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「遅い」

 ユリウスが清乃から荷物を取り上げる。万一はぐれたときのために、と荷物を分けたくせに。

 フェリクスが後ろから清乃の腰を攫って肩に担ぎ上げる。

 大人ひとり分の体重を無視してこのスピードで走るっておかしくないか? と思って見たら、ユリウスが目を見開いてフェリクスの後ろを走っている。PKの補助有りか。

「ユリウス、倒れないでよ」

「大丈夫。ここでは調子がいいんだ」

 魔女の子孫だからか。やっぱり彼らの力は超能力というより、魔力的なものなのか。


 揺れに耐えながらフェリクスの肩に掴まっていると、突然彼がぴたりと足を止めた。

 急停止に驚く清乃の耳に、幼い声が届いた。

「じゃあキヨ、また洗ってよ。綺麗にしたら一緒に居てくれるんでしょ?」


 先廻り? 栄養失調気味の小さい女の子が、大人の男の足に追いつけるのか。魔女だから、なんでもありなのか。

 フェリクスが肩から清乃を降ろす。

「……キヨ、またなげてやれ」

「担当者にするな」

 子どもを斬ることはできても、投げることはできないってどういう基準だ。

「駄目だ。キリがない。諦めよう」

 ユリウスが匙を投げる。


【おい、ユリウス】

「仕方ないだろ。キヨ、こいつは斬ったらとりあえずこの場では死んだように見えるはずだ。でも次にここに来たら、普通に動いている。ここはそういうところだ」

「死んですぐその場で起き上がってもいいよ。血まみれのまま追いかけようか?」

 スプラッタはスクリーン上だけにして欲しい。

 清乃はフィクションならスプラッタもグロも平気だが、生で(リアルな)傷を見るのは嫌だ。血まみれの女の子に追いかけられたら、確実にトラウマが残る。


「調子に乗るなよ。おまえの手足を斬ってやることもできるんだぞ」

 マリがユリウスの言葉に怯えて、清乃を縋るような眼で見るのは演技なのだろうか。

 そんな眼で訴えなくても、清乃は人間の手足が斬られるところなど見たくない。でも、そんなことはやめてくれと言ってもいいのか分からない。

「……ユリウス、フェリクス。勝手なこと言ってごめんなさい」


「いや。小屋に戻るか。どうせ明日には帰れるんだ。ひと晩くらい大丈夫だろ」

「やった! キヨ、また一緒に水を汲みに行こうよ。今度はあたしがキヨの背中を拭いてあげる」

「いらん。触るな。近寄るな」

 清乃がマリを振り払うと、溜め息をついたフェリクスがマリの細い手首を掴んで歩き出した。


「完全に犯罪者の図だね」

 聞こえよがしに呟く清乃に、隣を歩くユリウスが苦笑する。

【キヨは俺にどうして欲しいんだ】

「別にどうも。まだ赦してないから、ネチネチ言い続けてやろうと決めてるだけ」

【ああそうかよ。ネチネチしてる女はもてないぞ】

「今後もチャラ男を名乗りたいなら、心底サバサバしてる女はこの世に存在しないって覚えといたほうがいいよ」

【名乗ったことは一度もない。キヨが勝手に言ってるだけだ】


 マリが自分の手首を捕まえる男を見上げて、不思議そうな顔をした。

「フェリクスは、キヨのことが好きなんじゃないの?」


「『ああ?」』

 名前を出されたふたりの声が重なった。


「ねえ、なんで駄目なの? 仲良いんでしょ? ユリウスが諦めるって言ってるんだからいいじゃない。キヨは日本に帰らなくても、ふたりの子どもだけが日本に行けばいいんだから。仲良く暮らせばいいじゃない。みんな幸せになれるよ」

