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捕獲

 清乃の目の前で、少女の細い身体が吹き飛んだ。

「なぐ、えっ殴っ?」


 混乱する清乃をよそに、状況は目まぐるしく変化していった。

 ユリウスが行使した拳をすぐに戻し、次の攻撃体勢に移る。少年たちが援護のためのポジションにつく。

 飛んできた小柄な少女を受け止めるかに見えたフェリクスが、脚を鞭のようにしならせる。

 一度宙に浮き地面に叩き付けられた少女の背中に、ユリウスが膝から飛び乗る。両手を拘束、

「…………え」

 できなかった。


 ジェニファーが宙に浮いた。

 その身体に、男ふたりから加えられた暴行の痕跡は見えなかった。

『急にひどいわ。ふたりとも』

 可愛らしく拗ねて見せる妹に向かって、ユリウスが助走をつけて跳んだ。高く、高く、更に高く。

 空中浮遊。

 ユリウスの手がジェニファーの足首を掴む。その時点で彼は、ルカスの手も届かないくらいの高さまで跳んでいた。

 ダムが地面を蹴る。ルカスの組んだ両手によって高く押し上げられ、華奢な足首のもう一方をその手に捕らえる。

 空飛ぶジェニファーの背後に三本の剣が現れる。

 地上から、PK保持者の少年三人が注視している。

 落下することで剣先から逃れたジェニファーの背に再びユリウスが乗る。


「キヨ、それくれ」

 いつの間にか清乃の前に立っていたフェリクスが、無断で襟元に手を突っ込んでくる。

「ぎゃあっ」

 手が侵入してきたのは背中側だったが、清乃は反射的にその手を振り払い逃げた。

 苛立つフェリクスに向かって、誠吾が何かを投げる。

「フェリクスさん、これも同じやつ!」

「Thanks, セイ!」

 受け取ったフェリクスがユリウスに駆け寄る。

「な、なっ? えっ?」


 華奢な身体からは想像もつかない力で兄を跳ね除けるジェニファー。彼女の右手首をフェリクスが捕らえる。左手にルカスが飛び付く。

「姉ちゃん、御守りだ。エルヴィラ様の。魔女の御加護があるんだろ。早く出せ」

 清乃が混乱しながら差し出した十字架のネックレスを誠吾が引ったくり、走り出したロンの前方に向けて投げる。

 ネックレスを受け取ったロンが、ジェニファーの上に戻ってきたユリウスの補佐につく。


 ジェニファー登場から拘束までにかかった時間は、多分そう長くなかった。

 誰が指揮を執るでもなく、九人が同時に動いて彼女を取り囲んだ。全員がジェニファーを拘束することに対して迷いを見せなかった。


『ねえ、ひどくない? ユリウス、わたし妹よ?』

『全員耳をふさげ!』


 ユリウスが叫ぶ。

 彼を除き、ジェニファー捕獲に参加していた全員が自分の耳をふさいだ。

 それを見た清乃も、咄嗟に自分の耳に両手を押し付ける。

「セイ、助けて。あなたはわたしの恋人でしょ」

 加勢に入るべきだろうかと、いつでも飛び出せる体勢をとっていた誠吾は、みなの動きに気づくのが一瞬遅れた。


 ふらりと身体を揺らした弟を、清乃は驚愕の眼で見つめた。

 眼の焦点が合っていない。

 誠吾が走り出す。

【セイ!】

 誰も彼の足を止められなかった。

【セイ、止まれ!】

 少年たちが伸ばした手を擦り抜けた誠吾が、ユリウスに向かって警棒を振り上げる。


「やめ! はなれて!」


 清乃の悲鳴じみた叫び声に、誠吾の動きがぴたりと止まった。そのまま剣道の試合中のように、すっすと左足から後ろに退がる。

「かまえ!」

 大声を出しながら、清乃は弟を連れ戻すために走った。

 その隙に、フェリクスがユリウスと誠吾の間に立つ。


 清乃は右手を振り上げ、力いっぱい弟の頭をはたいた。

「ガキはすっこんでろ!」

 ばちーんっと派手な音がした。

 正眼の構えを崩し、誠吾は恨めしげな眼で姉を見下ろした。

 ちゃんと、眼が合った。


 安堵に膝から崩れそうになる清乃に、誠吾が悪態をつく。

「……にしやがんだクソババア」

「子どもは後ろで目と耳閉じて泣いてればいいんだよ!」

「ぁあ? てめえ、いつまでも弟より強いつもりでいんじゃねえぞ!」

【よーし、姉弟喧嘩はこっちでやろうかあ!】

