特異体質
「でもそれ、フェリクスのほうが適任なんじゃない?」
別に日本じゃなくてもいいだろう。
世界中から人が集まるアメリカでチャラチャラ二股している大学生のほうが、魔女の亡霊の望みを叶えてくれそうだ。
【俺は慎重派だ。ちゃんと気をつけてるから、妊娠騒動とは無縁だ】
「それにジェニファーにとっては、ユリウスでないと意味がなかった。日本だったのは、島国だから都合がいいと思ったのかもな。国ひとつ乗っ取るのが、大陸内の小国よりも容易だろう」
鎖国可能な国だし、か。大戦の際も、その地理的要因が何度も有利に働いたという日本。
同じく島国であるアイルランドでは新しい宗教が広まりにくかったため、数多くの魔法や妖精の話が残っている。
外部の影響を受けにくく、ひとたび内側に入りさえすれば、海が守ってくれる。アイルランドと同じような効果を、日本の地理に期待した。
都合のいい国、都合のいい女。
ユリウスを清乃の元に送り込めば、望みが叶う。
両者の利害が一致したから、ジェニファーと魔女の亡霊は手を組み暴走したのだ。
肉体を喪っている亡霊だけでは、大したことはできない。実際に力を振るうのは、亡霊の力を宿す現世の魔女なのだ。
「じゃあフェリクスはなんだったの?」
自分を好きなわけでもない男に迫られて、清乃が不快な思いをした意味はあったのか。
「……ああ。次善策。ユリウスが駄目なら最悪こっちでも、と考えたらしい」
エルヴィラがらしくなく言葉を選びながら説明した。
フェリクスの願望の話か。ユリウスと婚約者が、仮面夫婦になってそれぞれ別に恋人を持つというのが次善策だった。
十五歳の純粋な女の子にしては、なかなかファンキーな考えだ。老獪な魔女の亡霊に説得でもされたか。
犯人の両親は頭を抱えていて、次善策について甥が微妙な表情をするのに気づいていない。
ユリウスも自分の感情の持って行き場を探すことに集中しているようだ。
「それでだ。キヨ、あなたが選ばれた理由は他にもいくつかあるらしいんだが、最後の決め手があったんだ。魔女たちが言うには、特異体質のためらしい」
「特異体質?」
思い当たらない。超能力者集団に特異だと言われるような体質ってどんなだ。
「ああ。特異、というほどでもないんだが。人よりも、少しだけ色々吸収しやすい体質」
「吸収」
遺伝もあるが、食べ物の栄養を効率よく吸収できなかったからこその体格なのだが。
「そうだ。キヨはおそらく、この国の人間と接触したことにより、魔女のDNAを取り込んで体質を変化させつつある」
つまり魔女は、清乃に魔女の子を産ませようとしただけでなく、彼女自身を魔女にしようとしたということか?
「……なんなの。超能力って性病なの? 細菌? 感染するの?」
「言い方」
「そっちが言わせてるんでしょ」
DV夫みたいなことを言ってしまった。
体の成長には役立たなかった、吸収しやすい体質。それのせいで、本人も気づかないくらいの微弱な超能力を手に入れてしまった。
だからなんだよ、しか言うことがない。
人間誰しも、平均点ばかり取っているわけではない。
平凡な人間にだって、ひとつやふたつくらいは、ちょっと人と違うところがあるものだ。
清乃の場合、そのなんの役に立つのか分からない体質だったというだけの話だ。
『魔女の子を胎に宿したら、能力が感染したかのようになる例もある。まだ本人も気づいていないだけかもしれないだろう。誰か聞き出せ』
また国王が何か言っている。
「わたしは!」
いい加減この話題を終わらせたくて、清乃はテーブルを叩いた。ばあん!
(いたっ加減間違えた)
「何してるんだ。見せてみろ」
呆れ顔で清乃の手を取るユリウスを振り払う。
「あんたがそういう態度を取るから誤解されるんでしょ! 気軽に触るなって何回言わせるのよ、このお子ちゃまは!」
「オレ成人した」
どうでもいい口答えに、清乃は国王の目の前で王子の額をぺちんとやった。
【私は少なくとも十二月にユリウスが日本に来てから今このときまで、誰とも性的な接触はありませんでした。証明する方法は思いつきませんが。これでいいですか】
【期間を限定した意味あるのか】
馬鹿にしたように言うフェリクスに、それ以上に馬鹿にした態度で返してやる。
「プライベートをさらけ出したくないという意味はある」
【無意味だろ。魔女が言ってたんだろ。父親が誰かハッキリ分かるように処女がいいって】
そうか。それもあった。
未経験の女子大生の割合ってどのくらいだ。七、八割? あれ、でも友達のあの子もあの子も……まさかな。いいや。三十五万分の二十万てことにしておこう。
「……今なら宝くじ当たる気がする。バイト代つぎ込んでみるか」
「今度はどんな話ができた」
【今大事な話してるところだから、いちいち脱線するのやめてくれない?】
国王の態度がダレてきた。
【性交渉じゃなきゃ駄目なのか。唾液でも同じことだろう】
キスくらいはしてるんだろう、とフェリクスは言っているのか。したことないって言ったのに。その後に、とでも言いたいのか。チャラ男と一緒にしないで欲しい。
疑惑の眼を向けられたユリウスも清乃も、顔をしかめるくらいしか反応のしようがない。
清乃がぷい、と顔を背けると、ユリウスと眼が合った。
どうした。なんだその何か思い出しましたって顔。こっちには心当たりはない。
……うん、ないはずだ。
【…………唾液】
呟いたユリウスに向かって、父王が目を剥く。
【ユリウス、やっぱりおまえ】
【違う。やめろ】
ユリウスはテーブルに手を伸ばして清乃の前に置かれたカップを持ち上げ、中身を飲んだ。
実の息子とはいえ、国王の前でしてもいい行儀ではない。
「ちょっとやめなさ……」
言葉を途切らせ、顔を引き攣らせる清乃を見下ろして、ユリウスが頷く。
【………………はあ?】
察した国王が、固まった清乃と冷や汗をかく息子とを見比べる。
【……………………ご、めん。なさい……】
ユリウスが目を逸らしながら謝罪の言葉を口にすると、ようやく清乃も声を出せた。
「はああああああ⁉︎」




