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五日目朝

「魔女の夢の中」


 清乃の何度目かの小さな呟きに、ユリウスがそのたびにそうだと頷きを返してくる。

 ここは、魔女の亡霊の夢の中。

 過去を生きていた魔女たちの記憶が創り出した世界。

 現実とは別の時空、もしくは次元に存在している。存在している、と言い切っていいのかも分からない世界。

 並行世界、パラレルワールド的なやつか。理論物理学とやらでも議論されている、SFのような話の世界。

 もうパラレルワールドが発見される時代になったのか。時代がフィクションに追いついていた。いつの間に。でもあれって観測不可能なんじゃなかったっけ? 観測通り越して飛び込んじゃった? 未知の世界、もっと慎重に行こうよ。

 これ発表したらすごいことになるんじゃないかな。見つけただけじゃなく、体験もしてきたって。イロモノ扱いされないためには、量子力学とか宇宙論とかの分野も勉強しつつ、理論物理学者になるべきか。

 正直言ってどんな勉強すればいいのか全然分からないんだけど。前に読んだSFっぽい単語を並べてみただけだけど。知識不足が否めないな。よし。

「あたし今から物理の勉強し直して学部編入しちゃおうかな」

「またキヨの得意技か」

 

 この世界は、魔女の記憶、つまり過去が元になっている。

 時代は推定十三世紀から十七世紀頃まで。たまに現代に近いところもある。場所によって時代が違うこともあるし、複数の魔女の記憶が混ざって奇妙な場所ができていたりもする。

 人間も住んでいる。魔女が過去に関わってきた人々の幻。だけど彼らは確かな質量を持って、この世界に存在している。皮膚を切れば血が出るし、死ぬこともある。彼らから攻撃されれば、こちらも傷を負う。

 何が起こるか分からないから、接触はなるべく避ける。避けられないときには、現実の人間と同等に考え接するべし。

 これ空想(Science)科学(Fiction)じゃないな。パラレルワールドじゃなくて、異界だ。異世界。FはファンタジーのFだ。

 女の亡霊の(Silky's)(Fantasy)、略してSF。


「ここがどういう場所かは理解できたか」

「全然」

「まあ魔女のやることだから。ちょっと変な違う場所に来たと思っておけば」

「あんたたちって、魔女って言っとけばなんでもオッケーだと思ってるよね」

「まあね。だって誰にも分からないんだから仕方ないだろ。今も超心理学者たちがこの現象を解明しようと研究を続けているんだ。理論物理学じゃなくてな」

「バレてた」

 ユリウスはエスパーではないはずなのに。

「キヨの思考のクセには慣れてきた。百年前にはうちの魔女の仕業と思われていたことが、実はただの自然現象だったって解明されたこともある。もう何世紀かすれば魔女の謎も全部科学的に説明ができるようになって、対処法も見つかるはずだ、といわれてる。その日が来れば、オレたちは魔女から解放されるんだ」

