待機組
ユリウスが異界へと旅立った。
誠吾にすることはなくなった。とするのは早計だろう。
清乃が母に託した伝言がある。誠吾はそれを受け取った。
飛行機が飛ばない。帰れない。
それだけ伝えて早々に電話を切ろうとした誠吾に、母が言ってきたのだ。
これはあれだ。おまえなんとかしとけよ、という姉からの指令だ。
(チビ同盟頭脳派ロンに相談)
できない。
(カタリナに相談)
したら駄目かな。
(国王に押し付け)
方が分からない。
「うおおおお」
頭を抱える誠吾に、ルカスが胡乱な眼を向ける。
【どうしたセイ。キヨなら多分大丈夫だ。今日にはエルヴィラ様が動けると言ってる】
それが問題なのだ。
もうすぐ清乃が帰ってくる。誠吾が何もしていないと知ったら、奴は怒り狂う。
怖……くはないが、面倒臭い。何をされるか分からない。やっぱり怖い。
【魔女も怖いけど姉ちゃんも怖い。どっちがより怖いか一緒に考えてくれ】
【何言ってるんだ。キヨも魔女なんだろう。日本の魔女は可愛くていいな】
【おまえが何言ってんだ】
ふたりの会話に興味を持った少年たちの視線が集まる。
相変わらず全員が誠吾の部屋に集まってダラダラしているのだ。
食事は全員分が用意されているが、誠吾の分もまとめて大皿にどん、どん! な扱いになった。
気楽でいいけど。気を抜いたら食いっぱぐれるという緊張感ある食事タイムになってしまった。
【試合の話? あれって結局なんだったんだ?】
【え? ルカスが空気読んだだけだろ】
わざと負けたのだろうというのが大多数の見解だ。
大将戦後には、倒れ方が大袈裟過ぎ、演技下手か、と笑っていた奴もいた。
【奴を甘く見るな。一般人は知らない珍しい急所でも突かれたんだろ、ルカス】
【珍しい急所ってどこだよ】
【知らね。姉ちゃんに訊け】
その場の視線を集めて、ルカスは少し迷った顔になった。
【……キヨが言ったのは、外部に漏らすな、だったな。この面子なら言ってもいいか】
ルカスの話を聴いた全員が戸惑った。
清乃もESP保持者だった?
どう考えればいいのか分からない。みんなそう思っている。
ユリウスからそんな話は聞いていない。まさか。彼女はアッシュデールの魔女の血統とは別の、日本の魔女なのか。
誠吾を除く全員がそんなことを考えていた。
当人の弟である誠吾が一番に真相に近い答えを出した。
【みんなすまん。多分それ、姉ちゃんが考えた超能力者対策のひとつ】
【そんな馬鹿な】
【馬鹿なんだよ。小学生の喧嘩のために孫子を熟読するような奴なんだ。「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」だし、「始めは処女の如く、後には脱兎の如し」とするのが奴の喧嘩の常道だ】
姉の教えをうっかり人前で口にして、その場にいた女子に変態呼ばわりされた過去がある。
小学生の弟に単語の意味までちゃんと教えておいて欲しかった。チビだから弱いと思わせとけばいいんだよ、だけで済ませやがって。
強敵となり得る超能力者の弱点を探るため、清乃は彼らを観察し、ひとり作戦を練っていた。
PK封じには視界を塞げ、と誠吾に指示したのもそのひとつだ。
【……なんか変なひとだな】
オスカーがその場の全員の気持ちを代弁した。
【最初っから言ってるだろ。変なんだよ】
【でもかっこいい。ユリウスが惹かれるのも分かる気がする】
【小さくて可愛い、強い、かっこいい、ちょっと変で面白い。確かにユリウスのタイプど真ん中だ】
王子様の趣味。そんなのでいいのか。
【そうそう。あいつ正統派美形は鏡で見飽きてるから、ザ美人とはちょっと違う小動物系が好きなんだよな】
【……納得】
でもナマケモノとか言ってなかったか? ナマケモノって小動物か?
【庇護欲をそそられる女の子を守りたいけど、甘えさせてももらいたい】
めっちゃ分析されてるぞ、王子様。
微妙な顔になる誠吾を笑って、ロンが退屈凌ぎを提案した。
【キヨはここでは何を読んでたんだ。セイ、隣に行って持ってきてくれよ】
勝手に女性の部屋に立ち入るわけには、と頑なな少年たちの依頼を受けて、誠吾は立ち上がった。
【ああ、ここで借りたやつな。ちょっと待ってろ】
誠吾が無断で続き扉を開けても、当たり前だがなんの文句も飛んでこなかった。
扉を閉めて中に入っても、姉が滞在していた痕跡は見つからない。整然とした室内に広がる静寂。
散らかし魔の清乃。片付けが苦手なだらしない姉。
そんな彼女が他人の家だからと常に気を張って、個室内でも外面用のきちんとした大人を演じていたのだ。
ロンが言っていた本は机の上にある。
こんな外国に来てまで本にかじりついていた変な姉の姿を思い出す。
今頃彼女はどうしているのだろうか。
誠吾は引き寄せられたように歩き、ベッドに倒れ込んだ。
(今日はこっちで寝るか)
いくら広い客室とはいえ、男八人も入ったら窮屈だ。誰かがもう解散しようぜと言い出すのを待っていたのだが、誰も言ってくれない。そろそろ息が詰まりそうだ。
部活の合宿じゃないのだ。勘弁して欲しい。
「……ねーちゃーん」
ちょっと歳が足りないかもしれないが、外国のセレブな男が七人も、彼女の帰りを待っている。
早く帰って来いよ。他人の迎えがないと帰れないとか、ガキじゃねえんだから。いい大人が変なところに誘拐されてんじゃねえよ。
イケメン外国人に攫われて絵になるようなツラじゃないだろ。身の程を知れ。絶世の美少年に懐かれたからって調子に乗ってんなよ。
「童顔チビババアのくせに」
「まあひどい」
「!」
誰もいないはずの室内から、第三者の声がした。
誠吾は反射的に身を起こし身構えた。
「……王女殿下」
華奢な少女の姿に、誠吾はその称号を小さく口にした。
「ジェニファーとお呼びくださいな」
気軽に言ってくれる。こちとらモテない男子高生だ。美少女の名前なんか、気軽に呼び捨てられるわけがない。
「ジェニファー様」
誠吾が出した妥協案に、ジェニファーが微笑した。
「勝手にキヨの部屋に入ってごめんなさい。セイはどうしているかしらと思って」
「心配されることはありません。俺は待ってるだけだから」
なんだこの女。
王女のくせに、密室で男とふたりきりになるなと教育されていないのか。
「でも。待っているのもお辛いでしょう。キヨが心配ですね」
この状況はまずいと思っているのは誠吾のほうだ。こういう場面で、圧倒的に弱いのは男のほうなのだ。
誠吾にはありがたいことにそういった経験はまだないが、友人から聞いたことはある。
女友達の家に遊びに行った。家族は留守にしていた。喧嘩になって、彼女が泣き出したところに家族が帰ってきた。
俺は何もしていない、潔白だ! 主張むなしく、彼女の父親にフルボッコにされたのだと泣いていた。
相手が悪かったのもある。が、おまえらも気をつけろよ。密室でふたりきりになるな、ってのは男を守るための言葉だ。
と言った友人の言葉には重みがあった。
女の子に関係を強要するのはもちろん重犯罪なのだろうが、冤罪を創り上げることも犯罪扱いにして欲しい。
冤罪被害を未然に防ぐためにも、ここは逃げよう。
そもそも、彼女は誠吾ごときが敵う相手ではないのだ。




