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兵者詭道也

兵は詭道なり

【え? なんで?】


 話を聞いた国王の顔が固まった。

 この場面二回目だな、と誠吾は無言のまま考えた。

【分からん。キヨに訊いてくれ】

 フェリクスは投げやりな態度で国王に答えた。

 この台詞を聞くのも二度目だ。


 フェリクスは電話で迎えを呼び、手ブラで帰城した。小屋に向かう際に用意した車も念のための食料も水も、すべて清乃が持って行ったのだ。

 彼女は逃亡を続ける用意ができたというわけだ。

【セイ。キヨは何者なんだ。訓練を受けている人間を何故こうも簡単に出し抜ける】

 そんなことを誠吾に訊かれても困る。

 そちらが間抜けなだけでは、と言うわけにはいかないではないか。


【ただの大学生です。貧相なチビに見えるかもだけど、頭も体も弱いわけじゃない、普通の二十歳】

 侮ってかかるから、素人の清乃に付け入る隙を見つけられるのだ。

 彼らは清乃を保護しようとしている。

 だが今の彼女は、それを求めていない。彼らの存在を敵と位置付け、逃げようとしている。

 保護でなく捕獲と認識を改めれば、簡単に捕まえられたはずだ。

【弱々しく見せかけて、反撃の機会を狙う。キヨの常套手段だ】

 知ってんじゃん、ユリウス。

 知っているくせに、問答無用で清乃を守るため、と囲い込もうとするからこうなるのだ。


【小屋にいたキヨはいつもより大人しかった。ちんまり座って両手でチョコ持って、こいつ衰弱した小動物みたいだな、昨夜のことがよっぽどショックで混乱して逃げちまったんだろうなあって、俺でも可哀想に思ったよ。で、泣きそうなカオして忘れ物しちゃった、とか言うから、車で待ってろって言ったんだ。自分で取りに行け、って言ってよかったのか、あれ?】

 多分それ、演技とかじゃなく、ほぼ素だ。

 誠吾は無言のまま想像してみる。

 清乃はユリウスから隠れるために暴風雨のなか屋外に出た。

 短時間とはいえ、体を鍛える習慣のない彼女には辛かっただろう。独りでべそべそ泣いていたかもしれない。

 そうやって弱っているところに、フェリクスがやって来た。

 弱っている清乃は、弱ったままの姿を彼に見せながら、こう考えたはずだ。

(車ゲット!)

 あとはあれだな。

 (へい)詭道(きどう)なり。

 (ケンカ)は騙し合い、とか言ってたっけ。

 つくづく日本の女子大生の思考じゃねえ。


【忘れ物というのは?】

 それは自分も引っ掛かりそう、とげんなりしたダヴィドがフェリクスに問う。

 彼はユルめな若者たちと粘り強く会話を続け、解決の糸口を探した。

【テーブルに大事な紙を置いてきたって。見たら日本語のメモが。セイ、これ】

 ずいぶん雑に崩した字だ。小学校を卒業するまで習字教室に通っていた清乃らしくない。

 活字であればある程度読めるユリウスも、これは読めなかったのだろう。

 確実に誠吾の手に渡るようにしたかったのかと考えようとしてみたが、大した内容ではなかった。

【……お母さんに電話しといて、って書いてあります】

 やべ。そういえば明日帰国する予定だった。

 誠吾が慌てて時計を見ると、午後四時を過ぎたところだった。日本は深夜、両親はもう寝ているはずだ。今夜寝る前にでも電話すればいいか。


 メールじゃなくて電話か。父は最近、遅ればせながら携帯メールの送受信方法を覚えたのだが、離れて暮らす姉は知らないのだったか。

 まあいい。命令通り母に電話しておこう。

 悪天候のため飛行機が飛びません、帰国予定日を延期します。とでも言っておくか。

 大丈夫。嘘ではない。

 なんか姉ちゃんがユーレイみたいな奴に追われて逃げてるから帰れない。でも心配するな、俺が守るキリッ。

 とかやったら、ふざけてないでお姉ちゃんに代わりなさい、と怒られるんだろうな。言えない。

 本来であればすぐにでも親に報告相談すべき案件とは思うが、なんと言ったら信じてもらえるのか分からない。

 かーちゃん助けてえと泣いて助かるならすぐにでも泣いてやってもいいが、さすがの母も飛行機が飛ばなければ日本大使館もない国にいる子どもを助けることはできまい。

 大丈夫。親に言えないことが増えるたび、人は大人になるんだって誰かが言ってた。

 そして清乃は、自分で助けを求める相手をちゃんと指名している。

 エルヴィラにはもう、清乃の伝言を伝えてある。

 美しい魔女は、分かったよ、あとは任せて、と言ってくれている。


【普通の伝言……!】

【そうっすね。夜になったら電話しときます】

【小屋を出る前キヨが服を着直したいって言うから、着替えを貸してやって外で待ってたんだ。濡れてワイシャツが透けるのが嫌なのかと思って。そのときに書いて置いておいたんだろ。あれ、おまえがスケスケでもハダカでも俺は気にしないって言って担いで帰ればよかったのか?】

