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歓喜

 清乃は目を逸らすことなく、ふたりの騎士と魔女たちの戦いを見続けた。

 魔女は自らの死に様を見せつけている。その理由は、知って欲しいから?

 ならば現状を打破する方法とは、彼女たちへの理解と共感か。

 どうやって。

 自分と同じ死の淵へ引き摺り込まんとする亡霊を、どう理解すればいい。

 文字通り、かかる火の粉を払わないことには命が危うい状況なのに。


 己をじっと見つめる視線に気づいたのか、魔女のひとりが清乃を見た。

「!」

 眼が合った。

 こっちへくる!


「キヨ!」

 ユリウスが、炎を纏った魔女を見えない力で吹き飛ばす。

 フェリクスが無防備になったユリウスの背に向かう魔女の胴体を斬り払う。

 血と汗にまみれた男ふたりが、清乃の傍に到着した。


 地獄絵図だ。

 全員苦しんでいる。

 なんでだよ。苦しまなきゃいけない理由、無くないか?


「わたしたちはくるしんだ」

「くるしめられてころされた」

「たしかにわたしはまじょだった。みらいをミた」

「わたしはまじょじゃない。なにもしていない。ただいきていただけ」

「あるひとつぜん」

「あいつらが」

「あいつらにわたしたちは」



 木々の向こうから、群衆の声が聞こえる。

 数え切れないほどの、ヒトのカタチをしたモノが押し寄せてくる。

 これは幻か。

 魔女の夢の中の幻。それは確かな質量を持って存在し、生きている三人の脅威になり得る武器を持っていた。

 何人いるか、なんて数えようとも思えない。群衆(たくさん)、だ。

 魔女の存在を畏れ、怖がり排除しようとした愚かな人間。

 多数派の教えに流され、思考を奪われ、もしくは教えの残虐さに興奮し昏い悦びに浸った人間。

 群衆が害意と武器とを携えて、三人に迫ってくる。

 

 これは現代の(リアルな)話ではない。

 昔噺。

 清乃にとっては、ただのフィクションだ。


【逃げる、戦う、謝る、逃げる、どれにする】

 最年長のフェリクスが選択肢を提示した。

【一番】

 ユリウスが即答する。

 清乃もそれに賛成したい。

「じゃああたしは四番。でもどうやって?」


 後方からも地響きが聞こえる。何かが近づいてきている。

 前門の魔女狩り、後門の何か。多分怖いモノ。


「……あの音は馬か? 騎馬隊、騎士か」

「それって味方?」

【期待するな。馬に乗った騎士に勝てるわけがない。群衆(しろうと)相手のほうがまだマシだ。左前に向かって走れ。ユリウスは力を無駄撃ちするなよ。キヨは死ぬ気で走れ。死んでも自力で走れ。ギリギリまで走って、最後はユリウスのPK頼りだ】

 包囲されたら終わりだ。

 いくらユリウスとフェリクスが訓練を受けた人間だろうと、体力が無限にあるわけではない。

「分かってるよ」

 そこまで言わなくても、倍もスピードが違うわけでもないだろうに。

【俺は百メートル十一秒切るぞ】

 ほぼ倍だった。くそう。言い返せない。

「オリンピックでも目指してろ!」


 清乃はユリウスの後ろを走れと言われ、その通り走った。

 鋤や鍬といった農具を武器として持つ群衆が近づいてくる。

 彼らは本気で魔女を恐れ排除しようとした者たちなのだろうか。

 群衆の中には、聖職者のような衣装を着た者もいた。煽動者か。

 これ以上は騎士から離れる方向に進めそうにない。群衆に近づき過ぎだ。

 左向きに角度を変えて走る。少しでも遠くへ。

 三人の右から群衆、左からは騎馬隊が迫ってくる。

 両陣営の真ん中に位置してしまっている。両者が正面衝突する前に包囲を抜けられなければ、多分三人とも死ぬ。



『我が領土を騒がすはおまえらか!』

 走る三人の左後方、騎馬集団の先頭から大音声が響き渡った。

 すごい声だ。この騒ぎのなか、こんなところまで声が届くなんて。

 群衆に廻りこまれ、先に進めなくなったユリウスが立ち止まった。右手に長剣を構え、取り囲むヒトを威嚇する。

 清乃を間に挟んでフェリクスも同じようにし、肩で息をしている。


 清乃の恐怖心は、とっくに麻痺している。

 これはフィクションの世界だと自分に言い聞かせ、戦場と化した場のど真ん中に立ち尽くし、三百六十度広がるスクリーンを見回す。


 騎士が群衆の一部を囚えた。

 歩兵に捕縛を命じ、次々と武器を取り上げ倒して行く。

 群衆に捕らわれた女性を保護し、背中に庇う。


 騎士は魔女の味方。魔女を救うためにやって来た。


 群衆は魔女を捕らえ、責め苛むために彼女たちを追って来る。

 彼らは清乃たち三人を指差し、あいつらも魔女だと狙いを定める。


「こうやってあいつらはわたしを」

「たすけて」

「あいつらをやっつけて」

「あのおやこにしたように」

「わたしたちも」


 空からやって来る魔女は、地上の混乱を愉しげに見ている。

 仲間の魔女が、魔女狩りに捕まっているのに。今まさにこの場で拷問にかけられようとしているのに。

(なんとかしてやれよ)


