血祭
「ねえ、マリママ。年頃の男の子がいるからさ、先に服着ませんか」
母娘ふたりで感動的な場面を演じようとしたのかもしれないが、清乃はあえて空気を読まないことにした。
ユリウスがようやく感情を見せた。清乃の言葉に反応して嫌そうにそっぽを向く。その頬には返り血。
『あら』
水を差された母親は悲愴な顔をパッと笑みに変え、落ちていたワンピースを拾って着込んだ。
『お母さん、キヨだよ。キヨが助けてくれたの。キヨがあいつらのことぶっ殺しちゃったんだよ』
『違う。マリ、オレだ。奴らを殺したのはオレだ。間違えるな。キヨは何もしていない』
「なんて言ってるの? 日本語使えるんでしょ。除け者にしないでよ」
ひどい場面だ。粗末な小さい小屋の中、転がる三つの死体。
美貌の王子様は返り血に染まって、清乃だって似たようなものだ。
マリ母娘は、自分の血と男たちの血の両方で全身が赤い。
「いやあね。キヨでしょ。ちゃあんと見てたわよ。キヨがそいつの頸に」
『やめろ! 今度はオレがおまえを殺すぞ』
「それもいいわね。たまには汚い男なんかより、可愛い坊やに殺されるのも悪くないわ」
ユリウスが清乃に聞かせまいとしても、マリ母の答えだけで、彼が何を言っているのか分かってしまった。
「行こうか。ユリウス。巻き込んじゃってごめんね」
清乃の声が冷静なのが気に喰わないのか、ユリウスがぎろりと睨んできた。
美形の怒り顔は迫力がある。
肝を冷やした清乃は、つい、と彼から視線を逸らした。
「キヨが助けてくれた。ありがとうキヨ。キヨ大好き」
「あたしはあんたなんか嫌いだよ。せっかく洗ってあげたのに、またそんな汚くして。洗い方は教えたでしょ。今日からちゃんと綺麗にするんだよ」
「またキヨに洗って欲しい」
「絶対イヤ。血は風呂の残り湯で洗っちゃ駄目よ。冷たくても水で洗いなさいね。お母さんならそのくらい知ってるでしょ。てかもう汚さないこと。ここはあんたたちの夢の中なんでしょ。あんな奴ら、自分で追い払いなさいよ。魔女なら魔女らしく、気に入らない奴は血祭りにあげちゃえばいいじゃない」
清乃が本心からそう言うと、マリ母はあっけらかんと笑ってこう言った。
「駄目なの。わたしが拷問に最後まで耐えられなかったから、マリまであいつらに。耐えなきゃ。我慢しなきゃ」
なんだそれは。
そのために彼女は、夜毎汚い男たちに好き勝手させているというのか。
「そうそう。でもたまにはあたしが代わってあげなきゃいけないの。お母さん壊れちゃうから」
「はああ? 馬っ鹿じゃないの? デカい男が三人も女だけの家に来たら、それだけで怖かったとか言ってぶん殴っても女の言い分が通るんだから。次来たら自分でやれ。そしたら万事解決でしょ。母娘力を合わせてやっちまえ」
「……キヨ」
「キヨが助けてよ。毎日キヨがあいつらやっつけちゃって」
ユリウスが右手に抜き身の短剣を持ったまま、左手で清乃の肘を取ると小屋の外に出た。
「……歩け。ここから離れる」
彼の声に緊迫感が混ざる。
「どこ行くのー? 待ってよキヨ」
『マリ! おまえはちゃんと服と体を洗ってろ!』
ユリウスが怒鳴ると、マリは素直にはーいと言って家に戻った。
「ユリウス。ごめん。あんなことさせてごめんなさい。全部あたしが悪いから。あたしがやったんだよ。ユリウスは」
「オレがここであいつらを斬ったのは初めてじゃない。キヨに気遣われる理由はない」
ユリウスが怒っている。
「……はい」
とりあえず大人しくしておこうと、言葉少に返事をした。
「魔女に懐かれるな。執着されたら駄目だ」
「されたらどうなるの?」
「知るか! 魔女相手に殺人教唆なんて、後にも先にもキミだけだろうからな!」
やっぱり怒っていた。
「物騒な言い方やめてよ。自分の創ったモノを自分で壊せって言っただけでしょ」
「ここで屁理屈を捏ねても意味ないって分かるな?」
「……ハイ」
清乃は反省していることを態度で示すために、ユリウスの言うことに逆らわず腕を引かれるまま、長い脚でする早歩きに必死でついて行った。