 その日が来るまで、ユリウスたちは魔女の国に囚われたまま生きていく。

 理屈は理解できなくても、目の前に広がる現実に対処しなければならない。

 そうやって彼らは、行き当たりばったりに近い闘いを繰り返してきたのだ。

 まあ仕方ないか、と肩をすくめて、自分たちがなんとかしなければ世界中の人が困るしな、と理由にもならない理由を呟きながら。

「ユリウスたちが魔女とか魔法っていう言葉を使うのって、携帯電話の構造は知らなくても、使い方は知ってるみたいな感じ?」

「それでいいよ」


「エルヴィラ様は今動けないんでしょ。ユリウスはどうやってここに来たの?」

 フェリクスは多分、魔女の協力を得て、というか操られて清乃を連れてここに来た。

「ここへは母さんが送ってくれた。魔女の亡霊の一部と仲が良いんだ。城のどこかにいるのを見つけられたら、力を借りることができることも、あったりなかったり」

 怖い話だな。仲が良いとか。なかったり、とか。異界行き片道切符を握り締めて来たってことじゃないか。

「帰りはエルヴィラ様をお待ちするってこと?」

「そういうこと。明日になるってさ。それまでここで大人しくしてればいいだけだ」


「だけって言われてもね。つまりそのユリウスの格好は、ここに馴染むための扮装ってこと?」

 ようやくツッコむきっかけを掴めた。気になることが多すぎて、とりあえず説明された順に頭に入れていくしかない。

「そういうこと。中世盛期の騎士って設定。似合う?」

 ユリウスはマントを広げて戯けてみせた。

 ハイネックワンピース型の鎖帷子が重そうだ。その上に着ているのは、サーコートとかいうんだっけ。昔読んだ騎士が出てくる小説に書いてあったな。

 腰に巻いた剣帯に提げているのは長剣。まさか真剣か。子どもが玩具にするには物騒な代物だ。

「似合……う気もするけど、王子様風のがよかったな。もうちょい先の時代の」

「オレに白タイツを穿けと」

「ユリウスなら着こなせるよ」

 太鼓判を押すと、ユリウスは微妙な顔になった。

 いや、本当に絶対似合うと思う。たまにはナヨっとした感じもいいじゃないか。

 現代の王子様の正装の詰襟も軍服らしいし、つくづく戦闘意欲の高い国民性である。

「こんな森の小屋に王子がいたら変だろう。フェリクスも今頃同じような服に着替えてるはずだし、一応キヨの服も用意してあるから、小屋に戻ったら念のため着替えてくれ」



 まだ暗いからと、小屋に戻って朝まで眠ることにした。

 頭が現実逃避することを求めているのか、何度かに分けて眠っておいたはずなのに、すぐに眠りにつくことができた。

 藁のベッドは清乃がひとりで占領した。

 朝になって背の高い男ふたりが床で転がっているのを見ると、日本で三人暮らしをしていた日々が思い出された。

 あのときに逆戻りしたみたいだ。

 清乃はフェリクスを毛嫌いし、ユリウスはそんな彼女の味方をしながらも、たまに従兄を庇う言動を見せる。

(うん。やっぱりしばらくはこのままフェリクスを責め続けてやろう)

 嗜虐趣味はないつもりだったけれど、Sっ気のあるフェリクスが苦しんでいるのを見ているのが楽しくなってきたところだ。癖になりそう。


 明日までここで大人しくしていれば、無事に帰れるという話だった。

 三人分の水と食料はユリウスが担いで来てくれている。

 着替えをするほどの期間ではないから、洗濯の必要はない。食べる物の心配はない。一応の寝床は確保できている。

 つまりやることがないということだ。

 小屋の外に出ても見えるのは木ばかりだが、人間に見えるモノの居住区は十三から十七世紀頃の風景が広がっているという話だった。

 中世盛期から近世初期である。

 ユリウスの服装に時代を合わせるなら、女性は簡単な作りのロングワンピースだろうか。袖が広がっていて、ウエストを紐で縛るタイプの。

 その後は時代の移り変わりにより、どんどん服飾が豪華になっていく。ザお姫様なフリフリドレスの時代は含まれていないか。

 お姫様ドレスを着たいとは言わない。が、これはないだろう、と思ってしまうのは、清乃の我儘だろうか。


 清乃は寝台の上に座り、掛布団にしていたマントを着直した。慣れない靴をなんとか自力で履き、立ち上がってみる。普通に歩けそうだ。

 身軽に動ける服装だからだ。

 膝丈チュニックに袖無しの上着、ウエストの位置で縛った紐、ちゃんと二股に分かれたズボン。

 ユリウスとフェリクスは騎士。それならこの服装はあれか。小間使い的な小僧。多分そうだ。

 別にいいけど。動き易いし。


「……ユリウス、起きて」

 床に転がって目を瞑っているユリウスの肩をそっと揺すると、彼はすぐに目を開けた。

「……キヨ」

「誰かいる。ここのひと?」

 寝る前に閉じたはずの木窓が開いている。つい先ほど、そこに人の顔が見えていた。

 寝起きの裸眼視力では年齢も性別も確認出来なかったが、確かに人間の形をしていたように思う。あまり大きくはなかった。

 怖い感じはしなかったが、人間の形をしたモノ、と思えば気味が悪い。


「…………見てくるよ。キヨは」

「とりあえずコンタクト入れる。持って来てくれてありがとう」

「セイが絶対必要だって持たせてくれたんだ。待ってて」

 ユリウスの背中を見送るよりも、早く動けるよう準備したほうがいいだろう。

 コンタクト無事装着。川の水で濡らした布で冷やしながら寝たおかげで、瞼の腫れも治まった。視界がクリアになった。

 勝手の分からない場所で物がよく見えなくなるのは死活問題だ。

 フェリクスの姿が見えない。十代の少年とかよわい女をファンタジーな世界に放置して単独行動をとるのはやめて欲しい。非常識男め。


『待て!』

 ユリウスが外で叫んでいる。

 清乃は分けられた食料や水を詰めた袋を掴んで、逃げ出す準備を整えた。

 外に飛び出す前に、身体の右側面に衝撃を受けた。

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