四日目朝
【え? なんで?】
話を聞いた国王の顔が固まった。
誠吾は居た堪れなくなって俯いた。
【知らない。分からない。キヨに訊け】
【えー……】
美中年ダヴィドが額を押さえて考え込む。
【あのう、姉のことは放っておいていただければ。ああ見えてもう二十歳にはなってるので、二、三日ひとりにしても死にはしません】
【そう言われてもな。もしかしてキヨはサバイバルの達人だったりするのかい?】
【そんなわけあるか。彼女はナマケモノだぞ。必要にかられない限り家から出ないどころか動かないひとだ】
ひどいことを言われている。当たっているけど。
ユリウスは清乃の生態を知ってもなお、彼女を好きだと言っているのか。謎な男だ。
【小屋に居なかったのなら、外に出たということだろう。あの森はこんな雨の中、女性がひとりで歩けるものじゃないぞ。すぐに捜索隊を出さないと】
【だからオレはそう言ってるのに、こいつらが!】
苛立つユリウスが、親に言い付ける子どものように友人たちを指し示す。
国王に離反行為を告げ口された少年たちは、内心はどうあれ素知らぬ振りでその場に立っていた。
その表情を見たダヴィドは、やだなあと言いながら、まずルカスに視線を合わせた。
【ルカス、君ならキヨの居場所を探れるかな。彼女の部屋から何か拝借して】
遠隔視とやらか。ESPを使えと国王が命じているのだ。
この国の多くの人が保持する超能力は、それほど万能のものではないらしい。
PKは武装集団には勝てないし、ESPで近しい人間以外の居場所を探るのは簡単なことではない。
それらを可能とするのは魔女くらいのものなのだ。その魔女は現在不調に陥っている。
【探れません】
うわ、ルカスあっさり逆らった。王様ってこんなもの?
【えー。なんで? 君もキヨが心配だろう?】
ノリが軽いからかな。だから簡単に逆らわれるのか。
【陛下は俺たちにキヨの騎士になれとおっしゃいました。彼女が探すなと言っていたそうです。俺は陛下の命令を守るため、キヨの言葉に従います】
横に後ろに並んだ少年たちが、自分も同じだと手を挙げる。
【キヨは追い詰められても、俺たちに自分の身を一番に考えろと言ってくれた。あんなに小さい女の子が】
【おれちょっと感動した。キヨはあんなに小さいのに】
【鬼軍曹に殴られたときは死んだかと思ったけど、ケロっとしてたな。あれは小さい子の度胸じゃないぞ】
【……みんな最後の言いたいだけだろ】
姉を褒められて喜ぶべき場面なのだろうが、誠吾は微妙な顔になった。日本に帰ればちょっと小さめ、程度の姉弟が、ここにいたらやたらとイジられる。
【俺はキヨの弟子になるって決めたんだ。キヨに師事してソンシを学ぶ】
【ロン、おまえ実は頭悪いだろ。姉ちゃんのあれ、本読んでなんとなく言ってるだけだからな】
【でも実際、全部キヨの作戦通りになった。彼女は軍師であると同時にブシだ。指揮を執るだけじゃなく、おれたちと一緒に自分も身体を張った。おれは彼女を尊敬するぞ。キヨが言うことに間違いはない。おれたちは、キヨの命令に従う】
【へえぇ……】
そうはいっても、清乃は自分の無力を自覚している。小屋内にいた誠吾は実際のところは見ていないが、一番安全な場所からタイミングを計る役を請け負っただけのはずだ。
彼女がしたことは、奇襲開始と退却の合図を出したこと。そしてゴリラもどきに殴るというより軽く振り払われ、吹っ飛んだこと。
そこまで称えられるようなことしてるか?
