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戦場

 天使だと清乃が賞するユリウスによく似た美少女は、禍々しい笑顔がゾッとするほど似合っていた。

 悪い魔女だ。

 己の意のままに人々を操り、自らの欲望を叶えんとする魔女。

 何がふたりの恋を応援、だ。

 ふたりはそんなこと望んでいない。

 世間知らずの未熟な魔女の思いつき(アソビ)なんかで、彼らの人生を壊していいわけがないんだ。


「ちょっと待て。仮に、仮にだぞ、俺があんたと付き合うって言ったら、どうなるんだ。今すぐ姉ちゃんを返してくれるのか」

「何それ。失礼ね。キヨのためにわたしと付き合うって言うの? だからあなたモテないのよ」

「ほっとけ!」

 大きなお世話だ。美少女に言われると繊細なハートが抉られるからやめてくれ。

 しっかりしろ、誠吾。相手は魔女だ。美少女とか関係ねえ。

「もういいわ。じゃあね、セイ」


「【『待て‼︎」】』

 どかんっ、だかガシャーンっ、だかどおん、だか、いくつかの音と声とが重なった。


 バルコニーに面した窓から、何故かドアのない壁から、少年たちが飛び込んでくる。

【っしゃあ一番!】

 それどころじゃねえよ、特攻隊長。その二つ名は暴走族的なヤツだったのか。窓を割るとか、今時不良だってそんなことしねえよ。

【ダム引っ込んでろ】

 ロン、珍しくちゃんと仕事してるな。おまえも窓割ってたけど。

『ジェニファー様、お戻りを。陛下もお探しです』

 壁に空いた大穴から出てきたルカスが魔女に手を差し伸べ、何かを言っている。

『嫌よ。わたし、セイとお付き合いすることにしたの。セイ、あなたの彼女を助けてよ』

 ジェニファーが誠吾の背後を取る。

『えっ』


 少年たちの反応をよそに、誠吾は素早く動いた。

 下手な考え休むに似たり、兵は拙速を貴ぶ、だ。

 ここぞというときには、姉の言うことに逆らわない。それが誠吾の人生における重要な決め事だ。


 ジェニファーは敵の黒幕(トップ)。敵の頭は速やかに潰せ。

 それが清乃の命令(おしえ)だ。


 右足を軸に振り返り、ジェニファーの腕を捕らえ捻ってバックを取り返す。

 細い手首。

 だからなんだ。誠吾は騎士(フェミニスト)なんかじゃない。

 相手が女だろうと対戦相手(てき)なら攻撃するし、手首を捻り上げて拘束するくらいのことで、良心は痛まない。


「ひどいわ、セイ。知ってる、こういうのデートDVって言うのよ」

「デートなんかしたことねえしDVとかどの口が言うんだ、意味分かんねえから神妙にお縄を頂戴しろ」

「まあいいわ。このまま行きましょうか。みんなも一緒に行く?」




 空気が変わった。

 情景が変わった。

 誠吾が踏みしめていた床が、大地に変わった。

 視界いっぱいに飛び込んでくる、


 地獄絵図。


 串刺しにされた無数の人間。

 数え切れないほどの人間が、地面から生えた棒状の何かに身体を貫かれその一点だけで支えられた状態であちこちに浮いている。

 ここはなんだ。地獄か。

 ……違う。


 戦場だ。 


 怒号が飛び交う戦場。

 銃火器が発達していない時代の、人間と人間が直にぶつかり合い殺し合う場だ。

 木々が生い茂る森。

 木々の合間に木のように真っ直ぐに立ち、先端に人間を掲げている棒状のもの。

 おびただしい数の人間が、趣味の悪いオブジェを避けながら叫び腕を、手にした武器を振り上げる。

 馬に乗った男たちが、長い槍を自在に操る。

 血飛沫。人間だったモノのカケラが飛ぶ。

 甲高い笑い声。不快な、耳に突き刺さる愉しげな歌声。


 いつの間にか、両腕を拘束していたはずのジェニファーの姿が見えなくなっている。

 いつの間に。

 誠吾が頭を真っ白にしている間にか。

 その間に敵は逃げ、誠吾は味方の少年たちの背に囲まれていた。


 誠吾と同じ十代の少年七人が、部屋の窓と壁を壊して飛び込んできたときから携えていた警棒を構えている。

「…………えっ」

 ルカス、おまえ今何をした。

 警棒で人間を打ち据え、血に染まった剣を取り上げたまでは分かる。

 その剣で今、人を斬らなかったか。ひとを、ころした?

 まただ。また。また。まだ?


【セイ!】

 ノアの声が誠吾の耳をつんざく。

「ひゅっ……」

 息を吸った。吸えた。次。次は吐く。吸う、息、吸わなきゃ。


【こいつらは人間じゃない! ただの魔女の記憶だ!】

 人間じゃない? 記憶?

 何言ってんだ。これのどこが人間じゃないと言うんだ。

 血が出てる。切ったら血が噴き出るってことは、生きてるってことだ!


