黒幕
「姉はもう大人ですから」
「そう。そうですね。ユリウスも言っていました。キヨは強い大人の女性だと」
ユリウスの奴、妹にまで惚気ているのか。オープン過ぎやしないか。
「あの。俺もう」
「ねえセイ。アリシアの話はご存知?」
他人の話を遮って、今その話題を出すのか。
「……ユリウスの、婚約者」
本人の口から聞いている。
彼女の存在があるから、清乃との関係を進めることは諦めている。ただ一緒にいたいだけだ。それだけだから赦してくれ。
あの誠実な男がそう言っていたのだ。
十七で婚約者とか意味分かんねえけど別にいいんじゃねえか、と誠吾は返した。
清乃とユリウスが結婚まで考えることはないだろうし、その婚約者とは名ばかりの関係で心を交わしているわけでも身体の関係があるわけでもない。
大人が勝手に決めた将来の結婚相手がいるから、それがどうした、と思ったのだ。
「そう。彼女ね、わたしのお友達なの」
「そう、なんですか」
「可愛くて優しい、素敵な子なのよ。わたし、アリシアには幸せになって欲しくって」
駄目だ。嫌な予感がする。逃げよう。逃げるんだ。
続き扉を開ければいい。……開けてもいいのか?
「そうですか」
扉の向こうには、女性の部屋に勝手に入るわけには、と律儀に待っている気のいい少年たちがいる。
「彼女にはね、好きなひとがいるの。ユリウスとは違う男の人。こっそり隠れて付き合っているのよ。可哀想でしょ。十六歳の女の子が」
彼らを巻き込んでも、いいのだろうか。
「あいにくモテたことがないんで、そういう話は分かりません」
「あら、そうなの? もったいない。素敵なのに」
うわー。美少女からの口だけの褒め言葉嬉しくねー。
「そりゃどうも。恐縮です」
「それでね、わたし考えたの。アリシアには好きなひとがいて、ユリウスにも好きな女性がいる。わたしもキヨは好きよ。可愛らしいし、強くて素敵なひとだもの。きっと仲良くなれると思うの」
「それは無理じゃないかと。育ちが悪いんで、気が合わないと思いますよ」
昔から清乃は、男にはモテないくせに妙に女受けがいいのだ。こんな異国でまでやめてくれ。女モテの極意を弟に伝授してくれよ。
「そんなことない。父も母もキヨを褒めていたわ」
「へー」
「ね。だから、ユリウスとキヨが結ばれることに、障害はないのよ。ふたりが結ばれたら、みんなが幸せになるわ。アリシアも、ユリウスも」
「俺の姉は、そんな幸せ求めてない」
もう無理だ。巻き込ませてくれ。みんな。
誠吾は続き扉の把手に手を掛けた。
「なぜ?」
開かない。鍵はかかっていないのに。
扉はびくともしなかった。
ちくしょう。
「なぜ、じゃねえよ。十五にもなってそんなことも分かんねえのかよ」
言葉を取り繕うのも馬鹿馬鹿しくなって、誠吾は吐き捨てた。
流暢に日本語を操るこの女は誰だ。本物の王女なのか? 偽者か?
ニセモノだと言われたほうがまだマシだ。だけどこいつはきっと、ジェニファー本人だ。
「分からないわ。わたしね、学校に通えるようになったの、最近のことなの。学校では、みんな恋の話ばかりしているわ。ユリウスは素敵だって、ユリウスみたいな王子様と恋人になれたら最高だって、みんな言っているわよ?」
それは言うだろうよ。
誠吾も女だったら絶対言っている。
「みんなって誰だよ。頭わりい言い方だな。そのアリシアって子は、ユリウスじゃない奴を選んだんだろ。その時点でみんなじゃねえじゃん」
後ろ手で把手をガチャガチャやるのは、早々にやめた。
扉の部屋にいる少年たちに気づいてもらえればそれでいいのだ。気づいてくれただろうな、頼むぞドラゴン。
「みんなはみんなよ。アリシアは例外。彼女は運命の恋人に出逢ったんですって。キヨにはいないんでしょう? 運命の恋人。まだ出逢っていないと思っているだけで、それはきっとユリウスなのよ。ユリウスはキヨのことが好きよ。キヨだって同じ気持ちだから、こんな遠い国まで来たんでしょう?」
美少女が誠吾の目の前で微笑んでいる。
健全な男子高生として正常な反応、つまり条件反射でポーッと見惚れたい。
だができない。笑顔が可愛くない美人なんか初めて見た。
「あんた少女漫画ばっか読んで育ったクチだろ。人体の急所大全でも読んでたほうがよっぽど建設的だぞ。恋愛脳は結構だが、他人にまで強要するな」
物騒な本棚を作り上げる清乃と、蔵書を半分ずつ交換すればいいんだ。
彼女たちを足して二で割ればちょうどよくなる。
「他人じゃないわ。兄と、お友達。ふたりが幸せになるお手伝いをするの。素敵でしょ?」
「……あー……あれだ。あんた、もっと自分の幸せに眼を向けるべきだ。そのカオで恋愛脳なら、カレシのひとりやふたりすぐできんだろ。そいつと自分の幸せだけ考えてろよ」
ジェニファーの微笑がキョトン顔に変わった。
(ぐっ……これはちょっと可愛い。美形つええ)
「わたしの?」
「そうそう。つくれよ、カレシ。他人の色恋なんかどーでもよくなるから」
少なくとも誠吾はそうだった。
中三のときにできた初カノジョに振られるまでの一週間は、自分とカノジョしかいない世界に住んでいた。姉には絶対知られたくない黒歴史だ。
「じゃあセイがカレシになってくれる?」
「ごめんなさい! 俺好きな子いるんで!」
頭に超の付く美少女相手に、人生初のごめんなさいをしてしまった。
嘘はついていない。好きな女子は常に何人かいる。
隣の席になった子のことは大抵好きになるし、学校で人気な女子のことはもちろん好きだ。
誠吾の「好き」はお手軽だが、それでも目の前のこの少女は無理だ。
「残念。じゃあやっぱり、わたしはユリウスとキヨの恋を応援するわ。今から進展具合を見に行こうと思うんだけど、あなたも一緒に行く?」
(……くそっ)
分かっていた。分かってはいたが、こうはっきりと事実を突きつけられると怯んでしまう。
今回の騒動の黒幕はジェニファーなのだ。
誠吾あんた、そっちで迷惑かけてるんだって? お姉ちゃんが困ってたよ。ユリウスさんの妹ってことは王女様でしょう。高校生の息子にこんなこと言いたくないけどね、アホな夢なんか見てないで諦めなさい。身分違いって言葉、分かるでしょ。いーい? もうお姫様に近づいちゃ駄目よ。
なんの話だ。心当たりがない。なんで実の親にこんなこと言われてんだ俺、と誠吾は携帯電話を握りしめて混乱した。
お姉ちゃんが困ってた。
誠吾より先に、逃亡中の清乃が実家に電話していたということか。母に電話しろ、と誠吾宛てにメモを残したくせに。
つまりこれは彼女から弟への伝言ということだ。
ユリウスの妹に気をつけろ。
ジェニファーの動向に気を配り、あわよくば倒しとけという姉からの命令だ。
気づいた誠吾は、第二王女の姿をそれとなく探していたのだが、今まで見つけられなかったのだ。
王女の居場所を理由なく聞き出すなんて芸当もできず、悩んでいたところに向こうから姿を現した。
千載一遇のチャンスが、なんて小四の清乃のようには思えない。
無理だろ。
だって。
こいつ絶対魔女だろ。




