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一泊目

 初日の夕食はフェリクスの言ったとおり、杉田姉弟とユリウス、フェリクスの四人だけの食卓で、給仕も必要ない簡単なものだった。

 簡単というのは王族目線で、一般庶民の舌では理解できないくらい高そうな味と量だった。コースではない、というだけだ。ちゃんと味の分かる空間で食べさせてもらえてよかった。


 夜にはエルヴィラが国内で作っているというワインの瓶を持って訪ねてきてくれた。

 彼女は清乃の新品のパジャマが気に入らなかったらしい。難しい顔をしてこう言った。

「失礼を承知で頼む。夜の女子会はネグリジェと決まっているんだ」

 確かに彼女も、妖艶なネグリジェにガウンを羽織っただけの姿だった。

 そこはパジャマパーティーじゃないのか、とは思ったが、清乃は逆らわずに急遽用意されたネグリジェに着替えた。


 空港に到着してから今まで、彼らは一度も王宮の流儀を押し付けてこなかった。日本の一般庶民の姉弟がこれ以上萎縮しないよう気遣ってくれているのが伝わってきた。清乃が大事な王子の恩人、だからなのだろう。

 ネグリジェに着替えろと言われるくらい、失礼でもなんでもない。

 用意されたものはデザインが幼い気がした。案の定それは、エルヴィラが十一、二歳の頃に着ていたものだという。ティーンですらなかった。

「うん、可愛い。これで舞台は整ったな。ワインは飲めるか?」

 エルヴィラにグラスを差し出されたら、飲む以外の選択肢はない。

 清乃は少しずつワインを舐めながら、明後日開かれるパーティーの話を少し聞いた。


「公式行事ではあるが、ユリウスが主役だというのは聞いているな。そう堅いものにはならない。わたしたちくらいの年齢の女性もいるから、好ましい人物だと思えば仲良くすればいい。恋の相手を見つけるのも有りだ。多分キモノのキヨは目立つから、声をかけられることは多いと思う。不安なら誰かが必ず側にいるようにするし、嫌だと思えば、無理に交流する必要はない。にっこり微笑って黙っていてもいいからね。向こうが勝手に日本の女性はミステリアスだとかなんとか言ってくれる」

「エルヴィラ様、それエルヴィラ様にしか使えない技です。あたしがやったら可哀想な子と思われるだけ」

 日本の恥になる。

「そうか? まあ将来のための人脈作りをするのも手だ。就職活動、するんだろう」

「……しますけど。もっと小さい人脈しか必要ないです。あたし、こんなに気を遣っていただいてまで、招待された理由がどうしても分からなくて。ユリウスの我儘ってそんなに通るものですか?」


 普通であれば、一喝する人間のひとりくらいいそうなものだ。

 外国の学生なんかが来るところじゃない、大事な行事だ、遊びじゃないんだぞ。くらいのことを言う人間はいなかったのか。

 天使のかんばせに、誰もが正常な判断力を失うわけでもあるまいし。

 清乃の疑問に、エルヴィラは虚をつかれたような顔をした。その表情は一瞬だけだったから、気のせいだったかな、と清乃は思った。


「まあそうだな、あれのことは甘やかし過ぎているかもしれない。でもね、あの子が居なくなったときには、本当に大騒動になったんだ。あまりにも遠すぎて、わたしにも見つけられなかったくらいだ。死んでしまったのかと、思いかけたときだったよ。フェリクスが視つけて、迎えに行った。あの子たちは、結び付きが強いから」

「魔女にもできないことがあるんですか?」

 清乃の疑問に、魔女が笑った。

「あるさ。わたしは万能なんかじゃない。できないことだらけだ。魔女の力が及ばないところで、あなたがユリウスを護ってくれていた。みんなキヨに感謝しているんだ」

 日本人にひと触れするだけで日本語を理解してしまった魔女は、そう言って微笑んだ。


 しばらくすると誠吾の部屋に繋がる扉が開いて、少年ふたりが女子会の邪魔をしに来た。

 なんだそれ、もっと違う寝間着があっただろう、と開口一番にユリウスが文句を言うが、サイズが合うのがこれだったんだって……と清乃が遠い目をした。

 彼は笑いながらごめん、大丈夫、可愛いよ、とフォローしたが、エルヴィラに一瞥だけで足を引っ掛けられて転んでいた。

 エルヴィラの姿に誠吾が赤くなるから、清乃は彼女にガウンの前を閉じるよう頼んだ。

 女性の部屋に勝手に入るなとエルヴィラがふたりを追い出し、四人で誠吾の部屋で健全にカードゲームをした。ワインを飲みながら参戦する女性陣に未成年がブーイングするが、気にせずふたりでグラスを傾けた。


 成年王族としての仕事があったらしいフェリクスも遅くに顔を出した。

 彼が持って来たのはウイスキーとDVDだ。日本の時代劇である。成人の祝いにもらった巨大な薔薇の花束の礼として、清乃が送ったものだ。ちゃんと観たのか。

 ユリウスもエルヴィラも観ろ。名作だ。泣くなよ、いや無理か絶対泣くぞむしろ泣け。と言ってセットしたら、全員が画面に集中してしまった。

 こんな夜中に五人も集まって何をしているのだと途中でおかしくなったが、美しい姉弟が真剣なので、鑑賞済みの三人も最後まで黙って観ていた。

 清乃はエルヴィラに勧められたワインを少しずつ飲みながらだ。フェリクスが度数の強いウイスキーを平然とした顔で飲むよりも遅いペースだった。誠吾が何か言っていたが、そこは無視した。


 観賞会が終わった頃には清乃は真っ赤になっていて、映画の感想を言い合う男性陣を置いてエルヴィラがベッドまで付き添ってくれた。

「明日は寝坊していいよ。ふたりが起きるのを待って、誠吾の部屋に朝食を運ばせる」

 アルコールと長距離移動による疲労、眠気でぼんやりした頭でエルヴィラの声を聞いた。

 彼女は母が昔してくれたように、頭を優しく撫でてくれた。

 これじゃあ本当に子どもみたいだ。でも美しいひとの手は意外なくらいに温かく、心地良かったから清乃はそのまま目を閉じた。

「……エルヴィラ様、おやすみなさい」

「おやすみ、キヨ。よく眠るといい」

 完全に眠りに入る前、額に何かが触れる感触がした。

 おやすみのキスまでされてしまった。

 不快というほどではないが、日本人とは異なる距離感に戸惑う気持ちも大きい。そんなことを考えながら、清乃は夢の中に沈んでいった。




 ちいさいわ。まだちいさいおんなのこ。

 まだはやい? もっとまつ? べつのおとなのおんなにする?

 いまからさがすの? せっかくこのこがてのとどくところにきているのに?

 だいじょうぶ。だいじょうぶ。このこでだいじょうぶ。ちゃあんとおとなのしるしもあるんだから。

 そうね。そうよね。それならいいわ。

 このこにしましょう。

 このこがいいわ。


 とおいいこくのおんなのこ。

 とおいいこくにまじょのいばしょをつくってね。

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