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攻其無備、出其不意 

其の無備を攻め、其の不意に出づ

 コンコンコンコン。


 ノック音だ。

 藁の寝台で丸くなり、男物の上着を掛布団代わりにうとうとしかけていた清乃は、一瞬で緊張状態になった。

「……フェリクス」

 今の彼女には、すぐそばに転がる長身の男以外に頼れる人物がいない。

『………………ああ』

 フェリクスは一度は身を起こしたが、すぐにまた倒れるようにして横になった。


「えっそれだけ? ちょっと、どうしたらいいの、人だよ。はあいって返事していいの?」

「かってにしろ」

「はああ⁉︎ ふざけんなよ! あんた応対しなさいよ!」

 室内からの答えを待たず、扉がばたん、と開かれた。

【俺がおまえを助けるわけないだろ】

 清乃はそちらには一瞥だけくれてやり、フェリクスを攻撃することに力を注いだ。


「助けろよ! あんたには全力であたしを守る義務があるでしょうが!」

【は。殺されないだけありがたいと思え】

 フェリクスは扉のほうを見ようともしない。まさかこいつ、透視能力で誰が現れるか分かっていたのか。

 それなら先に言え。無駄に怯える清乃を嘲笑いたかったのか。デカいくせに小さい男め。

「味方が現れたからって急にイキってんなよヘタレが!」

【ぁあ? 調子に乗ってんなよ、クソ女あ!】

「ばーかばーか! マザコンブラコンロリコンのくせに不能の変態!」

 扉を開いた姿勢のまま、ユリウスが戸惑っている。

「…………あのう」

「遅いよユリウス! 不能男なんか放っといて帰ろう!」

『えっ……フェリクスどう』

【ちげえよバーカ! 適当言ってんなよバカ女!】

「ああ、ユリウスこいつね、経験豊富です、みたいな顔して全っ然大したことなかったよ。笑っちゃった」

「……キヨ、それどういう意味だ」

 ユリウスが青くなる。言葉のチョイスを間違えたか。まあいい。

「そのまんまの意味だよ。ねえ、フェリクス?」


 清乃は改めて寝台脇の床を覗き込んだ。

 そこには座ることを途中で諦めた、長身を小さく折り曲げて床に転がるフェリクスがいる。裸の肩にシャツをかけただけの姿だ。下は穿いたままだが、寒くないのだろうか。

 まあ彼が風邪を引こうが肺炎になろうが、清乃には関係ないが。

【…………うるせえ。覚えとけよクソ女】

 彼の絞り出したような声は、床で澱んだようにくぐもってよく聞こえなかった。

【どうしたフェリクス。何があった。腹でも壊したのか。怪我してるのか?】

「チャラ男としての人生の岐路にでも立ってるんじゃない?」

「どういうこと」


【……くそっ。女じゃなかったら殺してやれるのに……!】

 二十代の低レベルな言い争いである。普段大人ぶっているふたりもこの程度なのだ。

「できるもんならやってみな! 返り討ちにしてやるよ!」

【上等だ。泣いても知らないからな!】

「今泣いてるのはそっちでしょ。そういやあんた、なんか言ってたね。あたしが強くて、あんたとは正反対、だっけ? その通りみたいだな!」

 高笑い。フェリクスが目を見開くマジ切れ顔を見せてくる。

 チャラ男のこんな顔は初めて見るが、清乃はもう怯んだりしない。


「…………オレ一応、キヨを助けに、って思って来たんだけど」

「ありがとうユリウス。助けてよ。こいつにトドメを刺す方法を一緒に考えて」

「……必要なかったかな」




 清乃は万全を期すために右膝を持ち上げ、フェリクスの脚に載せる形で左脇腹に添わせた。両掌は彼の頬を挟んで。

 フェリクスの両腕は清乃の腰に直接触れている。

 この程度でも充分なはずだ。実験では、もっと少ない接触でも成功している。

 接触面積を、可能な限り増やした。

 他人の精神に感応する能力を持つフェリクスは今、その視界いっぱいに清乃を映して視線を外そうとしない。

 ESP保持者の意識を捉えた。

 

 条件は揃った。


 清乃はフェリクスと視線を交わしながら、その実自分の脳裏に映像を描くことに集中していた。

 強く、強く思い描いた映像を、

 背中から首を反らしながら頭を後ろに倒し、フェリクスの額に力いっぱいぶつけることで、

 彼の頭に流し込んだ。


 あれ? 違うな。

 清乃には自分の頭にあるものを他人に視せる能力などない。

 その能力を持つフェリクスに、強制的に()ませただけだ。



「…………なんだそれ。初めて聞いたぞ」

 ユリウスが理解できないものを見る眼で清乃を見る。


 フェリクスは頭突きによる衝撃に頭を揺らし、そのまま寝台に倒れて身体を丸め痙攣し出した。

 想定したよりも強い打撃を与えてしまったらしい。

 清乃は焦って大丈夫かと声をかけたのだが、殺意の篭った眼で見返されたため、遠慮なく寝台から蹴落としてやった。

 武士の情けで裸の上半身にタンクトップとシャツをかけてやり、彼が回復する前に逃げるかと準備をしようとしたのだ。

 それを見たフェリクスが、ここは現実の世界じゃない、ここに棲むのは人間に見えても人間じゃない、出て行くのはおまえの勝手だが、命の保証はないぞ、と無責任な言葉だけ寄越してきた。