足をもつらせそうな彼女に気づくと、ユリウスはようやく肘を掴むのをやめて、代わりに手を掴んで早歩きを続行した。
手を繋ぎたいわけではない。彼はそんな甘いことを考えているわけではなく、清乃を捕まえていないとまたどこかに跳ばされると思っているのだ。
「……さっき、キヨの手を掴めてよかった。次からもちゃんと、オレに向けて手を伸ばしてくれ」
頼られたいと、言われたばかりだ。
清乃はちゃんと期待に応えられたのか。悪いタイミングで、最悪の形で頼ってしまったが。ユリウスはそれを喜ぶのか。
「ユリウスの反射神経に感謝します」
「本当だよ。キヨひとりがあそこに跳ばされていたらと思うとゾッとする」
そのほうがよかったかもしれない。ユリウスの綺麗な顔に、例え幻のようなモノとはいえ、汚い血を浴びせてしまった。
通りすがりの、清乃を害そうとする魔女の仲間なんかを追った結果、それよりももっと大切なひとを穢してしまった。
「川に行こう。洗わなきゃ」
「そうだな。ひどい顔だ。このままセイに返したら怒られてしまう」
「誠吾はそんなこと気にしない。あたしよりユリウスの顔だよ。手も。せっかく綺麗なんだから、ちゃんと洗おう」
「なんか腹が立ってきた。川に放り込んで全身水洗いしてやろうか」
何故。
「やだよ。小屋に戻ろ。フェリクスが探してるかもよ」
ユリウスはしかめっ面のまま清乃の手を引き、彼には珍しく小柄な女の歩幅を気にせずスタスタ歩いた。
清乃は小走りになったらカッコ悪いなという微妙な大人の意地を守るため、当たり前の顔を崩さず精一杯の大股でついて行く。
「……フェリクス、遅いな。もう異変に気づいて捜しに来てもおかしくないんだが」
「まだ見廻りしてて気づいてないんじゃない?」
「それはない。なんのための見廻りだと思ってる。フェリクスは護衛対象が消えたことに気づかない奴じゃないぞ」
ユリウスのフェリクスに対する評価は高い。あのチャラ男が、と清乃が言ってもその信頼感は揺らがないのだ。
「ふうん。……つまり、フェリクスも今ヤバい状況なのかも、って話?」
「その可能性がある。キヨを連れて行きたくないが、ひとりにしておくほうが怖い。オレから離れずついて来るって約束して」
「走られたら無理だけど」
「気持ちの話をしてるんだ」
「それなんか意味あるの」
必死で脚を動かしながらだったため、深く考えずに言い返してしまった。
ユリウスが無言で清乃を見下ろす。
すると、彼女の足が地面から離れた。
「ひぎゃっ」
びっくりして変な声が出た。
清乃の身体がユリウスの肩に担ぎ上げられる。また荷物扱い! 予告無しのPKなんて反則だ!
「キヨ、反省してないだろ」
「してる。してるよ! 魔女なんか追いかけてごめんなさい、何が起こるか分かんないのに、ムカついたからってヒトを刺してごめんなさい!」
ヤバい人みたいなことを言っている。
清乃はムカついたから、なんて理由で傷害事件を起こすような人間ではないつもりだ。
「それから」
「どれに怒ってるの。なるべくユリウスの言うことに従ってるでしょ。これ以上どうしろと」
「もっと自分を大切にしろ」
どこかで聞いたような台詞だ。
「してるよ。自分が一番大事だよ」
「それを忘れるなよ。自分を一番優先しろ。魔女はもちろん、オレのこともフェリクスのことも気にしなくていいんだ」
「難しいことを言うな」
気にするなと言われても。
この魔女の夢の中で、清乃の他にはたったふたりだけの確かな存在を気にしないでいるのは無理だ。
そのふたりに何かあったら、エルヴィラの迎えを待つ間正気を保てる自信がない。
「はいって言っとけばいいんだよ! こんなときまで安定のキヨだな!」
ユリウスはこんなときでも可愛いな。
フェリクスは抱っこで運ぶどさくさで、というか多分奴のことだから無意識のうちに脚を撫でまわしやがった。
ユリウスは無理矢理担ぎ上げはしても、遠慮して最小限の接触で済まそうとしている。
「はーい」
苛立ったらしいユリウスは無言で走り続けた。
そしてまたすぐ口を開く。
「……キヨ、フェリクスからの通信がきた」