 このくらい自分たちで対処しろよ、と清乃は言いたい。

 昔、嫌な教師が言っていたことだ。今思えば、彼は教育者として正しかったのかもしれない。

 他人を巻き込むな。自分たちで解決することを覚えろ。

 助け合えばいいじゃないか。おまえたちは同じ魔女なんだろう。

 まずは自分で闘え。独りで闘えないときにはちゃんと声を挙げろ(助けを求めろ)。余力がある奴は仲間を助けてやれ。

 身近にそうやって、正しく生きる様を見せてくれる大人はいなかったのか。

 ……いなかったのか。

 生きた時代が違うのだ。彼女たちは、清乃とは考え方が違う。


 闘えなかった、闘おうとしても多数派に敵わなかった少数派を責めるべきじゃない。

 でも。

 ここは魔女の夢の中。

 魔女の魔女による魔女のための世界。

 もっと自由に振る舞えばいいじゃないか。

 死んでまで苦しむ必要なんてない、救われよう、楽しく暮らそうと、誰かひとりくらい言い出すべきだ。



 騎馬隊の先頭で馬を操り槍を振るう赤毛の騎士。

 あれはアッシュデールに伝わる伝説の紅い竜か。

 高潔の騎士であれば、理不尽に虐げられる女性をああやって救けたはずだ。

 彼の子孫であるユリウスとフェリクスだって、本来であれば彼のように生きるべきなのだ。

 清乃を護るため、これ以上彼らに女性を傷つけさせてはいけない。


 彼らは竜の子だ。


 清乃は彼らの事情を何も分かっていない。

 違う言語で、違う意味を持って伝わる言葉を、全部同じ日本語にしてしまう。


【キヨ! おまえ今また悪いこと考えてるだろ!】

「なんで分かるの、気持ち悪い!」

【おまえが無理矢理ミチを繋げたからだろ。今もおまえの頭の中が俺の中に侵入しようとしてきてるんだ!】

 怖いな。それ。

「あんたと以心伝心とか気持ち悪い」

【こっちの台詞だ! もういい、届いた。やってみる。こっちに頭寄越せ】


 清乃は腹を括って、フェリクスの左腕に飛び込んだ。彼女を左腕一本で抱き込んだまま、彼は休むことなく右腕を振った。

【……ユリウス! 二秒分でいい、余力を残しつつ周りを吹き飛ばして、こっちに来い!】

 ユリウスは従兄の言葉に瞬時に反応した。

 彼を中心に百八十度、半円を描くようにヒトのカタチをしたモノたちが吹き飛んだ。背の高いフェリクスの右腕の下に潜り込みながら、もう半円分。


【よしユリウス、今から頭に届く映像()を使え】

 目を見開き不可視の力を振るうユリウスの耳に、フェリクスが囁く。


「ユリウス、これはあたしの手柄だからね。勘違いしないでよ」

 フェリクスを押し退け背伸びして、ユリウスの肩に掴まって清乃も囁く。


 一番背の高いフェリクスが、両手でふたりを抱え込む。

 彼の左手は清乃の頭の後ろを回って額へ、右手は同じようにユリウスの額を掴んで。


 清乃が頭の中で描いた出来事を

 フェリクスが中継して

 ユリウスの脳裏に焼き付けることで、


 それは物理現象として目の前に広がる光景となる。


 清乃は天に向かって吼えた。

「愚かな魔女ども! 手本を見せてやる! しっかり目え開けときなさいよ!」



 地響きを立てて、地面から土の槍が生える。

 天に向けて聳え立つ無数の槍の一本一本の先端には、無数のヒトが突き刺さっていた。

 その醜悪なオブジェは、ユリウスが視線を向けた順に、次から次へと増えていく。


 歓声。

 魔女による歓喜の声。

 甲高いその声は、ひどく不快なものとして清乃の耳に突き刺さった。

 ガラスを引っ掻いたような笑い声。

 それはいくつも重なって、歌に似て聞こえた。

 魔女による歓喜の歌だ。


 不快な歌声をBGMに土の槍は生え続け、ヒトのカタチをしたモノを串刺しにし続けた。


 清乃はそれを、最初の一本から最後の一本まで、取り零すことなく見続けた。

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