暴露
ユリウスが清乃の部屋に滞在していた期間は約半月。
一人暮らし用の狭い空間で、異性と気を遣い合って生活するのは面倒臭い。
二日経ち三日が経つ頃には、だんだんと色々なことがどうでもよくなってくる。
元々生活習慣がだらしない清乃と、男ばかりの寮生活が長いユリウスだ。
飲みかけのコップを適当に置いていたら、どちらのものか分からなくなる。どっちでもいいか、と思ってしまう。
違うものを食べていたり、量が多かったり少なかったりすると、ちょっとちょうだい、これ食べて、と気軽に言ってしまう。
冬だったから、鍋もよくやった。ふたりしてキムチ鍋にハマって、半月の間に四回は作った。ふたりとも、というかフェリクスも含め三人で直箸で鍋をつついた。
【キヨがもうちょっと本読みたいから先に風呂に入れって言ったこともあったかも……】
あった。風呂の順番なんかどうでもよくなるくらい、本の続きが気になったのだ。
弟と同じ距離感で過ごしていた。
直接の接触こそほとんどなかったが、ユリウスと何かを共有することに、忌避感を覚えなかった。
「あたし何やってたんだろう……」
今度は清乃もユリウスと同じように両手で顔を隠して深くうつむいた。
【体液。唾液】
やめろおっさん。何度も言うな。
誠吾とも同じようにして育ってきたのだ。恥ずかしいことなんかしていない。
なのに顔が上げられない。
【吸収しやすい体質か】
「エルヴィラ様勘弁してください……」
消えてしまいたい。
エルヴィラが小さい身体を更に小さくする清乃の頭を撫でてくれた。
【わたしがキヨの頬にキスしたのも悪かったのかもしれないな。悪かった。もうしないでおこう】
「経皮感染……!」
「完全に細菌扱いだな」
その通りじゃないか。
【あれ。じゃあ俺もか】
魔女、PK、ESP、全部か!
【………………ドクター、私治るんでしょうか……】
【うーん。症例が少ないので、現時点ではなんとも。とりあえず経過を見ましょうか】
【ノるな。ふざけるな。それでも一国の王か】
ユリウスが普段はスルーしたであろう父親の言動に苛立つ。
【魔女の夢の中とはいえ、あんな派手な能力の使い方をしてユリウスが倒れなかったのは、キヨのおかげだったのかもしれないな】
見てきたかのように言うダヴィド。
あの大量の串刺しをフェリクスが視せたのか。彼の能力では音声は再生できないのがせめてもの救いだ。
【……それどういうことですか】
【ユリウスとフェリクスがふたり揃ったら長距離移動も可能になるのは、キヨも知っているだろう。能力の掛け算がされていると考えられているんだ。ふたりの能力を吸収したキヨも合わさって、更に力が増幅されたんだろう】
微弱な能力って言ったくせに。微弱って小数点以下じゃないのか。乗じることによって増えるのなら、一は超えているのか。
それってどのくらいの数値なんだ。戦闘漫画かゲームのように、能力を数値化して説明して欲しい。エルヴィラ千、ユリウス百、一般人は無、清乃は二、とか言われたら大したことないか、と思える。
【……もしかして、三人でならエルヴィラを倒せるのか】
フェリクスめ。珍しくキラキラした目でなんてことを言いやがる。
ユリウス、何故おまえまで期待した顔でこっちを見る。
そういえば前に言っていたな。彼らはエルヴィラを倒すためだけの子ども時代を過ごしたとかなんとか。
ふたりがかりで喧嘩しても勝てたことがないのか。
「協力する気はない」
【微量の唾液だけでこの結果か。排卵日だからまずいと思って逃げたキヨは正しかったわけだ。普段より吸収力が高まっていただろうから、途中でやめてもに】
とうとう王妃が人目も憚らずに王の頭をどついた。
人目と言っても、彼らの身内と清乃だけだ。問題ない。もっとやって欲しい。
「…………あたしもう帰る」
「またないた」
虐めっ子のような台詞を吐いたフェリクスが、音を立ててその場にひっくり返る。エルヴィラかユリウスの仕事か。
【はいらんびってなんだっけ。結局、なんでキヨはひとりで逃げたんだ】
そこかよ十八歳! そっか、天才少年も知らないことがあったか!
【いわゆる危険日だ。妊娠しやすい日。俺は基本、相手の周期を把握してその日近くは避けてる】
床に倒れたままのフェリクスが、安全に遊ぶ極意を従弟に伝授している。
「対策し過ぎで気持ち悪い!」
もう全部気持ち悪い。
魔女の目的を聞かされて、まずいと思ったのだ。
助産師のような役割をしていた魔女のことだ。生きていた時代からは想像もつかないほど詳しいに決まっている。
把握されてる、と思った。
清乃は生理周期がきっちりしているから、基礎体温をつけたことがなくても、大体この日、と見当がつけられる。
満月なんて関係なしに、可能性が下がる日まで行方をくらますべきだ、と判断して逃げたのだ。
だけどそんなこと、排卵日ってなんだっけ、とか言うような子どもに説明なんかしたくなかった。
弟にだって言いたくない。
清乃は黙って行方をくらますしかなかった。
「なんだ。教えてくれたら良かったのに。あんなふうに黙って姿を消さなくても」
「……な、んであんたに、そんな、こと教えなきゃ……っなんないのよバカ」
「ちょっ、ええ? そんな泣かなくても」
もう泣くしかない。
【おまえの精神のツボどこにあるんだマジで。ツェペシュのくせに】
【も、もしかしておじさん悪いこと言っちゃったっ?】
【もしかしなくてもそうです! あなたには昔からデリカシーというものが足りないんです。気をつけてください】
なんでこんな奴らの前でプライバシーを暴露されねばならないのだ。
オロオロする五十代男性もうんざり顔の二十代チャラ男も、わけが分からないと戸惑う十代少年も、エルヴィラの力でまとめて部屋から放り出された。
【キヨ、キヨ。うちの男どもと馬鹿娘がごめんなさい】
王妃がテーブルを廻り、清乃の隣に座って頭を撫でた。
「もっと配慮すべきだったな。嫌だったな。あんなおっさんに教えたわたしが悪かった。ごめん、キヨ」
エルヴィラとは生理周期の話をした。それで彼女は気づいたのだ。
結婚どころか交際経験もないのに、赤の他人の男にそんな個人的な事情を知られなくなかった。
「……治りますよね? もしくは無視して生活しても問題ないですよね?」
「多分そのうち消えるとは思うが。今のうちに気づけてよかった。でも念のため、妊娠はしばらくの間は控えたほうが」
「そんな予定ないから問題ないです……」
むしろこのまま、一生独り身でいてもいいような気がしてきた。