 負傷した腕を庇いながら捕獲に参加していたアレクが、日本の姉弟をユリウス兄妹から離れたところに連れて行く。


「やだ、セイどうして? わたしよ、ジェニファーが頼んでいるのよ?」

 弟を呼ぶ可憐な声を遮るため、清乃は声を張り上げた。

「弟はまだ未成年なので! 交際は親の許可を得てからにしてください!」

「うち、そういうシステムだったっけ?」

「そうだよ。ちゃんと親に相談してからにしないから、自分から告白してきたのに一週間で別れ話するような初彼女をつくることになるんだよ」

「なんでそれ知ってんだよ!」

「あんたの友達が教えてくれた」

「ぐあ……!」


 自分には分からない言語で喋る姉弟に、アレクがおずおずと口を挟む。

【えっと、セイ? キヨも。あの方は新しく魔女になったんじゃないかと疑われてて、暴走傾向にあるみたいなんだ。声で人を操るとされてるから警戒を】

【最初っから分かってたのか!】

 誠吾に掴み掛かられたアレクが目を泳がせる。

【……途中からは。確定するまで黙ってろって言われてて】

【疑いの時点で言えや! 言わない選択したなら巻き込むな!】

【誠吾。アレクに言ってもしょうがないでしょ。後で責任者締め上げるよ】

【……責任者】

 アレクが渋い顔になる。

 清乃はそれを冷たい眼で見た。

【責任者ったら責任者だよ。犯人の親であり、国のトップ】


 魔女捕縛は完了したようだ。

 エルヴィラが清乃たちにくれた御守りのネックレスを使ってジェニファーの両手首を拘束、ユリウスがその華奢な腕をしっかりと掴んでいる。

 ドン引きするしかない光景だ。

 大の男が九人がかりでいたいけな少女を殴り蹴り武器まで持ち出して、最終的には後ろ手に縛ってしまった。

 そんな扱いを受けたジェニファーは白金の髪の毛を乱した程度で、不満気に唇を尖らせている。

【みんなこんな……】

 ジェニファーが開いた口の中に、ユリウスが躊躇なく布を押し込んだ。オスカーが提供したハンカチを猿轡にしてしまう。


 女性だから。主君の想い人だから。それだけの理由で清乃をお姫さま扱いしていた少年たちが、本物のお姫さまを攻撃した。

 操られている状況でも、力弱い女を傷つけないよう細心の注意を払っていた男が、その長身を活かした暴力を行使した。

 心優しい少年が、誰よりも守るべき存在であるはずの妹を後ろ手にして警戒に当たっている。

 終わった。

 怒涛のような攻撃の連続により、捕獲劇は終了した。


「ええええ……」

 劇の終了と同時に、捕まえておくためと縋り付くのとふたつの目的で誠吾に張り付いていた清乃に、動揺が戻ってきた。


 ジェニファー。

 姉、エルヴィラに続いて生まれた新しい魔女。

 彼女はそれだけ危険な存在だということなのか。

 少女の外見に、歳上の男たちによる暴力の影響はまったく見えない。変だ。この娘は確かに危険な存在だ。


 頭では分かっている。だけど感情がついていかない。

 味方だと思っていた、清乃を護ってくれると思っていた強い力が、小柄な女の子に向けられた。

「……姉ちゃん。引いてやるなよ。ああでもしなきゃ止められないんだろ」

 分かっている。分かっているけれど、圧倒的な暴力に対する恐怖を止められない。

「キヨはどうしたんだ。ツェペシュがこわがることなんかないだろ】


 ジェニファー。彼女は現実の存在だ。

 フィクションじゃない。

 儚げで華奢な女の子が、清乃の目の前で身体の大きな男たちから暴行を受けていた。

 衝撃。混乱。動揺。驚愕。恐怖。

『みんなでオレとジェニファーを囲んで。キヨの視線を遮ってくれ』

 少年たちが動いて、清乃からユリウスとジェニファーの姿を隠してしまった。


(あ、駄目だ)

 怖いものが視界から消え、清乃はせわしなく瞬きをした。

 これはフィクションだと気持ちを切り替えたはずなのに、現実のものとして捉えてしまった。

 誠吾を見てから、清乃のなかのフィクションに現実が入り込んできた。

 戻さないと。創りモノの世界の出来事で傷ついたら駄目だ。

 現実と空想の区別をつけないと。

 焦って視線を意味もなくあちこちに投げる清乃の耳に、馬の鳴き声が聞こえた。

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