合流
警棒を左手に持って、スタート。
誠吾は目を見開き、ヒトと木とオブジェの隙間を擦り抜け走った。
銃火器は誰も持っていない。集中を切らさなければ、攻撃を避けるのは簡単だ。
彼らは訓練を受けた人間ではない。
剣道部所属の高校生舐めんな。部活仲間が振る竹刀はもっと疾い。
こいつら、何を必死になって叫んでいるんだ。
十代の小僧を指差し、叫んで襲いかかる正当な理由なんかないだろう。
誠吾は日本の善良な高校生だ。
こんな理不尽に攻撃される謂れはない。反撃してもそれは立派は正当防衛だ。
いざというときにそう堂々と主張できるよう、品行方正に生きるのが賢いんだよ。
その場面だけを切り取ったら、理不尽で無慈悲な暴行犯でしかなかった小四の清乃は、そのために無罪放免となったのだ。
正直者が正義じゃない。あいつが正義と他人に思わせた奴が正義なんだ。ついでにもひとつ覚えときな。勝てば官軍。
純真無垢な小学一年生に何を吹き込みやがる。
何が言いたいかというとだ。
清乃が言うことは正しい。それに尽きる。
困ったときには、姉の教えに忠実に動けばいいんだ。姉の言葉に従っていれば、道は拓ける。
チビでも足を速く動かせば速く走れる。超能力者が相手でも、視界を塞げば勝てる。ユリウスの妹が黒幕。
ぜえんぶ姉ちゃんの言うとおりだった。
困ったときには、清乃の言うことを聞いてればいい。
簡単なことだ。アホな高校生でも、そのくらいならできる。褒めてもいいぞ。
なあ、姉ちゃん。
「魔女ども見てるか! ストレスはこうやって直接敵に向けるんだよ! ムカついてるなら自分で敵を倒してしまえ! 気が済むまで集団でフクロにしてやりなさいよ!」
こんなわけ分からん世界に来てまで何言ってんだよ。
すぐそこに、自分を狙う武器があるってえのに。
かっこよすぎだろ。
誠吾は走りながら、左腰に持った警棒を竹刀の要領で構え、
「胴ぅあああーーーーっ!」
目の前のガラ空きだった胴を抜いた。
踏み込みが浅かったか。靴を履いたままだと難しい。
が、倒せたからまあよしとしよう。
敵を倒せた。
その昔、小さな背に誠吾を庇って戦った姉を助けてやれた。
警棒の威力、思ったよりすげえ。
高揚感に、場違いな笑いが込み上げる。
大丈夫だ。俺はやれる。小さな姉に守られなくとも、ちゃあんと独りで闘える。
見たか、ラスボス。次はおまえを倒す。
誠吾はドヤ顔で姉を見返してやった。
赤い血であちこちを汚した清乃は、泣きそうな顔で弟を見ていた。
「…………誠吾」
何故彼がここに。
清乃は目の前でヒトのカタチをしたモノを躊躇いなく打った弟の姿に顔を歪めた。
ここは地獄だ。日本の高校生が来てもいい場所ではない。
「んだよ、その情けねえツラ」
「セイかっこいい! ブシ最高!」
清乃の代わりにユリウスが歓声を上げた。
「おー。俺伝令役やりに来たんだ。七人も一緒に来てる。ユリウスの妹にハメられた。あいつらピンチだから助けてくれ」
誠吾は早口で喋りながら清乃に背を向け、警棒を正眼に構えた。
彼は優しい子だ。防具をしていない生身のカラダを打ち据える経験をさせるべきではないのに。
「姉ちゃん、コイツら人間じゃないらしいぞ。倒したら消える。人形だと思えば大丈夫だ」
駄目だ。そんな物でヒトのカタチをしたモノを打たないで。ケロっとした顔で振り向かないで。
普通の高校生に戻れなくなる。
「……知ってる」
「セイ、このくしざしをつくったのキヨ。ツェペシュとよんでやれ」
フェリクスが笑いながら振り返る。返り血を浴びてイイ笑顔をするな。
「さすがラスボス、考えることが違うな!」
何故すぐに信じる弟よ。
「あたしじゃない。串刺し公だよ。ヴラド串刺し公。竜の子っていったらドラキュラでしょ」
小説のモデルとして有名な人物である。その残虐さを写実的に描いた絵を見たことがあるのだ。
「そこからの連想……!」
ユリウスが呆れ笑いで清乃を見る。
ユリウスが先頭に立ち、剣とPKを併用して道を切り拓いていく。清乃と誠吾はその後ろ。フェリクスがしんがり。
清乃は木と串の合間を縫って走るユリウスの背中を必死で追う。
行く手を阻む敵の数が少なくなってきた。この辺りに立っていた奴らは、ほとんどが串刺しにされた。それから増えていないのか。
無限に湧き出てくるかのように見えていた群衆の数が減ってきている。
木の影に女がいる。あそこにも、こっちにも。
笑っている。嬉しそうに、串刺しにされたヒトを指差して嘲笑っている。泣きながら笑っている魔女たち。
彼女たちは走る清乃に手を振り、歓声を上げた。歓迎されている。
なんだこれは。魔女の夢の中へようこそ?
現実感がない。頭がふわふわする。
夢の中だからか。清乃のものではない、魔女の夢の中。
『ユリウスーー!』
向こうから走ってくる少年の集団。全員が満身創痍だ。
傷だらけの身体で、襲いくる大人を斬り伏せながら近づいてくる。
味方になってくれと清乃が願いを込めた六人一匹の竜が、これが最後の敵かと咆哮する。
歳若くともひとりで一人前に戦う実力を持つ背の高い戦士が、剣のひと振りで並み居る敵を薙ぎ倒す。
【みんな無事か!】
動いている敵の姿が見えなくなった。
ユリウスが走るスピードを上げて仲間に合流する。
【おまえら何しに来たんだ! 助けに来たんじゃないのか! 助けてくれってどういうことだよ】
フェリクスが言っては駄目なことを言った。
【違いまーす、ただの事故です! ジェニファー様に……】
『呼んだ?』
なくなりかけていた緊張感が一気に戻ってきた。
アッシュデールの王子ふたりと側近候補の少年たち、鍛えた肉体を持つ男九人の動きに迷いはなかった。




