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「……キヨ、キミの言うことはもっともなんだけど」

 ユリウスは清乃を助けるためにこんなところまでやって来た。魔女に操られているフェリクスを倒さんと決意していたはずだ。

 それが今や彼は、清乃を諌める側に回りたくなっている。フェリクスに同情してしまっている。


 それでいいのだ。

「こいつね、あたしがフェリクスのこと追いかけてこの国に来た、みたいなことを魔女に囁かれて、勘違いしたらしいんだよ。仕方ねえな、みたいな態度でくるから意味分かんないしムカつくしで、だから反撃してやったの」


 この国の人々が抱えているものの重さは、清乃には分からない。

 だけどフェリクスはユリウスの存在を支えにして幼少期を過ごし、今でも彼の存在があるから役目を放棄せずにいられるのだろうと思ったのだ。

 フェリクスの言っていたことは、多分彼が一度は考えたことがあることなのだ。少しだけ考え、自嘲し、すぐに忘れた。

 それだけの妄想話だったはずなのに、魔女の亡霊に無理矢理引き摺り出された。

 フェリクスが清乃に語った妄想話は、誰にも言ってはいけない。

 ユリウスが知ったらショックを受ける。彼はきっと、自分を責める。フェリクスが自責の念にかられるのと同じくらいの強さで、ユリウスも自分を傷つける思いを抱える。

 フェリクスだって被害者だ。ユリウスまで被害者にしてはいけない。これ以上、傷つく人を増やしてはいけない。

 清乃は被害者になりかけた。怖い思いはしたが、それだけで済んだ。心にも体にも傷は負っていない。

 怖い思いをした分の仕返しは充分にできた。

 だから仕方ない。フェリクスに一番大切なものくらいは守らせてやるくらいの情け心は見せてやってもいい。


「中学生男子かって話でしょ。二股とか言ってるの、実は全部こいつの妄想なんじゃない?」

 代わりにチャラ男のプライドをずたずたにしてやるんだ。

 フェリクスが何かを言いかけて口を開き、何も言えずにまた閉じる、という動作を繰り返す。おまえは金魚か。

【…………俺が、全部悪かったんだ。すまなかった。魔女に隙を見せた、俺が悪かった】

 フェリクスがやっと口にした言葉はそれだった。

 彼は、清乃にありがとうと言いたくても言えない。苦しそうな顔をしてうつむいてしまった。

「当たり前だよバーカ変態チャラキンパ」




 大泣きした後にそのまま不貞寝したため、瞼が腫れ上がっているのが自分でも分かる。

 顔を洗いたい、水が欲しいと清乃が言うと、ユリウスが近くに川があるはずだと連れ出してくれた。

 彼が持って来てくれた妙に古臭い革製の編上げブーツを履き、マントのような上着を羽織って森を歩いた。

 ユリウスの言ったとおり近くに小川が流れていて、清乃はしゃがみ込んで冷たい水を手ですくい、何度も顔にバシャバシャとかけた。これくらいでは腫れが引かないことは分かっている。

 清乃はユリウスが差し出してくれた布で顔を拭いてから、布を水に浸し固く絞った。

 目尻とこめかみ。気持ち悪い。ゴシゴシと擦っていると、ユリウスが心配する手を伸ばしてきた。

「ごめんユリウス。今近づかないで。ちょっとあっち向いててくれる?」

「……分かった」

 マントの中で着ている物を捲り上げ、絞った布で腰周りを清めていく。

 気持ちの問題だが、少しだけ気分がスッキリするような気がした。


 心配なら、あたしよりフェリクスにしてやれば? と本心から言ってやれる程度のことしか起こっていない。

 普通に暮らしていれば絶対に触れられることのない背中を直に触らせたのは清乃自身だ。

 その程度で危機的状況を脱することができるなら、どうってことないと思ったのだ。

 だけどやっぱり駄目だった。気持ち悪いものは気持ち悪い。

(…………ああああくそっ)

 感触はなかったが、頭にも口を付けられていた。思い出した清乃は、頭を逆さまにして川に突っ込んだ。

 瞼も冷えてちょうどいい。


「キヨ⁉︎」

「……あっち向いててって言ったでしょ」

 水の冷たさに耐えられず、清乃はすぐに川から頭を上げた。水滴がマントにかからないよう、前傾姿勢を保ったまま濡れた髪を絞る。

「いや、だってばしゃんて音がするから。落ちたのかと」

「あんたあたしのことどれだけ鈍いと思ってんの」

「……そうじゃなくて。身体を洗いたいなら、湯を沸かそうか」

 まったく聡い少年だ。

 清乃の行動の意味を正確に読み取っている。なんと声をかければいいのか、迷っている。

「いいよ。こんなところじゃ、火を(おこ)すのも大変でしょ」

「そのくらいやる」

「いいってば。必要ない。あたしそんな潔癖症じゃないよ。そんなに心配しなくても、ほんとに何もなかったの。荷物みたいに運ばれてムカついただけだよ。ユリウスだって同じことしたでしょ。小脇に抱えて放り投げて拘束。まったく従兄弟揃って何してくれるんだか」

「ご、ごめんなさい」


 これが例えば誘拐されて怖い思いをしただとか、殴る蹴るの暴行を受けただとかだったら、清乃もユリウスに泣きついていたはずだ。

 彼はきっと、清乃をそんな目に遭わせた犯人に憤り、仕返ししてくれる。優しく抱き締めて、もう大丈夫だと言ってくれる。

 受けた暴行の程度にもよるかもしれないが、清乃も素直に慰められることを選択したはずだ。

 だけど今は、ユリウスにしてもらいたいことなど何もない。

 今は彼に、恋人のように抱き締められたくない。

 恐怖の対象は自分で倒したのだ。

 清乃は自分で自分の身を守った。自身の危機に際して強く在った。

 それは誇るべきことだ。

 チャラ男が苦しむのを見たくらいでは後悔しない。だから自分の選択により蒙った不快感くらいは、自分で消化しなくてはならない。


「それで結局、ここって何処なの? フェリクスが変なこと言ってたけど、帰れるんだよね?」

「帰れるよ。明後日にはエルヴィラが迎えに来る」

「明後日かあ」

 帰国予定は明日なのだが。やっぱり無理だったか。

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