【セイは自分の身を守ることだけ考えてろ!】

【ちゃんと呼吸ができるようになるまで、目えつむっとけ! それくらいの時間は俺たちが稼いでやる!】

【セイしゃがめ! しゃがんで目をつむって耳を塞ぐんだ!】

 ルカスと同じように人間を斬りながら、少年たちが口々に叫ぶ。


 目をつむれ? 耳をふさげ? こんなところで!

 その瞬間、命を奪られかねないこんな場所で。

 呼吸がどんどん浅くなっていく。駄目だ。

 だめだだめだだめだ。

 突然、脈絡なく誠吾を取り囲んだ恐怖に身が竦む。足が震える。

 少年たちがまだ何か叫んでいるが、母国語でないその言葉は、誠吾の耳を素通りしていった。



        こで ……   さい !

 近くの言葉の意味を捉えられない誠吾の耳に、遠くから聞き慣れた言語が届いた気がした。



 意味もなくただ開いているだけの誠吾の目の前に、赤い色が飛び込んできた。

 彼の視界いっぱいに広がったその色は、小学生の女の子が背負うランドセルの色に似ていた。


 ……ああ、そうだ。


 あの日も誠吾は、こうやって清乃の赤いランドセルを見ているだけだった。

 自分よりも大きく圧倒的な力をもつ存在に怯え、ただ震えていた。

 誠の武士にと願いを込められた名を持つ誠吾は、小さな姉ひとりに敵と戦わせたのだ。


 誠吾は震えながら、身体中の息を全部吐き切った。

 吐いたら一気に吸い込む。丹田に呼気を落とし込む。また細く長く吐き出す。


 本当は見た目どおり小さくて弱い女の子だった清乃。

 あの日以降、彼女が虐めっ子の姿を見るたびに怯えていたのを、誠吾は知っている。

(姉ちゃんだって本当は怖かったんだ)

 だけど理不尽を許せなかったから、ひとりでも立ち上がり、闘った。


 息を全部吐き切ったら、一気に吸い込む、落とし込む、細く長く吐き出す。


 怖いから、相手が強いからと、そんなくだらない理由で自分以外の人間に闘わせる選択を再びしてしまったら、誠吾はもう武士(強い大人)になんてなれない。

 そんなことをしたら、小四女子にも劣っているということになってしまう。

 今の誠吾は、当時の姉よりも大きく強い。

 おまえはそこで泣いてろなんて、もう誰にも言わせたら駄目だ。



 誠吾は動きが鈍くなっていたアレクの腕を掴み、少年たちの後ろに引き摺り込んだ。

【アレク、それ貸せ】

 彼らを囲んでいるのは、ほとんどが武器ではなく農具を持った男たちだ。訓練を受けた少年たちに次々と倒されていく。

 その幾つかの死体が煙のように消えていくのを、誠吾は自分の眼で確認した。

 あれは人間じゃない。

 見通すことのできない森の奥から現れ、倒されたら消えてしまう、ヒトのカタチをしたナニか。

 まさか森の奥で復活して戦線復帰してやしないだろうな。キリがねえ。


 ここは現実の世界じゃない。

 それなのに、このヒトのカタチをしたナニかに攻撃された少年たちは、傷ついている。

 フェアじゃないな。

 全くもって、公平じゃない。試合ってのは公平な条件でするものだ。

 こんなの正しくない。

 つまりこれは試合ではない。(ケンカ)だ。

 勝てば官軍、兵は詭道なり、の世界だ。

 戦を始めるには、まず勝てる条件を揃えてやらなきゃいけない。

(そうだったよな、姉ちゃん)


 額をかすめた斬撃による出血に視界を奪われ利き腕を傷めたアレクは、膝を突いて誠吾を見上げた。

 腕の立つ彼は、隣に立つ友のフォローも自分の仕事として動き危険に身を晒していた。

 誠吾はそれを、今の今まで何もせずに見ていた。

【もう正気に返ったか】

【姉ちゃんの声が聞こえた。走ってくる。俺両刃は使える気しないから、その警棒使わないならくれよ】

【分かった。行け】

 大丈夫か、などとお互いに言っている場合ではない。

 要件だけの遣り取りで動く。


【ユリウスたちも多分一緒だ。早く合流できるよう、おまえらも少しずつ移動しとけ。あっちのオブジェが密集してる方向だ】

 人数は多いほうがいい。固まっていなかったら、すぐに死ぬ。

 冷静な眼で周囲を見ることができたなら、素人でもそのくらい分かる。

 少年たちに強すぎて相手にならないと言われるフェリクス。アレクと同程度に腕が立ち、更に強力なPKを持つユリウス。

 彼らと合流すれば、全員の生存率(勝率)が上がる。

【ああ、間違いない。俺も今フェリクス様の声を聞いた。頼むぞセイ】

「おう」

※誠吾はフェミニストの意味を間違って覚えています。平成当時、こういう使い方する人多かったなあと思い出して使わせてみました。

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