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少女

「キヨ!」

 大した衝撃じゃない。

「だい、じょうぶ」

 焦って戻ってきたユリウスが、清乃に向かって手を伸ばす。

『そのひとから離れろ』

 怒気を含んだ声に、清乃の腹周りが締め付けられた。


 子どもだ。

 ユリウスに追われた子どもが窓から飛び込んできて、清乃にぶつかった。

 男の低い声に怯え、まだ与し易しと見たのか、少年の扮装をした清乃に助けを求めてしがみついているのだ。

「ユリウス、この子怖がってるよ。まだ小さい子だよ」

「そう見えるだけかもしれない。魔女だったらどうする。離れたほうがいい」


 そう見えるだけ? 魔女だったら?

 それは怖いな、と思って改めて抱きついてくる子どもを見下ろしてみる。

 身長は清乃の顎くらい。女の子だ。栄養が足りていないような痩せ方をしている。年齢よりも小さいのかも、と考え、十歳を超えたくらいだろうか、と見当をつける。

 見知らぬ少年に抱きつくほど幼い子ではない気がするが、そんなにユリウスが怖いのだろうか。抱きついてみて女だと気づいたから、安心して離れないのか。


 薄汚れた茶髪の頭を撫でてみると、少女が清乃を見上げた。

 日本人の瞳は黒ということになっているが、よく見ると茶色い人が多い。少女の瞳は日本人の茶色よりももう少し明るく、黄色に近い色をしていた。

『おねえちゃん、なんで髪の毛短いの? おねえちゃんもしょうふなの? このひとに買われたの?』

 何を言っているのか分からない。ユリウスたちが使う言葉のような気もするが、時代が違うせいか違う言語のようにも聞こえた。

『やめなさい。彼女はそういうひとじゃない』

 ユリウスは努めて穏やかに喋ろうとしているようだが、少女は彼を嫌がって清乃にくっついたまま背後に回ってしまった。

 いくら子どもとはいえ、こんな美形を怖がるなんて珍しい女の子だ。

 帯剣しているからだろうか。昔の子は武装した人間なんて見慣れているのだと思っていたが、そうでもないのだろうか。


「近くの家の子なのかな。このへんに家なんてあるの? それかもしかして、この家の子なんじゃない? 昨夜はたまたま留守だっただけとか」

 昨夜はフェリクスに担がれて彷徨い、動揺していたのもあって周囲の状況がよく分からない。

『君の家はどこだ。帰りなさい。子どもはまだ家で寝ている刻限だぞ。親が心配する』

『今帰ったら、まだおじさんがいるもん。帰らないよ。ここにいたい』

 ユリウスが何かを言うと、少女が何か返事らしき言葉を返した。そしてますます清乃に強くしがみつく。

「ちかくにいえがあったぞ。おんながでてくるところがみえた。そいつのははおやじゃないかな。たぶんまじょだ」


 前触れ無しに扉を開けたのはフェリクスだ。

 回復したのか。少なくとも見た目は完全復活したようだ。

「えっじゃあこの子も?」

 魔女の亡霊の一部ということか。魔女の夢の中、を創るモノの一部なのか。怖い。

 清乃は思わず少女の腕を振り払いかけたが、見上げてくる瞳の邪気の無さに力が抜けてしまった。

「どうだろ。わけが分からないまま死んで、母親に引き摺られて魔女の亡霊の一部になった子かもしれないし、ただの魔女の記憶の中の子かも」

「うん。分からん」

「オレもだ。いかにもな言動をしないと、区別がつかないんだ。だから気をつけなきゃ」


 ええーと言いたいところだが、とりあえずそれは我慢して、少女を見下ろしてみた。

「家があるなら、送ってってあげる?」

「……あのおんながははおやなら、たぶん、つかれてねてるころじゃないか。かえるきゃくをみおくっていた。おとこさんにん」

 フェリクスが珍しく言い淀み、言葉を探す表情をした。子どもの前だからか。少女に分からないよう日本語で喋った。

 そういうことか。参ったな。無理に帰れとは言いにくい。


 だがしかし。言ったら駄目なのかもしれないが、汚い子だ。あまりくっついて欲しくない。

「……水を忌避する時代の子なのかな。洗ってあげる、ってのは駄目?」

 母親がなんとか日銭を稼いで暮らしているような家の子だから世話をされていないのか。それとも時代的なものなのか、判断がつかない。

 痩せているのも身体を洗っていないのも、当たり前のことだと本人が認識している可能性もある。

『そのおねえさんは、外国のお姫さまなんだ。君の頭に泥が付いているのが気になるから、洗ってあげようかと言ってる。どうする?』

『ここにいてもいいなら、いいよ』

『そうか。すぐに湯を沸かしてやろう。洗ったら帰れよ』



 小屋にあった器をひとつずつ持って、ユリウスと少女と一緒に川に向かった。

 その間にフェリクスが竈の火を点けておく、と言っていた。

「その子の名前はマリ、十一歳だと言ってる」

「マリちゃんか。ほんとは知らない大人について来ちゃ駄目なんだよ」

 少女が清乃から離れようとしないから、仕方なく手をつないで川まで歩き、帰りも水を入れた器を片手で抱えて戻った。

「……キヨがマリの母親と同じような髪の長さだから、最初見間違えたらしい。罪を犯したか何かで、髪を切られたのかも」

 女の髪が短いのはあり得ないという時代か。

 だから清乃に用意された服は男の子用だったのか。

「そっか」

 複雑な家の子のようだ。人里離れた森に住んでいるのはそのためか。なんと言えばいいのか分からない。


 なるべくこの世界の人間とは関わらないように、ということだったが、くっついて離れない子どもと関わらないでいる方法が分からない。

 やむを得ない場合は普通の人間と同じように接すること。であれば、多少世話をしてやるくらいが普通の対応だろうか。

 清乃は特別子ども好きということはないが、まだ小学生くらいの年齢の子が家に帰れないという状況には可哀想、と思ってしまう。

 大人に対する安易な同情は不遜と取られても仕方ないが、子ども相手なら構わないだろう。本人に嫌がる様子が見られないなら問題ない。


 男は出て行けとふたりを追い出し、マリを寝台に仰向けに寝かせた。適当な台を持ってきてお湯の入った器を乗せ、彼女の頭を寝台からはみ出させて器に浸ける。

 他人の頭を洗うのは人生初だ。なかなか難しい。

 汚れた湯を一度替えて、シャンプー無しでお湯だけならこんなものか、と布で頭を包んで水分を吸い取る。

 残りの湯で顔や身体を拭いてやると、だいぶこざっぱりして見えた。服も洗ってやりたいが、乾かすのに時間がかかりすぎる。

 言葉が通じないから身振り手振りだけで意思疎通を図りながらの作業で大変だったが、達成感がある。

 終わったよ、の意味で清乃が元のように服を頭から被せてやると、マリが見上げてにこっと笑った。

 笑顔は古今東西通用する、友好的であろうとするボディランゲージだ。清乃も曖昧な笑顔を返してやった。

「よし、可愛くなったね。そろそろ帰ろうか」

 マリの手を引いて外に出ると、ふたりは小屋から離れることなくすぐそこで待っていた。

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