棒読み。積極的に探す気はないということか」

「言ったでしょ。今はまだいいの。今は彼氏の代わりに、キラッキラの男友達がいるから。それで充分」


 ユリウスが無言になった。

 枕に突っ伏して顔を隠してしまっている。いちいち可愛いな。どうして欲しいんだこの王子様。

「どうした。嬉しいの?」

「………………喜ぼうかと思ったけど、やっぱりなんか微妙」

 十代面倒臭い。可愛い気がしたけど、やっぱり面倒臭い。

「元気になったなら、隣のタコ部屋か自分の部屋に帰んなさい」

「やだ。今日はここで寝る」


 布団に潜り込むな。枕を確保するな。

 清乃は布団をひっぺがして、隣の部屋に聞こえないよう小声で凄んだ。

「出て行け」

「最終日は添い寝してくれるんじゃなかったのか」

「勝手に恒例行事にするな。ここで寝たいなら大怪我してきな」

 寝台から蹴落とそうと試みるが、脇腹に銃創を負っていない十八歳の少年を清乃の力で追い出すことはできない。

 馬鹿らしくなって、途中で諦めた。余りの枕をユリウスとの間に並べて置き、次の本に取りかかることにする。

「キヨはいつ寝るんだ。明日帰国するのに大丈夫か」

「飛行機で寝るからいい。この本読んでしまいたいから」


 目をつむったら、色々なことを思い出してしまう。今は思い出したくないのだ。

 考えたくないあれこれを、心が平穏を取り戻すまで仕舞っておかないと。

 そのためには読書が最適だ。

「そうか。さすが、歴史書から犯人を特定しただけあるな」

「特定まではしてない。ヤバい気がしたから近づくなって誠吾に伝言残しただけ。ちゃんと伝わらなかったけどね。あのバカ」

 ジェニファーは魔女な気がするから警戒しろ、近づくな、と母に事情を説明しなくても、誠吾が聞けば分かるようにと思って伝言を残したつもりだったのに。

 えっ倒しとけって意味じゃなかったのか、ってなんて恐ろしいことを考えていたのか、あの弟は。やっぱりアホだった。

 一般人に魔女が倒せるか。

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