誠吾は姉が見た目よりも好戦的な性格をしていることを知っている。
彼らは清乃のことを、異国の小さな女の子、だと思っていたから、ギャップに驚き必要以上の評価をしている。そういうことか。
それとも、これがロンが言っていた騎士の生き様なのだろうか。
だとしたら、騎士って割りと頭の悪い生き物だ。親近感を覚えてしまうではないか。
これすらも全部、清乃の作戦のうちだったのだろうか。
最小限の犠牲で、味方からの信頼を得る。
彼女は普段平和主義を謳ってはいるが、弟と殴り合いの喧嘩をして育った女だ。
加減した力で一発殴られたくらい、なんとも思っていないはずだ。いってえな、程度。
これだけで味方を手に入れられるなら安いものだと、そう思っての作戦だったのか。
【オレもう王子やめる。みんなキヨに仕えればいいだろ】
ユリウスが嫌になるのも当然だ。気持ちは痛いほど分かる。
【拗ねるな王子様。デカいの七人も押し付けられても、杉田家では養えないぞ。こいつら賭けに負けた上に、王様に命令されただけだろ】
【……これだから男子校育ちは】
カタリナが吐き捨てるように言った言葉に、ユリウスをはじめとする少年たちが嫌な顔をした。
【えっおまえらそういう理由? 俺共学で良かった! 毎日女子見てるから、変な女は変だって分かるぞ】
【怖い女は分からないくせに!】
【それくらい分かる。怖くても美人は美人だと思うだけだ】
誠吾だってカタリナもエルヴィラも怖いと思うが、美女だという事実に変わりはないのだ。
【言っとくがオスカーは違うぞ。男子校育ちだけど、第二のフェリクス様だ】
門限破り常習犯ってそういうことか。羨ましい。どこにでもいるんだな、そういうやつ。
ジョージの言葉を否定することなく、オスカーが頷く。
【キヨは小さくて可愛い、優しい、強い。俺も好き。ユリウスが振られたなら別にいいだろ】
【いいわけあるか! 王子の横から入ってくるな。キヨはオレのだ】
ちげえだろ、とツッコむのも面倒だ。
俺もう席外していいかな、と誠吾は思った。
外は夜が明けたのに太陽が見えない。雨足が更に強まり、暗くなくなったのに視界が悪い。
清乃は大丈夫だろうか。
大雨や雷の音にきゃっとなるような奴ではないが、それでもちゃんとした建物でないところに独りでいるのは心細いはずだ。
運動神経が鈍いから、下手に動いて怪我でもしていなければいいが。
だってそんなになったら、俺がおぶって帰らなきゃじゃん。俺やだよ。自分の足で歩けよ、大人だろ。
【あっ身分を振りかざした】
【ださっ】
【かっこわる。だからフラれるんだろ】
緊張状態に飽きた少年たちがじゃれ始めた。
【そういやそのオスカーの師匠は今どうしてんの?】
誠吾がフェリクスの姿を最後に見たのは、パーティー会場だ。彼はこの騒動に当たって、王子としてなんの役割も振られていないのか。
王太子も、魔女としての能力の調子が悪いエルヴィラも奔走したと聞いているが、フェリクスの名は一度も出ていない。
【……あのおと、フェリクス殿下がパーティーの終盤に行方知れずになるのは毎回のことですから】
カタリナ、あの男って言いかけた。わざとか。わざとなんだろうな。
【さすがっすね】
女性とどこかに消えたということだ。城内にいたとしても、ふたりで個室にこもっていたなら騒ぎに気づかない可能性は充分にある。
着信もメールも完全無視。ある意味礼儀正しい。だからモテるのか。覚えておこう。
誠吾は、そろそろ濡れた襦袢を脱いでしまいたいな、と思った。シャワーを浴びて乾いた服を着て寝るのだ。
清乃は今頃、まだ濡れたままでいるのだろうか。
(俺はそんなことは気にしないぞ。フツーに汚れ落としてキレイなベッドで寝る)
試合前には何がなんでも喰って寝る。それができる奴が勝つのだ。
誠吾は清乃の弟だ。
彼女に泣けと言われれば泣き、来いと言われたら一瞬で駆けつけなければならない。そのときのために、今は備える。
姉に従順でなければ、厳しい世の中を生き抜けない。それが弟という生き物だ。
【陛下、カタリナ、姉がご迷惑をおかけします。でも多分ちゃんと無事なのでご心配なく。エルヴィラ様にもよろしくお伝えください。俺もう休ませてもらいますんで】
清乃の試合はまだ終わっていない。
だから彼女は身を隠した。
満月が姿を隠したからといって、気を抜くにはまだ早い。
ならば、サポーターの誠吾が今すべきことは、次の試合開始までに食べることと休むことだ。
この場合は試合というよりあれか。家に帰るまでが遠足です、だ。小学校で毎年言われたやつ。改めて考えてみれば深い教えだ。
誠吾はこの誰が敵で味方なのか判然としないクソみたいなバトルロワイヤルもどきの参加者の中で一番歳下、十七年分の知識と経験しか持っていない。その少ない武器を総動員して、姉とふたりで勝利を掴み取るのだ。
何が魔女だ。何が騎士だ。
世界最強は武士だと、大昔から決まっている。