最終日前夜
でもやっぱりせっかくの機会だからと、怪談はやった。
こんな場所でする機会もう一生ないし。と拳を握って決意を新たにすると、すぐに準備が整えられた。
会場周辺の色々、内容まではツッコみたくない色々な安全確認が速やかに行われた、らしい。
そういえば、超能力の研究をしている機関では、心霊研究もしているのだ。
興味本位の怪談なんかしたら、関係機関に怒られるのかもしれない。
清乃のワガママが通った形になったのだろうか。迂闊な発言でしたごめんなさいやっぱりいいです、と言うには遅きに失した。
準備が整えられるのを待っている間に、カタリナがゴリラもどきの男性を伴って部屋を訪ねて来た。
見覚えはある。彼女の恋人ではなく、通称鬼軍曹だ。
誠吾の服を着た清乃を少年だと思い込み、殴ったことを謝りたいと来意を告げられて困ってしまった。
騎士の国で生まれ育った彼は今にも切腹、切腹は武士か、彼らはどうするんだ、失意の中衰弱死する生き物だったか、ゴリラもどきもそうなのか、まあ宗教上の問題もあるしな、しそうな勢いで謝り倒された。
面倒臭い。
助けに来てくださってありがとうございました。そうとは知らず騙して申し訳ありませんでした。
と言うしかない清乃を見てまだ詫び足りないと苦悶する脳筋男性に、怪談中の周辺警護を依頼してみたら元気になった。
誠吾から聞いていた通り、全部顔に出るおじさんだった。
彼は軍師には向いていない、下士官止まりだな、と無表情に定評のある清乃は思った。
電気を消した真っ暗な地下通路にあえて懐中電灯でなく手燭を持って行くと、百物語の雰囲気になった。
メンバーは異種格闘技戦に参加した十人とフェリクス、エルヴィラ。最年長はルキウスだ。清乃が懇願したら、カタリナも来てくれた。
誠吾にしがみついたら嫌がって振り払いそうだし、夜のエルヴィラにくっつくのは正直言って少し怖い。最適解がカタリナだったのだ。
総勢十四人が順番に怖い話をしていって、百物語風にひとつずつ手燭の火を消していく。
途中で火の球が出た。ぼうっと浮かぶヒトのカタチをしたモヤが見えた。ていうかこれ絶対人数増えてるだろ! とハプニングだらけで、蝋燭の火を全部消す前にギブアップした。
全部魔女の亡霊の仕業と見せかけた国王の悪戯だとすぐに判明した。
気づいたユリウスが一瞬で父親を拿捕し、兄のルキウスと力を合わせて関節技を決めていた。仲の良い親子だ。
清乃はカタリナと抱き合って静かにビビりながらも、フェリクスが一番大きな悲鳴を上げていたことをしっかり確認している。
亡霊の存在感に満ち満ちている場所で怪談なんかするのが間違いだったのだ、と今更なことを言いながら、それぞれの部屋に戻った。
それぞれの部屋、といっても少年たちは自分たちの部屋は必要ない、と誠吾の部屋で雑魚寝を決めている。
広い自室があるはずのユリウスも仲間入りして、総勢九人でゴロゴロしている隣室はだいぶ暑苦しい感じになっているはずだ。
清乃は明日朝まで続き扉を開けるつもりはない。
明日は午後イチの飛行機に乗って寝るつもりだから、今夜はひとりで夜更かしする予定だ。
昨夜は魔女の夢の中にいてほとんど眠っていないが、現実の世界に帰ってきてからは多少目をつむっていられた。
気持ちが落ち着かなくて、眠る気になれないのだ。
コンコンコン、と控えめなノックが廊下側の扉から聞こえた。
清乃の名前を呼ぶ小さな声を聞く前から、ユリウスだろうと予想はしていた。
細く開けた扉の隙間に王子様が身体を捩じ込んで、素早く扉を閉めた。
そんなコソコソしても、一緒にいたユリウスの姿が見えないことは、少年たちにはすぐにバレてしまうだろうに。
呆れて笑うしかない清乃に、ユリウスが開き直った態度で勝手に室内でくつろぐ姿勢になる。
「眠れないの?」
「キヨこそ。電気が消えないから、どうしてるのかと思って。大丈夫。明日みんなには自分の部屋に帰って寝たって言うから」
無理がある。絶対バレる。なんなら今この瞬間も、聞き耳を立てられていても不思議ではない。
やましいことはないから別にいいけど。
「ちょうどよかった。これ、遅くなったけどメインの誕生日プレゼント。渡しそびれちゃって」
クローゼットから出して渡すと、ユリウスが驚いた顔で包みを受け取った。
「すごいな。三つも。ありがとう」
「ケチャップはネタだよ。手ぬぐいは誠吾から」
ユリウスはその場でまたラッピングをビリビリと破いて、中身を広げて見た。
「キモノ?」
「うん。甚平っていうんだけど、夏に部屋でくつろぐときにでも着てよ。楽だから」
貧乏学生的にはだいぶ奮発したプレゼントだ。
かなり悩んだのだが、王子様に安物を献上するわけには、と頑張ったのだ。
「ジンベイ。フリソデとかユカタとか、キモノ難しいけどかっこいいな。ありがとう。夏になったらみんなに自慢する」
「隣は静かになったね。みんな寝たの?」
扉の向こうで弟たちが聞き耳を立てているかも、と想像したら、やましいことはなくてもどうしても小声になってしまう。
「うん。ゲームで勝ったロンとオスカーがベッドを使って、他は全員床に転がってる」
部屋の主であるはずの誠吾も床か。
意味が分からん。普通に部屋を用意してもらえばいいのに。
「ふうん」
としか言えない清乃は寝台に戻り、読みかけの童話のページを開いた。
歴史関係の本はもう用済みだ。明日朝忘れないうちに図書室に返さないと。
それらも興味深いものではあったが、清乃はやっぱり物語のほうが好きだ。
ユリウスが隣に寝転がるから、仕方ないなあと少し横にずれてやった。
「それ、日本語にして朗読しようか?」
「ううん、大丈夫。ありがと。英語だからなんとか」
サイドテーブルには、次に読むつもりだった本を置いてある。ユリウスはそれを手に取って開き、清乃の読書タイムを邪魔することなく静かにそこに転がっていた。
そうしてしばらくそのまま、ふたりで並んで転がりそれぞれ勝手に最後の夜を過ごしていた。
ぱたんと本が閉じられる音がして、横眼で見るとユリウスが枕に突っ伏していた。
そこで寝るつもりか、と少し思ったが、これが読み終わるまでくらいは別にいいか、とそのままにして紙面に意識を戻した。
読了。
眠ってしまった子どもを起こすかと横を見ると、黙って清乃を見ていたらしいユリウスと眼が合った。
「起きてたの」
「ん」




