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作戦

 小屋に残った八人をピックアップして、そこで運転手はお役御免になるはずだった。

 清乃が運転、助手席に誠吾、護衛役に三人ほど荷台に乗って、残りの五人は徒歩で城へ帰る。

 そのつもりだったのに、肝心の清乃がいない。

 彼女は小屋に残ったよ、と聞いたユリウスは驚き走った。

 小屋はがらんとしていた。

 外は土砂降り、サイズの合わない誠吾の靴を履いた清乃が、そう遠くまで歩けるはずがない。

 なのに彼女の姿は、小さな小屋の中にもその周辺にも、どこにも見当たらなかった。


 卒業までは運転免許を取得する暇がない少年たちは、仕方なく怪我人に運転を続行させるしかなかった。

 そこで発覚した事実がある。

 いかつい大人たちは、秘密裡に清乃を助け出しに来た味方だったのだ。



 清乃と少年たちが城を抜け出した前後、城内の他の場所でも混乱があった。

 茫洋とした表情で城を徘徊する者の目撃情報が相次ぎ、警備担当はオフの者まで叩き起こされ対応に奔走した。

 パーティーの参加者はあらかた帰っていたのが、不幸中の幸いだった。

 ロンがカタリナに城を出ると報告し、それを受けた彼女は城内の警備員を一ヶ所に集めるよう上司に進言した。彼女が危惧したとおり、中にはミイラになっているミイラ取りもいた。

 彼らに後を追われたら、まだ未熟な騎士たちに勝ち目はない。強い者は外に出さない。

 城内にいるのは、城を職場とする者と、国内貴族のみ。


 魔女の亡霊が暴走している。

 狙いは異国の少女。歳若い彼女を魔女の犠牲者にしてはならない。

 様子のおかしい者を見たら、正気に返してやれ。

 精神を強く保て。己を支配させるな。


 そう報せるだけで、混乱は収まる。それだけで、みなが事態を把握する。

 それが、アッシュデールという国なのだ。


 現代にまで残る身分制度。

 彼ら貴族の体に流れているのは、高貴な血(ブルーブラッド)などではない。

 魔女の血だ。

 魔女の血と同時に、伝説の騎士の血を継いでいるのだと、誇りと自覚を持つよう育てられたのがアッシュデールの貴族階級の人間だ。

 彼らにとっての高貴なる者の義務(ノブレスオブリージュ)は、魔女の血統をこれ以上拡げないこと。

 人類が、過去に生きていた亡霊に支配されることのないよう、その暴走を止めること。


 下級貴族の身分は流動的なものだ。

 貴族の家に三代続けて能力者が生まれなければ、爵位を返上する。その血の呪縛から解放される。市井に生まれた能力者は、既存の貴族の家に入るか、もしくは新たな貴族の名を戴く。

 市井の者が貴族の家に縁付くと、諸手を挙げて歓迎される。逆に貴族の家に生まれた者は市井の家に入ることは許されず、相手に貴族の家の名を名乗ってもらうしか結婚する方法がない。

