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五日目夜

 清乃は胸にマリの顔をくっつけたまま、しばらく目を閉じていた。

 これではろくに寝返りも打てない。眠れない。

 半分寝た振り状態の彼女の耳に、かすかな足音が聞こえた気がした。そうっと目を開けてみると、空になった寝台が見えた。

 フェリクスの足音だったか。なんだかんだ言っていたが、周囲に異変がないか見廻りに行ったのだろう。

 胸元を覗き込むと、普通の子どもの寝顔をしてマリが熟睡しているのが確認できた。

 魔女たちは自分たちの夢の中でも眠るのか。


「……キヨ?」

 マリを起こさないよう慎重に身体を起こすと、ユリウスがすぐに反応した。

「ごめん。起こしちゃった?」

「ううん。昼間に寝ておいたから。眠れないのか」

「そりゃあね。この子離れないんだもん。寝苦しくて無理」


 外に出るかとユリウスが手振りで誘うから、静かについて行った。

 掛布団扱いでマリと共有していた清乃のマントは置いてきたから、ユリウスが自分のものを貸してくれた。そつのない王子様だ。

 少し肌寒かったから、清乃は礼を言ってありがたく借りておくことにした。


「大丈夫か」

 清乃が小屋の壁に寄りかかって座ると、ユリウスも隣で同じようにして様子を窺う顔になった。

「うん。あったかいよ。ありがとう」

「それもだけど。そうじゃなくて。色々」


 疲れた顔をしていたかな。少し頭がぼんやりしてはいるが、城にいたときのような異変は感じない。

 ぼんやりしているというよりも、ぼんやりしたい。

「うーん。明日帰ってから考える。まだ大丈夫でいなきゃ困るでしょ」

 やっぱりユリウスは優しいな。清乃みたいな、何もできないくせに文句ばかり言うお荷物を抱えて、自分のほうが大変だろうに。

 優しくて強いひとだ。


 ぼんやりと笑う清乃に、ユリウスが困った顔になった。

「……こういうときに、男友達がハグするのは有りか」

「どういう意図で」

「なんとなく」

 なんだそれ、と言い合う元気が湧いてこない。

 清乃は小さく笑って身体を傾け、ユリウスの肩に頭を乗せた。彼はすぐに彼女の正面に移動して背中に腕を回してきた。

「嫌だったら言って。すぐに離れる」

 ユリウスがいつになく慎重だ。アレのせいか。まだフェリクスに襲われたと思っているのか。

「ううん。疲れたから支えてて欲しい」

「……うん」


 ユリウスは清乃を抱えたままくるりと位置を入れ替えて、自分の背中を壁に預けた。

 長い脚も使って完全に囲いこまれてしまった。

 この体勢はまずくないか、ハグどころじゃないぞ、と頭の隅で少し考えたが、すぐにどうでもよくなった。

 同じような姿勢でも、フェリクスのときとは違う。落ち着ける。

 この腕の中にいても、嫌なことは起こらない。

 魔女の夢の中。異界。危険な場所。

 考えたくないことを一時的にでも忘れて安心できる体温だ。

 清乃はこの世界では圧倒的弱者だから、自分を護ってくれるひとがいると確信したいのかもしれない。


「あのねえ。もう一回言っとくけど、本当にあいつ何もしてないよ。嫌だって泣き喚いてやったらドン引きしてたもん。大好きなお兄ちゃんなんでしょ。ほんとはロリコンじゃないし、操られてても女に無理強いなんかする奴じゃないって。信じてあげなよ」

 顔の横にある二の腕を叩くと、鎖帷子が音を立てた。

「…………分かってるけど。でも嫌な思いをしただろ」

「まあそれはね。不愉快だったけど。でもスッキリしたからいいよ。やり過ぎ、なんて誰にも言えないでしょ」


 何が嫌って、嫌じゃないと少しでも思ってしまったのが一番嫌だ。チャラ男の手管にぼうっとなってしまった。

 魔女に操られていただけだと思いたいが、多分あれは、今まで表に出てくる機会がなかった清乃の一面でもあるのだ。

 流されてもいいような気分になってしまった。

 ユリウスが知ったら、幻滅してしまうかもしれない。清乃もそんな自分を知りたくなかった。


「……オレESPなくてよかった」

 くつくつとふたりで一緒に肩を揺らすと、嫌な気持ちが少し軽くなってきた。意地を張らずに、最初からこうやって慰めてもらっておけばよかった。

 ユリウスは家族でも彼氏でもない。だから彼の好意に甘えすぎてはいけないと思っていた。

 でも弱っているときに友達に寄りかかるくらい、許されてもいいはずだ。

 清乃だってそうして欲しい。大切なひとが弱っているときに頼ってくれたら、そのときは喜んで力になる。


 ユリウスは弱ることなんてあるのかな。清乃に頼る機会なんてなさそうだ。

 心身共に健やかな、成人したての王子様。無敵だ。

「ふたりとも、こんな重そうなの着てよく動けるよね。なんで疲れないのか不思議。やっぱり身体が大きいと体力が違うのかな」

「キヨのは体格よりも運動不足だ」

 甘やかす体勢なのに、指摘に遠慮がない。

「この二日で一年分動いた気がする」

「大変だ。動き過ぎたら命の危機が」

「ナマケモノはもうやめろ」

「いて」

 必殺頭突きを肩に喰らわすと、ユリウスの背中が後ろの壁にぶつかった。


「ユリウスはさ。あたしにして欲しいことって何かないの?」

「優しくして欲しい」

 即答だった。

「してるつもりだけど」

「頭突きは優しさか」

「オプション無しの頭突きだけ、でしょ。優しいじゃん」

「優しさとは」

「何か文句でも?」

「イイエ。他はそうだな。何かあるかな。キヨはなんでもしてくれるから、新しく望むことは思いつかないな」

「え。そうだっけ。心当たりがない」


 清乃が驚いて見上げると、ユリウスが視線を合わせて真面目な顔で頷いた。

「怪しい外国人を匿ってくれたし、ご飯を作ってくれた。オムライスも味噌汁も美味しかった。服も布団も買ってくれたし、クリスマスにはケーキもプレゼントも用意してくれた。誕生日を祝ってくれと言ったら、遠い外国まで来てくれた」

 そういえばそうだった。最初はこっちが世話をしてやっていたのだ。

「確かに。色々してあげてた」


「急にどうした。何か気にしてる?」

「ん。やっぱいい。世話になってばっかで申し訳ないなと思っちゃっただけ。気のせいだった。開き直ってお世話してもらうことにする」

「そうしろ。せっかく大人になったんだし、オレもたまにはキヨに頼られたい」

「まずユリウスに頼らなきゃ一瞬で死んじゃうような場所に連れて来ないで欲しいんだけどね」

「ごめんなさい。それはほんとにごめんなさい」

 素直である。王子様がこんな気軽に謝ってもいいのだろうか。


 しばらくふたりでそのまま向かい合い抱き合って黙っていた。

 参ったな、と清乃は途中から考えはじめた。

 ユリウスとこうしていても、やっぱり嫌じゃない。あまりドキドキもしないけど。

 嫌じゃないならもう良くないか、と思ったり、でもこの体勢で落ち着くとか有りなのか、とも思ったり。今は甘い空気にはなっていないけれど、このままでいたら時間の問題な気がするな、とも考えてみる。

 こんなこと考えてる場合じゃないのに。とりあえず保留にしていいかな。もうしばらく、このままでいたい。


 と思っていたところに、小屋の扉が開いた。

 清乃とユリウスがびくうッとして離れるのとほぼ同時に、マリが出てきた。

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