 どういう意味だ、ここはどこなのだとわめいても、後は唸り声しか返ってこなかった。忠告の言葉は余力を振り絞ってしたものだったらしい。

 それで仕方なく、正気に返ったらしい彼の回復を待ってやるかと微睡んでいたのだ。

 そこにユリウスが現れた。

 

「今初めて言ったから。フェリクスからシンクロの話聞いて、いつか絶対やってやろうと思ってたの。ルカスはちゃんと約束を守って、ユリウスにも黙っててくれたんだね」

「……大将戦か。ルカスにも同じことを?」

 床から起き上がらないフェリクスの近くに立ったまま、ユリウスは事態の把握に努めようとしている。

「あの子に恨みはないから、そこまでひどいモノは視せてないよ。ワンピースを着たユリウスの姿だけ」

「……ん?」


 日本ではユリウスに最低限の枚数の服しか用意しなかった。天気が悪く洗濯物が乾かなかった日にレディース服を着せたことがあるのだ。

 友人から誕生日プレゼントにもらったフリーサイズのワンピースだ。

 清乃が着たらぶかっとしたロング丈になるが、ユリウスは膝丈でタイトめに着こなしてくれた。

 可愛かった。まだ居候を始めて間がなかったためか、大して抵抗せずに着てくれたのだ。

 金髪美少女が家に遊びに来てくれたようで楽しかった。いい思い出だ。


「すごく可愛かったから、今でもはっきり思い出せるよ。約束通り写真は撮ってないからいいでしょ」

 清乃の言葉に、ユリウスが落ち込んだ様子を見せた。その場にしゃがみ込んで両手で顔を覆う。

 そこまで落ち込むことないのに。可愛いんだから。

 ルカスは清乃の想像以上にショックを受けたらしく、しばらく呆然としていた。だから腕力に自信がない女のひと押しで、簡単に巨体のバランスを崩してやることができたのだ。


 ルカスには彼女なんていないよ。あいつ小さい頃、ユリウスのこと女の子だと思い込んでたんだ。初恋が男。可哀想な奴だろ。真実を知ってから立ち直るのにだいぶ時間かかったみたい。同年代女子の姿を疑うことなく見ることができるようになったの、ここ二、三年のこと。

 武士チームのメンバーが笑いながら教えてくれた情報から選んだ映像だ。


 可哀想なことをしたかな、と少しは思ったが、歳上の女を揶揄おうとしたのだから、このくらいの仕返しは当然だろう。

 舐めんなよガキども、と少しムキになってしまった。大人げなかったことは認める。反省終わり。


「…………それでキヨ、フェリクスには何を」

『! ユリウスやめろ! 病むぞ』

「昔の中国に、宦官ってい」

「ストップ、キヨ! 分かったもういい!」

 なんだ。喋りたかったのに。

「ルイーザさんのお家で、昔のフェリクスの写真を見せてもらったの。可愛かったよ。可愛い時代のフェリクスを」

「わ――――――! もういい! 訊いたオレが悪かった!」

「そう?」

 残念だ。

【……おまえ写真って。それにあれか、図書室で借りてた中国語の本。だからあんな、見たこともないくせに】

 その通りだ。フェリクスが運んでくれた本の中の、箸休めの一冊。大学で基礎を習っただけだからなんとなくしか読めないのだけれど、挿絵が知識の補完をしてくれた。

「見たことくらいある。弟の姉舐めんなよ」

【セイ……!】

「やっぱり自分の姿だとだいぶダメージ受けるんだね。子どもの頃のでまだ良かったでしょ。日本で脱ぐなって忠告してあげたあたしに感謝しな。あのとき見せてたら、今頃本当に」

「キヨ、本当にそのくらいで。キミの品位に関わるから、それ以上は言わなくていい。フェリクスが回復したらまた土下座させるから」


 下品が過ぎることくらい分かっている。

 だけどお上品な反撃方法なんて、清乃には思いつかなかったのだ。

 圧倒的な力の差がある相手を撃退するには、確実に弱点を突く必要があった。

 フェリクスは魔女に操られていた。眼についた(おの)を手に取り、彼を物理的に傷つけることはできない。

 仮にそれだけの腕力が清乃にあったとしても、うっかり重傷を負わせちゃいました、とは言えない程度には知り合っている相手だ。

「形だけの謝罪なんて必要ないよ。feel free, だったよね? お言葉に甘えさせてもらいました」

【! おまえ今更】

「何が今更だ。まったく反省の色が見えないから仕返ししたんだよ。あたしのせいじゃないって言ったでしょ。あんたは自分がしたことの責任は取るって言った。はい、無罪成立」

サブタイトルについて

清乃的訳:弱点を衝け、敵の想像を超えていけ

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