将来
「終わったよ。フェリクス、この子の家まで連れてってよ」
「おれがつれていく。キヨはユリウスとここでまってろ」
フェリクスが反対側のマリの手を掴もうとすると、彼女はまた清乃の後ろに隠れた。
「ロリコンは嫌なんだって。当然だよね。あたしが行くから、家だけ教えてよ」
普通の口調に悪口を混ぜると、フェリクスの顔が引き攣った。
「キヨみたいなのとふたりであるいてたら、ほんものにさらわれるぞ」
「自分は違うみたいに言うな。ユリウスと行くから問題ない」
『家まで送ろう。そのひとと手を繋いだままでいいから歩きなさい』
ユリウスが穏やかに声をかけると、マリは清乃の手を握る手に力を入れてこくんと頷いた。
一番前にフェリクス、少し距離を空けて清乃とマリ、すぐ後ろにユリウスという順番で早朝の森をてくてく歩く。
この世界の人間とのファーストコンタクトが子どもでよかった。問答無用で襲いかかってくるような相手だったら、血を見るところだった。
昨夜は暗くて気づかなかったが、進行方向左に城らしき建築物が見える。アッシュデールの城と似ている、というか同じものに見えた。
あそこまで行けば、ユリウスのご先祖様に会えたりするのだろうか。
粗末な小屋の前に到着すると、マリは何かに耐えるように歯をぐっと食いしばる険しい顔で清乃に向かって手を振った。
「バイバイ」
清乃も手を振り返すと、すぐに回れ右して元来た道を戻った。一度も振り返らず、真っ直ぐ前を向いて歩き続けた。
「……あの子のお母さん。そういう、仕事をしていたから、魔女狩りに遭ったのかな」
教義に反するとか、そういった理由で魔女裁判にかけられた女性もいたらしい。マリの母親もそうだったのだろうか。
「…………分からないけど、キヨ。あまり深く考えるな。あの子も、あの子の母親も、ずっと昔に亡くなった人物なんだ。あの子の母親みたいに、昔と同じ生活を繰り返して、何度も追体験している魔女もいる。彼女たちは苦しみと憎しみを忘れたくないんだ。オレたちにできることはない」
感情移入をするつもりはない。清乃にできることはないと、最初から分かっている。
だからこれ以上は関わらない。冷たいと思われても、マリがちゃんと家の人に出迎えてもらえたか、確認するために振り返ったりしない。
ここで起こっていることは、本の中の出来事だと思えばいい。残酷な話はたくさん読んだ。そのうちのひとつだと考えるのだ。
「なんの心配してるの。あたしの本棚、知ってるでしょ」
殊更軽い調子で返すと、ユリウスも乗ってきた。
「あのカオスな本棚か。何故恋愛漫画のすぐ下に猟奇的な教本が並べてあるんだ」
「ラブとグロは同じ世界にあっても問題ないんだよ」
「それはない。エロとグロは聞くが、ラブとグロは別にしてくれ」
「いいじゃん。どっちも面白いんだもん。ユリウスだってあの漫画、ハマってたでしょ。少女漫画だからって馬鹿にできないんだよ。完結したら全巻揃えて送ってあげようか」
「それは嬉しい。ついでにその隣にあったサムライの話も頼む」
グロは皆無の高校生の青春ラブストーリーである。キュンもドキドキもハラハラも詰まっていて、かつリアリティもあるとして人気なのだ。
日本語の勉強のつもりで読み始めたユリウスも、これこの後どうなるんだ! と楽しく悶えていた。
「国内で布教してよ。あの漫画が海外進出するなら、一ファンとして非常に嬉しい」
「……翻訳本出せるよう働きかけてみるか」
「職権濫用最高!」
王子様って職か? 分からないけどまあ似たようなものだろう。
もっと色々勧めてみようかな。あれもこれも、世界中の人に読んでもらいたい。
「キヨは今年の秋から就職活動するんだろう。やっぱり本関係の仕事に就くのか」
「どうかな。司書になるための単位は履修してるんだけど、公務員にならないと独りで食べていくのは難しいみたいだし。でも公務員になって、全然関係ないとこに配属されちゃったら頑張れる気がしない」
「そういうものか」
「まだよく分かんないよ。本屋とか出版社もしっくりこないし、本は趣味にしておいて、全然関係ない仕事を探すのも有りかと思ってみたり」
外国で玉の輿に乗って優雅に暮らす、という選択肢は無いのは確かだ。
と清乃が考えているのを察しているのか、フェリクスは口を挟んでこない。
「ふうん。色々あるんだな」
清乃にはこれといった夢がない。なりたいものが思いつかないのだ。
今回必要にかられて英語力をアップさせてはみたが、海外に眼を向けようとは思えない。
こうなるまでは初めての海外旅行を楽しんでいた。が、世話をしてくれる人がいなかったら、ワクワクよりも萎縮してしまう気持ちのほうが大きかった気がする。
向いてないな、と思う。
清乃は自活できる程度に働いて、余暇に読書を楽しめるような生活が送れるならそれでいい。
結婚や出産はできればしてみたいとは思うが、その前に恋愛だ。今のところ無理っぽい。
一生無理なら独りで生きていくだけの稼ぎが必要だ。
「ユリウスは今年から大学でしょ。卒業したら王子様業に専念するの?」
「多分ね。外交メインになるかな。そのために語学系はみっちりやらされてるし」
彼の顔面と語学力が存分に活かされそうな仕事だ。世界中にファンクラブができそう。
「すごい適材適所だね。フェリクスは王子じゃなくなったら何やるの?」
「psychologist」
「え。フェリクスって心理学の勉強してたの?」
そういえば、興味ないから聞いたことがなかった。
ESP保持者の心理学者ってなんかずるくないか? それこそ適材適所といえるのか。
「なんだとおもってたんだ」
「えっなんかナンパしたり遊んだりナンパしたり? するためにアメリカ行ったのかと」
それはむしろ清乃のほうか。普段は好きなことばかりして、勉強は単位を取るため最低限しかしていない。外国の大学は入学してからのほうが勉強が大変と聞く。
「それもしてるが、せんもんのべんきょうもしてる。しゅみのほんしかよまないキヨといっしょにするな」
忙しそうだ。
「どうしよう。言い返せない」
清乃はフェリクスよりも駄目人間だったようだ。彼氏がどうとか言っている場合じゃなかった。
「キヨはそれで問題ないんだからいいじゃないか。日本にはうちよりも自由がある。今から何にでもなれるんだろう」
それはどうだろう。二十年間ぼんやり生きてきたから、何にでも、はなれない気がする。
「……ふたりともすごいね。あたしもちょっと真面目に考えてみるよ」
中世風のコスプレ中にこれ以上自己嫌悪に陥るのはやめておこう。
「就職先に困ったら、日本で流行ってる本をうちで紹介する仕事でもするか。出版社に話を通しておく。翻訳本が国内で人気が出たら、売上の一部を報酬として受け取ればいい」
「何それ。最高の仕事じゃん。誘惑しないでよ。ちゃんと自力で仕事見つけて、二年後には新社会人やってるから」
「アッシュデール就職の道も考えておいて」
「人気書籍紹介業? 就職浪人よりはマシか。ありがとね」




