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会話

「セイ、夕飯の時間までここで身体を動かしていかないか? キヨは疲れてるだろう。部屋で休んでいるといい」

「うん、……誠吾どうする? それでいい?」

 いつもは雑に扱っている弟だが、精神的に弱っているところを放り出すのはさすがに可哀想だ。清乃は一応彼の姉だ。弟から目を離すなと両親から厳命を受けてもいる。

「あああ……うん、いいよ。ユリウスと遊んでく。姉ちゃんこそひとりで部屋帰れんの?」

 正直自信はない。

 城が広すぎて、どこをどう通ってここまで来たか覚えられなかったのだ。

【安心しろ。俺が部屋まで連れてってやる】

【……姉ちゃんをフェリクスさんに近づけるなって親に言われてるんすけど】

【そういう心配は十年後からで充分だ】


 誠吾だけでなく、清乃だってここ三ヶ月でヒアリング力が急上昇している。教育番組や字幕映画を真剣に観て勉強してきたのだ。

 読書の時間を削ってテレビ画面に張り付き、大学の英語講師に発音をチェックしてもらった。迷惑そうな顔をされるようになってからは、英語が得意な同級生にランチ代と引き換えに相手してもらった。

 誠吾がユリウスに特訓してもらったと聞いて、なんでだよ、と思った。そんな時間があったなら先に清乃の特訓をしろ、と言いたい。

 通話料金は全額アッシュデール王家(ユリウス)側負担だったらしいので、あまり文句は言えないが。国際電話をかけまくったら携帯料金はどのくらいになるものなのか。恐ろしくて聞くことはできない。

 同級生に例のイケメン彼氏のとこ遊びに行くの? と訊かれ、彼氏じゃないけど遊びに行く、と答えたら、金髪男子を紹介しろと言われた。

 無理だとは言っておいたが、もし催促されたらフェリクスにボストンから適当なのを紹介してもらえばいい。それよりも本人が立候補しそうだな。


 まあそういうわけだから、日常会話レベルならなんとかこなせるようになったのだ。

 八年間勉強してもモノにならなかった英会話が、必要にかられたら短期間で習得できるのだ。追い詰められたら、人間なんとかなるものだ。これも火事場の馬鹿力の一種か。

 内輪話を暴露する誠吾と子ども扱いするフェリクスのふたりを睨んでから、清乃は早歩きでその場を去った。

 お嬢様風ワンピースでなければもっとどすどすと音を立ててやりたい。


 フェリクスが長い脚をゆったり動かしてついて来た。

【どうしたキヨ、今日は歩き方も可愛らしいな】

【人目があるからです】

【英語も上手くなった】

【ありがとうございます! 勉強しましたから】

 くっくと笑うフェリクスが気軽に頭を触ろうとする。清乃はそれをすい、と避けた。

 一度は黙って撫でられてやったが、しょっちゅうされるのは不愉快だ。ひとつしか歳が違わないくせに、子ども扱いしないでもらいたい。

 フェリクスは空振りした自分の手をズボンのポケットに突っ込んで肩をすくめた。彼はヨーロッパ貴族というよりも、アメリカの若者の印象が強い仕草をする。


【……悪い。やっぱり気にはしてたか】

【それもあるけど。気軽に触らないでください】

【子どもには興味ない】

「それは良かった!」

 わめいた清乃の頭が、フェリクスの大きな手にがし、と掴まれた。

 嘘でしょ、と清乃は一気に身体を緊張させた。血の気が一気に下がっていく。

 そんな彼女の頭の上から、フェリクスの低い声が降ってきた。


 そこはちょうど建物内に入ったところで、ユリウスの視界から外れたばかりだった。

【キヨ、怖がる必要はない。俺たちはちゃんと訓練を受けてる。俺みたいな子どもは、他人の頭を勝手に覗いてはいけないと、魂に刻み込まれるまで外に出ることは許されないんだ】

 普段と違う様子のフェリクスに、清乃はまたたいた。

 真面目に聴いたほうが良さそうだ。


「信じていいの?」

【ああ。今キヨが何を考えているかなんて、顔を見れば分かるけどな】

「何よ」

「フェリクスさんかっけー」

 それは誠吾の真似か。無駄な日本語ばかり覚えるものだ。

「ハズレ。放せ痴漢野郎、だよ」

 ははっと笑う声は、低く響く大人のものだ。ひとつしか違わないくせに、フェリクスは清乃よりもずっと大人に見える。

 やっぱりこの無駄に高い身長のせいか。百八十後半くらいありそうだ。これだけ高ければ、国内でも大きい部類に入るはずだ。

【周りを警戒しながら滞在するのはキツイだろう。後でセイにも教えてやれ。俺の精神感応の発現条件は接触だ。他の連中も同じようなものだと思っていい。触らないと絶対視えないし、触ったとしても予告無しで視ることはしないと誓う。知らない間に覗かれていた、なんてことは絶対にない。俺の敵になるってなら話は別だけどな】


