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示談交渉

「はあ」

 短い相槌。

 大袈裟な感情表現をしない民族が意識して表情を殺せば、人生経験豊富なダヴィドも戸惑う。

 ともすれば泣いてしまいそうになるのを気丈にも堪えているのだろう、と同席する人々は思った。


【……少しは休めただろうか。もっとゆっくり休んでいってもらえたらと思っているのだが】

「いえ。もうすぐ始業式がありますので。誠吾は受験生になるから、帰って勉強させないと」

 清乃の言葉を、ユリウスが父王に通訳する。

【それなら引き留めるわけにはいかないな。話はもっと落ち着いてからと思っていたのだが。キヨ、セイゴも。今回のことは、あってはならないことだ。貴女方には、出来る限りの償いをと考えている。何か要求があれば、聴かせてもらいたい】


 このひと、王様なのにこんなこと言っていいのかな、と清乃は無表情のまま考えた。

 謝罪し反省する姿勢を見せることで相手の心象をよくしようとする手法は、日本でしか通用しないと聞いたことがあるが。

 誠意を見せる、ということか。

 それとも。

(素人の小娘が相手だからって舐めてるのか)


「要求、とおっしゃいましたか? 例えばどのようなものを想定してらっしゃるのですか?」

 相手の得意な言語に合わせてやる義理はない。

 たどたどしく喋れば、侮られる。ただでさえ舐められているのに、これ以上軽く扱われる気はない。


 清乃はまだ売られた喧嘩の真っ最中だ。

 まだ全然、気持ちの整理がついていないのだ。

 みなに労られ、謝られ優しくされたくらいで、誤魔化されるつもりはない。

 きっちり落とし前をつけてもらうまでは、腹の虫が収まらない。


 まだ怖い。逃げたい。心が縮こまったままだ。

 それと同時に、強く憤っている。


 清乃は怯えているだけでなく、怒っているのだ。

 ダヴィドはようやくそのことに気づいた。

【出来る限りのことを。まずは貴女の望みを聞いてからと思ったのだが。こちらからは、謝罪と慰謝料の提示しか思いつかないんだ。そんなもので貴女の負った苦痛が癒えるとは思っていないが、他に要望があればなんでも言ってもらいたい】