 子どもの武器だけじゃなく、女の武器まで使えるようになったのか。姉ちゃんも成長してんだな、と誠吾は感心した。

【……フェリクスに非がないことは分かった】


 ダヴィドが哀れに見えてきた。

 頑張れおっさん。頑張れ王様。

 五十代のダヴィドからすれば、二十歳なんてまだ子どもにしか見えないだろう。しかもその子どもは外国からやって来た息子の友人だ。

 国王として父親として、いち大人として、彼には清乃を保護する義務がある。

 その義務感に偽りは混ざらない。

 何故逃げる、と彼が思うのも当然だ。

 異国の小娘ひとりがどうなろうとうちには関係ない、としない国王は、多分人道的な為政者だ。


 ユリウスは清乃を安全な場所に保護するのが最善と考えた。自分が彼女の守護者でありたいと願い、そうなるべく行動した。

 恋は盲目、とは思わない。多分彼の行動は間違っていない。彼はきっと、相手が清乃でなくとも同じように弱者の保護に駆け回ったはずだ。

【……彼女は、我々を敵だと思っているのか?】

 違うのかよ、の言葉ももちろん誠吾は呑み込んだ。

 ダヴィドは多分、清乃と誠吾が異変に気づくよりもっと前に、事態に気づいていた。カタリナは注意してくれてはいたが、何も教えてくれなかった。


 彼らにはまだ他にも隠していることがある。

 彼らが良しとすることが、清乃と誠吾にとっても良いことだという保証はない。彼らとは、住む世界が違うのだ。

 だから清乃は自分の頭で考え、自分にとっての最善を導き出すために身を隠した。

 敵ではない、イコール、絶対的な味方とは限らない。

 当たり前だ。

 国ひとつ背負い人類の未来を考える男と、自分の身の心配だけしていればいい小娘と、利害が完全に一致するわけがないのだ。

 そして誠吾には、身内として清乃の味方をする義務がある。


【姉には、あなた方に敵対する意思はありません。ただ無事に日本に帰りたいだけです。そのために一時的に姿を消す必要があると考えた。例えそれが見当違いな行動だったとしても、問題なんてないでしょう。アレでも大人なんだから、放っておいてください】

 ダヴィドの顔が一瞬剣呑なものになった。そしてすぐ、笑顔をつくって誠吾を見下ろした。

 誠吾は気合いを入れて無表情を心掛けたが、ビビったことは多分バレている。

【……キヨは、可愛い弟を敵陣に置いておいても平気なのかな】

 まったくだ! それは誠吾も声を大にして言いたい。

【……姉は、日本にフェリクスさんの写真とメールのデータがある、と言っていました】

【……ん?】


 ダヴィドの笑顔が固まる。

 すげえ。効いてるよ姉ちゃん。

【だからセクハラメールはヤメロって言っただろ!】

 ユリウスは脅迫の意味するところを正しく理解し、フェリクスに詰め寄った。

【キヨの返信が面白いからつい。見るか?】

【……キヨ、マスコミに流すためにデータを保存してるって本気のトーンで言ってた】

 ユリウスが顔を覆って暗い声で呟く。

【先輩の彼氏がマスコミ系だから、効果的な流し方を相談に乗ってもらうって、姉ちゃんが】

【ずいぶん具体的なところまでタレコミ準備が進んでいるんだな! フェリクスは何をしているんだ!】

【ごめんなさい】

【謝るならキヨに謝れ。余所のお嬢さんにとんでもないことをするな】


 まともだ。

 ダヴィドの言うことはまともすぎて、一般家庭の父親のようだ。

 アッシュデールの王様は、美形でちょい悪オヤジな普通のひと。

【あのう。俺もういいですか。なんかあったら走って逃げろって言われてるんで、今のうちになるべく休んどきたいんですけど】

【足速いもんなあ、君】

「っす」

 誠吾は長距離もそこそこいけるが、短距離走のタイムは陸上部並みだ。何故剣道部、とよく言われる。

【逃げる宣言しちゃうんだ】

【逃げます。車の運転はできないけど、その代わり森でも路地裏でも塀の上でも、どこまででも走れます。ルカスたちが手伝ってくれるって言ってるし】

 彼らは今、誠吾に用意された部屋にいる。

 キヨの部屋に勝手に入るわけにはいかない、と言って、続き部屋の扉の向こうには行こうとせず、ひと部屋でぎゅう詰めになっているのだ。

 逃げるなら視界が悪い今のような天気を狙う。PK保持者の眼に捕まらない夜がベスト。


【……ああもういいや。セイまで居なくならないでくれよ。キヨはエルヴィラの準備ができたら迎えに行く。それでいいんだね。おじさんにはもうどうしようもないよ】

【父さん!】

【この雨だ。氾濫する川も出てくるだろう。災害派遣のついでに、キヨを指名手配しろ。発見したら小さな女の子に接するように優しく、魔女に対峙するように油断せず、細心の注意を払って確実に身柄を確保しろと通達するんだ】

 ずっと無言で立っていた側近的なおじさんが真面目腐った顔で返事をして、国王の命令を伝達しに行った。

「セイ、一応言っておくが、笑い事じゃないんだからな」

「ああ。姉ちゃんそんなに運転上手いわけじゃないから、この雨で事故らないか心配」

「それもだけど」

「ユリウス」

 誠吾は苛々する王子様を促して、自分に当てがわれた部屋に帰った。

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