「能力云々以前に気軽に触るなっつってんでしょ。大体敵って何よ。元々あたしはあんたの味方なんかじゃないよ」

 フェリクス相手に英語を使うのも疲れてきた。お互いに言っていることは大体分かるのだから、好きな言語を使ってもいいだろう。

【そういやそうだったな。じゃあ視てやろうかな】

「ご自分のバラバラ死体を視たいならどうぞ」

 清乃がとっておきの笑顔を見せてやったら、フェリクスが無言で半歩離れた。長い脚で、清乃の一歩分。

【……おまえの本棚は知ってる。ユリウスも言ってたぞ。キヨの本棚は混沌としてる、むしろ闇堕ちしてるって】

 夢の詰まった少女漫画から社会派小説に歴史小説、エグい写真やイラスト付きの殺人指南書までを収めた清乃の宝箱の話か。chaosは認めるが、dark sideとは失礼な。

 あの宝箱のおかげで、脳裏にどぎつい場面を思い描くことができるのに。


 先ほどの誠吾に対するパフォーマンスを見て思いついたのだ。

 彼のESPは、強く思っていることを当てることができる。つまりそれって、実際の記憶というより、思い込みなどで歪められた記憶を映像として視るってことじゃないかな、と。

 最近読んだ漫画で似たような話をしていた。あれはSFだったけど。

 それを応用すれば、この物理的精神的に上から物を言ってくるチャラ男に対抗できる。

 彼の反応を見るに、なかなか有効な手段ではあるようだ。


「はん。ビビってんの? 今からもっとすごいコト考えるから待ってろ」

【チビのくせにいい度胸だ。どエロい映像流し込んでやろうか】

 ふたりは向かい合ってジリジリと動き、お互いの隙を探した。が、すぐに馬鹿馬鹿しくなって、同時に試合放棄し再び同じ方向に歩き出した。

 そこは成人して間も無い大人同士の呼吸である。アホなことはやるがすぐやめる。相手がユリウスだったらもっと激しくやり合っていた。誠吾相手は言うに及ばない。

【キヨはエルヴィラのことも怖がらないよな】

「綺麗なおねえさんを好きなのは男だけじゃないんだよ」

【……エルヴィラは初めてキヨに会ったとき、勝手に視ただろう。あいつは】


「知ってる。大丈夫だよ。ユリウスにちゃんと聞いてる。フェリクスは勝手に人の頭の中を視たりしないから安心しろって。そうじゃなきゃ家に泊めたり一緒に飲んだりできるわけないじゃん。エルヴィラ様は人が視られたくない記憶を視ないように、かつ必要な記憶を取り出せるとかなんとか。詳しくは誰にも分からないんでしょ。だけどフェリクスと同じで他人の気持ちをちゃんと尊重できるひとだって言ってた」

 フェリクスは昔から他人の感情に敏感で、能力を使うまでもなく人の顔を読むそうだ。土下座の際のfeel freeも清乃の怒りを受け止め、如何様な処分も甘んじて受け入れます、という決意を表しただけだったらしい。

 確かに彼が清乃の部屋で寝泊まりしていた短い期間、彼が知り得ないことを知っていたとかいうことは一度もなかった。清乃が彼に近づかないよう努力していたため、接触の機会がなかったのもある。

 ユリウスの言葉と自分で観察した結果を信じて、清乃は精神感応に対しての忌避感はなるべく持たないよう努めた。態度が悪かったのは、チャラ男を拒否していただけだ。

 でもやっぱり、先ほどの頭鷲掴みには肝が冷えた。

 清乃はユリウスが言うことを信じようと思っただけだ。フェリクスのことを深く知っているわけではない。彼との間に、そこまでの信頼関係はない。


【……そうか】

「やっぱりちゃんとシリアスな面もあるんだね。安心したよ。物語では暗い幼少期を送るってのが定番だから不思議ではあった」

【暗い幼少期はちゃんとあるぞ。生まれてから何年かは能力の強い乳母とエルヴィラとしか接触を許されなかった。親に抱かれた記憶はない】

「それでユリウスが生まれて、お世話係に任命されたって話でしょ。聞いた聞いた」

【なんでも知ってるのな】

「ユリウスが喋るんだもん。フェリクスのこと嫌わないでやってくれって。赤ちゃんの頭なんて覗いたってわけわかんないだろうし、分かったらむしろ要求が伝わってラッキー、くらいでしょ。だから赤ちゃんの頃からフェリクスとずっと一緒で、彼がなんでもやってくれた、大事なお兄ちゃんなんだ、だってさ。これは孤独な少年フェリクスが天使に癒されてメロメロになったって話なんだろうなと思ってたよ」

【……あれだな。シリアスにならないのはおまえのせいだ、多分】

「なんでよ」

【重い話をしようと思ったのに、軽く流すな】

「だって事前に聞いてたんだもん。ユリウスは大好きなお兄ちゃんの弁護をしようと必死だったよ」

【……へえ】

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