 その血に縛られ生きる、アッシュデール貴族。


 彼らの頂点に立ち先導するのが、エヴァンス王家だ。

 魔女の血を拡げないため、魔女の血を濃く残すための婚姻を繰り返してきた、矛盾する存在。

 魔女と闘うためには魔女の血が必要だ。

 最後の魔女になるのは自分たちでなければならないと、下級貴族とは逆に強い能力者の血を迎え入れ続けてきた。

 事情を知らない異国の娘に気味悪がられようと、彼らは一枚岩である必要があるのだ。

 王を父と仰ぎ、王妃を母と慕い、巨大なひとつの家族として、血に課せられた使命を忘れず生きる人間を育てる義務を、彼らは自らに課している。



 兵役に付き、精神支配に対抗する訓練を受けている者でチームを作り、清乃を保護するために少年たちの跡を追わせた。

 そのときには全員、居場所を特定されることを恐れて携帯の電源を切っていたため、連絡ができなくなっていた。

 テレパシーを可能とする能力を持つ人物、フェリクスもルカスも不在。肝心なときに役に立たない超能力者。

 連携が取れなかったため、同士討ちをしてしまったということだ。


 なんて馬鹿馬鹿しい、と誠吾は思った。

 アレはなんのための小芝居だったんだ。

 ユリウスから逃げるためだけなら、あんなことする必要はなかったはずだ。

 あんた夏場はいっつもパンイチ(その格好)じゃん、じゃねえんだよ。馬鹿姉貴。

 肩細い、オッケー女役いける、って太鼓判押された思春期男子の悔しさがおまえに分かるか。未成年に無駄な傷負わせやがってチクショウ。




【ふざっけんなよ、あの女!】

 ユリウスが罵る言葉を使うのは珍しい。

 仕方ない。彼はそれだけ腹を立てているのだ。

【…………なあ、ユリウス。一応訊いてもいいか】

【オレにだけ答えろって? ずいぶん勝手な姉弟だな!】

 キレてるキレてる。

 気持ちは分かるが、誠吾には確認する義務と権利がある。

【昨夜の話だ。姉ちゃんと、ほんとに何もなかったのか?】

【…………っ】

 ユリウスが言葉に詰まった。


 知りたくなかったな、と思いながら、誠吾は指摘してやった。

【やっぱ、ソレが理由じゃないのか】



 清乃が少年たち全員に提案した作戦は、低いリスクで勝負に勝つことができそうに思えた。

 まずは勝利とは何かの再確認。

 魔女の亡霊の思惑を阻止する。魔女の血脈を国外に拡げない。

 すなわち、清乃が無事日本に帰ること。


 魔女に操られた大人に、魔女の望みが叶ったと見せかける。

 あたしは遠慮しとくから、誠吾。姉のために大人になれ。じゃねえ。

 至近距離で美少年に脱がれたときの男子高生の気持ちを考えろ。地獄を見た。マジで地獄だった。

 小屋前を守る振りは最低限でいい。戦力を後ろに集中させ、敵をひとりかふたりかだけでも確実に潰しておく。

 味方が怪我をしないのが第一。不意を衝く戦闘は短時間。

 大人が体勢を立て直す前に、奇襲に参加するだけの戦闘能力がない清乃がタイミングを見極め終了の合図を出す。

 その後、油断した残りの大人をバラバラにして各個撃破。

 車を奪って、清乃と誠吾はそのまま隣国へ。清乃が国外に出さえすれば、天候は回復して飛行機も飛ぶはずだ。

 パスポート等の荷物は後から届ければいい。


 そういう作戦だったはずだ。とユリウスは言っている。



【あなたたちは今、ユリウスでも陛下でもなく、あたしの言うことを聞く騎士。信じていいのね?】

 ユリウスたちが外で見張りをしている間、清乃は誠吾たちに頼み事をした。

【あたしは今、ユリウスとルカスを信用しきれない。作戦の最後、ふたりには黙って隠れていたいの。みんなでお城に帰ったら、エルヴィラ様にお伝えして。魔女の力が戻ったら、迎えに来てくださいって】

 そう言って、清乃は戸惑うロンの肩を叩いた。

【あなたたちは、紅い竜の子孫なんでしょう。信じてるよ、ドラゴン。ルカスなら遠隔視で探したりできるのかな。彼、ユリウスに一番忠実っぽいから、やれと言われたらやりそうだよね。でもあれ、集中しなきゃできないんでしょ。彼に張り付いて、能力を使いそうな気配がしたら邪魔してやって】



【……ユリウスやっぱり、昨夜】

 時間はあったのだ。

 誠吾が見たとき、ふたりの間にそんな空気はなかった。

 だが、空白の時間が長過ぎた。誠吾たちが到着する前に何があったかなんて、ふたりにしか分からない。

【……な、にも、してない】

 動揺している。

 先ほどまでの怒りはどこかへ消え去り、気まずい顔で目を逸らすのは、そこら辺の少年と変わらない未熟者だ。


【……え、つまりこれ痴話喧嘩ってこと?】

【違うだろ。キヨの状態をいいことに、好き勝手して嫌われたんだろ】

【最後までやらなきゃいいんだろ、って考えて? それはユリウスが悪】

【何もしてない!】

 仲間の聞こえよがしなヒソヒソ話に、ユリウスが吼えた。


【白状しろ。俺は弟だ。知っておく義務がある】

 誠吾はその場の全員に伝わるようにと、あえて日本語を使わなかった。

【白状って言われても】

【姉ちゃんが逃げた理由は俺も聞いてないんだ。そこで俺は考えた。実は昨夜、やることやった後で偽装工作したんじゃないか? で、なんとしても帰国したい姉ちゃんは、唯一事実を知ってるユリウスから逃げることにした。どうだ、当たりか】

 誠吾は探偵ごっこを続けた。

 推理ショーというにはその内容は下世話の極みもいいとこだが、誠吾の将来もかかった大切な話だ。確信という名の保証が欲しい。


 気づいてしまったのだ。万一清乃が妊娠、日本で出産、などということになったら、誠吾の人生は詰む。

 大学に通いながらシングルマザーをやるのは難しいだろう。

 姉が大学を中退し、実家に帰ってくる。両親は高三の息子の受験どころではなくなる。大学進学費用は甥だか姪だかの養育費に消え、誠吾は高卒で地元企業に就職。

 そしてだんだん肉体的経済的体力が衰えてくる両親に代わって、誠吾が幼い子の父親役をやるようになるのだ。

 冗談じゃない!

 魔女の血がどうとか、問題が顕在化するのは多分誠吾の死後の話だ。それよりも目の前に差し迫った現実のほうが恐ろしい。

(俺だって彼女欲しいし、そのうち奥さんも欲しいし、自分の子も欲しい!)

 夢が全部パーになる。

 ハーフの甥だか姪だかが独り立ちする頃には、誠吾はすでにアラフォーだ。手遅れだ。

 四十歳の人に殴られそうなことを考えた。

 でもだって、四十歳って。父が四十歳のときなんて、ほんの八年前だ。八年前の父が独身だったとしても、彼女ができたとは到底思えない。それはきっと、四十歳の誠吾にも無理だということを意味する。


 つまり。

 姉がシングルマザーになる、イコール、誠吾は一生独り身ということだ!

 アホな発言をするたびに姉に社会の厳しさを語って聞かされ育った誠吾は、妙に現実的な面を持っていた。

 ていうか今気づいたけど、奴も社会の厳しさなんか知らなくないか?

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