 なんでも、と王は言った。


 国王の隣には王妃が座っている。その後ろには多分側近的な男性。

 向かいのソファに座る清乃の隣には無言の誠吾。反対隣には、いつでも清乃を庇える姿勢のカタリナ。

 ユリウスは清乃たちから見て左側のソファに。清乃を招待したアッシュデール側の人間だが、清乃の気持ちに寄り添いたい意思を持っての位置にいる。

 公爵夫妻とフェリクスが壁側に立っている。


「わたしはアッシュデールの刑法について詳しくないのですが、教えていただけますか」

【……どういったことだろうか】

 息子の通訳を聴いて、ダヴィドが努めて感情を殺した声を出す。

 壁側の公爵夫妻は、最初と変わらず痛みに耐える顔で立っている。

「この国でも誘拐は親告罪ですか。外国人が王族を告訴することは可能ですか」

「りょうほうYesだ」

 フェリクスが立ったまま口を挟む。

「へえ」

【拉致監禁なら、下手すれば五年は塀の中だな】


 なんでもないことのように言う息子の頭を、公爵が上から押さえ付ける。

 たった一歳下なだけの清乃を子ども扱いするフェリクスが、この場ではただの悪ガキでしかない。

「心神喪失が認められる可能性は?」

「ある。その場合、フェリクスは罪に問われないかもしれない。ジェニファーの能力が証明されたら、彼女は教唆犯であると同時に、実行犯としても裁かれる」

 父親を介さず、ユリウスが代わりに質問に答えた。

 さすが魔女の国。超常的な能力を使った犯罪もちゃんと裁かれるのか。

「ユリウス、日本の法律用語勉強した?」

「した。いつかキヨがフェリクスを訴えるって言い出す日がくると思ってた」

 優秀な王子様だ。清乃が彼の年齢のときには、勉強らしい勉強は受験に関するものしかしていなかったものだが。

「そう。ちゃんとお父さまに通訳してよ」


 息子から清乃の言葉を聞いた国王の顔から、彼女を気遣い労わる気持ちが消えることはなかった。

 うん。さすが国のトップだ。小娘の言動に小揺るぎもしない。公爵夫妻も同様だ。

【それが貴女の望みということか。当然だ。娘と甥には、罪を償わせる】

 やっぱり無理か。話の主導権を握れない。

 圧倒的経験不足。

「確認しただけです。外国で裁判なんて、わたしには負担が大き過ぎます」

【代理人を用意しよう】

「確認しただけです! 面倒はごめんです。おっしゃる通り、謝罪を受け入れます。賠償金の請求はこちらに」

 清乃は用意してきたレポート用紙をテーブルの真ん中に置いた。

 日本語の横に簡単な英単語と計算式を書いたものだ。


 ダヴィドはそれを手に取り、眉をひそめた。

 法外な請求だからではない。その逆だ。

 彼は無知な小娘に対する憐れみを隠し切れない様子で、清乃を諭しにかかった。

【キヨ、すぐに弁護士を呼ぶ。請求はそれからにしてくれ。これでは駄目だ。君はもっと】

「弟とふたりでお祝いの席に出席する準備のためにかかった費用と、日本にいればアルバイトをして受け取っていたはずの給与額です。微々たる額とお思いでしょうが、わたしにとっては大金です。殿下のお祝いのためならと思っておりましたが、今回の訪問をすべてなかったことにしたいというのが、今のわたしの気持ちです」


 国王の言葉を遮った清乃を、誰も咎めなかった。

 ユリウスが間を空けず英語に直して伝える。

 今回の嫌味は、百戦錬磨の大人にも多少は効いたようだ。

【……分かった。今の時点では、分かったと言っておこう。落ち着いた頃に、また改めて】

「もちろん、こちらの額を受け取って今回の訪問をなかったことにしても、わたしの心に傷は残ります。ですが、もしこちらをいただくことができるなら、わたしは慰謝されます」


 言い切ったな、と誠吾が小さく呟いた。

 言い切った。だって慰謝されるもん。

 清乃がもう一枚のレポート用紙を提示すると、初めて国王の表情に顕著な変化が見られた。


 彼はびしりと固まり、動揺を落ち着けるためであろう、一度目をつむった。

 再び目を開けると、レポート用紙を見直してから、清乃を見る。

【え?】

「いただけたら、わたしは慰謝されます」

 もう一回言った。

 何? とユリウスが訝し気にレポート用紙を覗き込む。

【これってドイツ語の。なんで? キヨ、日本語訳されたやつ持ってただろ】


 答えは、それまで黙っていた王妃が出した。

【……作者のサイン入り初版本だわ。このひとが大切にしていた】

【そんなのあったっけ】

 あったのだ。図書室で見た。

 希少価値のある書籍を飾ってある一画にあった。

 日本語、なんとなくな英語、漢語が少しだけ、程度の語学力の清乃だが、日本語訳もされている有名な作家の名前と題名なら大体分かる。

 いいなあ、と思った。さすが、国家権力があればここまで希少本が揃うのか、と拝んできたのだ。

 価値が計れないクラスのものをくれと言うのは恐ろしい。

 が、これはきっと個人の趣味レベルである。ある程度のプレミアは付くだろうが、ある程度、レベルのはずだ。

 初版本が出版されたのは、清乃が生まれる前。ダヴィドがキラキラしていたであろう独身の王子だった頃だ。

 他にも同じ作者のサイン本があったが、そちらは清乃の知らないものだった。多分日本では翻訳されていない。

 作者買い。ファンなのだ。多分王室の誰かが。

 年齢的に可能性が高いとは思っていたが、やっぱり国王本人だったか。


「フェリクス王子殿下には仕返し済みなので、誘拐についてはもう結構です」

【過剰防衛を問われるのが嫌なんだろ】

 フェリクスの口出しは無視した。

 機能に問題が生じることがあったら、世の女性のためにやったんだって法廷で演説してやるよと言おうかと思ったが、同席する人々の顔触れを見てやめておいた。

 品位に関わる。らしいし。

「ジェニファー王女殿下については、未成年(こども)の過ちということにしても構いません。ユリウス王子殿下をはじめとする皆さまがご尽力くださったおかげで、何も起こらなかったのですから」


【……それでこれは】

「自分の本棚に飾って慰謝されたいです。わたしの心の傷を癒すため、出来る限りのことをしてくださるとおっしゃったので」

【…………フェリクスやっぱりおまえ塀のな】

 国王の言葉が途中で止まったのは多分、王妃に足を踏まれたからだ。


【分かりました。差し上げます。キヨは本当にそれでいいのですか】

【他の本もいただいても?】

【あと二冊ばかり選んでもいいわ】

【じゃあ、これとこれ。と、ついでにもう一冊これもお願いします】

 あわよくばと思って作ったリストの上位三つを指差すと、国王が分かりやすく落ち込んだ。すべて彼のコレクションだったようだ。

 清乃の読み通り。

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