六日目朝
まとめの章になります。
よろしくお願いします。
毎月血を流す期間は、魔女にとっての新月期だ。月経中は魔女の亡霊の力を宿すことができないエルヴィラ。
入れ替わるように、満月の日が排卵期に当たったジェニファー。躰と空の月が満ちる日が重なった。
魔女は生まれたときから魔女なわけではない。躰の月が巡るようになって初めて、魔女となるのだ。
近頃初経を迎えたばかりのジェニファーの許に魔女の亡霊が寄り集まることに、アッシュデールの人々は気づいたばかりだった。
普段エルヴィラの月経期間には散り散りになっているか気配を消している亡霊が、ジェニファーの周囲に出没する頻度が増える。
それが昨年末頃の話だ。
ジェニファーからの申告はない。いつもと同じ態度で日常を過ごし、学校生活を楽しんでいる彼女が魔女の亡霊の力を宿している様子は確認できていない。
同じ時代に複数の魔女の存在が確認されたとする記録がないこともあり、みな懐疑的だった。
折り悪しく第二王子失踪事件が起こり、調査は中断した。王子帰国後は後手後手になった事実確認と並行して、成人式の準備が進められた。
そこに失踪事件関係者の清乃が招待される。
彼女はどんな人物なのか、失踪事件の原因になり得る要素が彼女にあったのか。観察する意図も兼ねて、アッシュデールは王子の恩人を歓迎する姿勢を見せる。
やって来た杉田清乃という人物は、普通の人間だった。
アッシュデールで疑われていたような超能力的なものなど持ち合わせていない。
前評判通り小柄で幼く見える外見ではあるが、日本基準では平均の範囲内。読書家ではあるが頭脳明晰というほどではなく、見た目通りのかよわい女性である。
生まれ育った家も田舎のサラリーマン家庭で、特筆すべき血筋ではない。
紛れもない一般人であった。
やはり彼女の部屋にユリウスが跳んだのは偶然か、と早々に結論が出るところだった。
年頃の王子が「カワイイ」と言い、「彼女はかっこいいんだ」と言って懐くのをみなで微笑ましく見て呑気に同調していた。
確かに可愛い、感情があまり顔に出ないのも人形みたいだ、殿下はああいう娘がお好きなのかあ、おいあまり見過ぎるな、不安そうにしているぞ、とあちこちで囁かれていた。
その彼らの様子が、見張られている、と事情を知らない清乃の不安を煽っていたのだ。
そんななか、清乃の様子がおかしい、とカタリナから報告が上がる。
どこがどう、というほどではない。普通に動き、会話している。ぼんやりしてしまうことがある、というのが自己申告だ。
力を無くしたエルヴィラの眼から見ても、普通とは少し違う、気がした。魔女の亡霊の気配がする、気がした。
敏感な人間であれば、城に巣食う魔女の亡霊の気配に気づいてナーバスになることもあるだろう。現段階では様子見するしかない。
アッシュデールの人々は、清乃の状況をそう見ていた。
ユリウスの誕生日前夜、清乃はエルヴィラと話をしている。
魔女の力が喪われる期間について。
そんな日に行事って大変ですね。身体は大丈夫なんですか?
問題ない。面倒ではあるがな。キヨは国外旅行と被らなくて良かったな。
あたし周期がキッチリしてるんで。ここ一年は一日以上ズレたことないから、あと二週間は気にせず過ごせます。
いいことだ。健康な証拠だ。
エルヴィラはその会話を特に気にしていなかった。
女同士ではよく話題に挙がる、普通の話をしただけだからだ。
全員が楽観視していた。
年頃の王子が異国で見つけてきた恋を、みなで見守ろうとしていた。
ところが、事態は急展開を見せる。
夜会後、清乃とユリウスがふたりきりで長時間姿を消していることに、カタリナが気づいた。直後から、城内で不審な動きをする者の目撃証言が複数挙がる。
大人たちが事態を把握したのは、少年たちとほぼ同時だった。
ジェニファーの関与が疑われた。すぐさま彼女が眠っているはずの部屋を確認したが、そこには誰もいなかった。
消えた疑惑の魔女、折り悪しく力を失った魔女、満月の夜の操り人形、事情を知らぬ異国の娘、彼女を護るため奔走する少年たち。
城内は王子の成人を祝う華やかな空気が一転、混乱に陥った。
【このたびのことは、本当に申し訳なかった】
一国の王が、異国の小娘につむじを見せている。
異国の小娘であるところの清乃は、頭を上げたまま無表情でそれを眺めた。
彼女に頭を下げたこの国の王族はこれで三人目だ。王子ふたりに続き、国王までも。
異界から現実の世界に帰ってきた。
国王夫妻も公爵夫妻も、我が子よりも清乃と誠吾の無事をまず喜び、安堵し謝罪することを繰り返した。
知らせを聞いて集まっていた少年たちの親も、パーティーで挨拶を交わしただけの異国人の無事を確認することを優先する姿勢を見せた。
清乃は頼りない表情で彼らを見上げ、ご心配おかけしました、少し休んでもいいですか、と小さな声で言った。
そのかよわい身に起こった出来事は辛いものだっただろう。さぞや恐ろしかったに違いない。
清乃の親と同世代の人々はその心労を思い、悲痛な表情で彼女をいたわった。
もちろんだ、ゆっくり休んでくれ。
清乃が頼りにしているカタリナに、部屋まで付き添うよう国王が命じた。その際清乃は弟に縋るように彼の腕を掴んだ。
もちろん誠吾は黙って姉に寄り添い、部屋まで一緒に歩いて行った。
それが午前のことである。
部屋に用意された軽食を食べ、なるべく早い飛行機のチケットを用意して欲しいと頼んだら、慌てた国王に呼び出された。
現在の時刻は正午過ぎ。異界からの帰還から五時間ほどしか経っていない。
国王は清乃が心身を休めるのを待ってから話をしようと腹積りしていたのだろう。早く帰りたいとの意思を伝え聞いて焦ったのだ。
呼び出しの旨を聞いた清乃は不安気な顔で使者を見て、弟とユリウス、王妃の同席を望んだ。
使者は、もちろんですお心のままに、と憔悴する彼女に即答して退室した。