『……フェリクスおまえ』

『なんだその眼は。ユリウスまで俺を犯罪者にしようとするな』

「やっぱりロリコン気持ち悪い。吐きそう」

「じぶんでいうな」


 小さい魔女の言葉には、誰も耳を傾けなかった。

 そんな実は、な話はあり得ないと、本人も周囲の人間もよく分かっている。誰も動揺していない。

 魔女どもめ、少女漫画育ちか。若者の関係が全部惚れた腫れただけで成り立っていると思ったら大間違いだ。


「こいつ十五歳は守備範囲内なんだって。ユリウス知ってた?」

【人による。キヨは二十でもロリータかもしれないが、大人な十五歳も世の中には存在する。倫理的に行かないだけ】

「十五歳」

「まだ分かんないか。ユリウスは相手が十五、六歳でも問題ないもんね。でもこいつは完全にアウトだよ」

「えっ十八歳(オレ)は何歳までオッケー? 十四歳の子を見て可愛いと思ったらアウト? 上はいくつまで?」

 ユリウスは日本の高校生でいうと三年生だ。十四歳というのは中二か三か。

 大人の四歳差は同年代、でくくられるのかもしれないが、十代の四歳差は大きい。

 二十歳の清乃は、ユリウスが十七歳と知って反射的に、まだ子どもじゃん、と思ったものだ。

「微妙……だけどユリウスならセーフな気もする。保護者的にはどうなの?」

【あんまりギリギリを攻めようとするなよ。上は好きにすればいい。けど上過ぎると弄ばれるのがオチだぞ。それを楽しみたいなら止めないが】

「難しい」

「それぞれの事情もあるんだろうから、一概には言えないけどね。でもとにかくこいつはアウト!」

【そこに戻るのか】


 上のほうで勝手に展開される会話を見上げていたマリが顔をしかめる。

「分かんないよ。なんで駄目なの? みんな言ってるよ。キヨも幸せになれるからって」

「マリちゃん、みんなってだあれ? それ言った人、全員ここに連れて来なさい」

 笑顔でキレる清乃を、ユリウスが押し留める。

「やめろ。魔女に集団で来られて勝てるわけないだろ。マリ、呼ぶなよ」

「ふたりで全部斬ってしまえ」

「キヨがさっきとめたんだろう」


 ぎゃあぎゃあと騒ぎながら、また元の小屋に到着した。

 緊張感が薄れてきているのは清乃だけか。

 ユリウスもフェリクスも、清乃から眼を離そうとしない。常にマリを警戒している。

 キヨにくっついてもいいくらい綺麗にして、とマリが騒ぐのをあしらうほうが面倒になって、川まで水を汲みに出た。今回はフェリクスも一緒だ。

 昔の生活の擬似体験だ。水道がないというのはこんなに不便なものなのか。


 小屋に戻ったユリウスとフェリクスか火を熾すのを眺めていると、マリがまた話しかけてきた。

「ねえ、キヨはどっちが好きなの?」

「あんたもう黙ってな」

「みんなねえ、ユリウスはただただ可愛いって言ってるよ。でもフェリクスみたいに慣れてるほうが、女の子には安心かもって」

『……魔女どもめ』

 勝手に噂されていることを知った王子様ふたりがイラっとしている。


「やっぱり若い女の子は爽やか美少年のほうがいいだろうってユリウスを推してたんだけど、なんか無理っぽいから二番手のフェリクスの目も残しておくかって。年齢もひとつ上でちょうどいいし、女に対するハードルが低いから、ちょっとつつけばすぐ転がるし」

 好き勝手言ってるな。

「……あんた意味分かって言ってんの?」

「分かってるよ。ユリウスもフェリクスも可愛い子どもだから幸せになって欲しいし、無垢な乙女には優しくしてあげなきゃいけないんだよ」

 完全に大人の言うことをそのまま言っている。


「……それから?」

「血の濃さだけいったら王太子でも王様でもその弟でもいいんだけど、子どもが生まれたばかりで浮気は処刑物だし、王様たちはおじさん過ぎて可哀想、なんだって」

「その顔触れなら、むしろ王弟殿下が一番かっこいいと思うんだけど」

 正直な感想を呟いてみると、竈の前のふたりがギョッとして振り返った。


【本気で言ってるのか。俺の父親だぞ。いくつだと思ってる】

「五十前後? フェリクスの父親とは思えないほど渋くて素敵だよね」

 ノリが軽い兄王よりも、歳相応に落ち着いた大人美形の王弟を推したいと思っていた。国王は多分、若い頃はフェリクスのようなチャラ男だった気がするから次点。

「……そのくらいの年齢の男がいいなら、もう何十年か待ったほうがいいかも」

「付き合いたいとかではないし。素敵だな、って思っただけ。やだ、マリ言いつけないでよ。既婚者は駄目だよ。みんな不幸になるからね」

 もしかして、もしかしなくても魔女たちはこの会話も全部聞いているのだろうか。迂闊な発言は慎まなければ。

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