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三日目夜

「なんか雨降りそうじゃないか? 天気予報どうなってた?」

 誠吾の言葉に、そういえば空気が湿り気を帯びている、と清乃も空を見上げた。

 忌々しい満月はそのままの姿を見せているが、その周りは雲の占める割合が大きい。

「予報ではしばらく雨は降らないはずだったんだけどな。我が国の亡霊って、ちょっとイカれてるから」

 ユリウスが溜め息混じりに愚痴っぽい言い方をする。

「本で読んだことあるよ。天候を操るとされた魔女も存在したって。でもそれは、単に天気を読むのが上手かっただけだって書いてあった」

「姉ちゃんマジで普段何読んでんの?」

「魔女の来し方」

「何それ」


 その昔、魔女狩りによる迫害を受けた女性のほとんどは、賢き人と呼ばれる存在だった。

 祖母から母へ、母から娘へ伝えられる豊富な知識で人々を助ける、尊敬されるべき存在だったのだ。

 受け継がれた薬草の知識で病気や怪我を癒やし、空の動きを読んで人々に必要な注意を促した。

 その知識を理解できない愚か者が彼女たちを魔女と断じた。妖しい魔術で人間を病ませ、預言者を自称して民衆を惑わす背教者であるとして迫害したのだ。

「ほとんどはそうだったんだろうな。でも、中にはそうじゃない、魔法を使う魔女もいた。それがうちのご先祖さま」

「でも。だって、天気なんてどうやって」

 雨雲を発生させるには上昇気流が必要だ。上昇気流をつくるには、風を呼ばなくてはならない。風を呼ぶためには、気圧を下げる必要がある。

 どうやって。

「キヨはエルヴィラがどうやって魔法を使っているか、分かる?」

「……分かんないけど」

「オレにも分からない。魔女のすることは、魔女じゃない者には分からないんだよ。そういうものだと、受け入れるしかないんだ」


 空に雲を呼び、雨を降らせる術を持つ魔女が過去に存在していた。

 その魔女が現代でも滅ぶことなく、望みを叶えるために力を振るう。

 目的は清乃の足留めか。

 彼女をアッシュデールに留め置き、魔女の子を孕むまで日本に帰さないつもりなのだ。

「……飛行機が飛べないくらいの、警報レベルの雨になるってこと? あの小屋に居て大丈夫なの?」

「さあ?」

 ユリウスが諦め顔になる。珍しいな。投げやりな態度。

 朝になっても小屋から出られないのか。いつまで留め置かれる。目的、が達成されるまでか。

「……馬鹿馬鹿しい」

 誠吾の背中におぶさったまま清乃が吐き捨てると、弟も同感だとうなずく。

 あと四時間。それだけの時間を何事もなく過ごすことができれば、それで終わる。

 だがその四時間の間に大雨が降れば、全員があの狭い小屋から出られなくなるのか。


「なあ、思ったんだけどさ。ユリウスが姉ちゃんから離れたところに隠れとく、ってのは駄目なのか? おまえが姉ちゃんから離れてりゃ解決する気がするんだけど」

「それで済めばいいけどね。多分逆なんだ。今この国で、キヨにとって安全な男はセイだけだ。もうひとりキヨを守れる男がいるとしたら、多分それはオレだ」

 アッシュデール側の人間で唯一、ユリウスだけ。

 やはり彼は魔女に操られないのか。

 それは何故だ。


「……この国全員が魔女の子、か」

「そういうことだ。可能性の話だけどね。オレは多分、手っ取り早いからって目を付けられただけだ。キヨが捕まれば、そのまま病院に担ぎ込まれるんじゃないかな。受精卵を胎に入れるのが確実だろ。そのあとでキヨを無自覚のまま日本に帰す。キヨもセイも、そうやって生まれてきた子を殺すことなんてできないだろ?」

 ユリウスは誰の話をしている。本当に清乃の身に、そんなことが起こるのか?

 そうやって生まれた子、とは清乃が産む子のことか。父親どころか母親が誰かも分からない受精卵をこの体内に入れる?

 清乃に日本で白い膚の子どもを産んで育てろと、魔女がそう言っているのか。

 そんな子、育てられるわけがない。


 だけど万一、考えたくないけれど実際にそんな子を産むことになったら。

 清乃に子どもを殺すことなんてできない。泣いている赤ちゃんを無視することも、多分できない。

 その子をアッシュデールに押し付けることはできないのか。

 それを、魔女の妨害なしにすることは可能だろうか。魔女はどれほどの力を持っているのだろう。

 仕方なくミルクを飲ませ、世話をしているうちに子どもは大きくなっていく。清乃をママと呼び成長した子が、日本で結婚して子どもを望んだとき、反対することなんてできない。

 そうやって、魔女は異国に血脈を拡げようとしているのだ。


 麻酔をかけられて、目を覚ましたときには妊婦になってました、なんて冗談じゃない。

 処女懐胎なんて、魔女が最も嫌うべき話じゃないのか。

 できるものならやってみろ。

 そんなことになったら、清乃はその子を魔女狩りのスペシャリストとして育ててやる。いいか、絶対だ。古い魔女の亡霊と戦うエクソシストにしてやるんだ。

 清乃は悪魔祓いの修行を積む子の隣で、首を百八十度回す練習でもして過ごそう。

「…………姉ちゃん、なんか怖いこと考えてないか」

「どうした、あんたもエスパーだったの? 首をぐるぐる回す練習ってどうやるんだろうって考えてたとこだよ」

「なぜ」

「芸は身を助くっていうでしょ」

「現実逃避するのはもう少し待て。孫子のことでも考えてるほうがまだ生産的だ」

 現実逃避くらい許せ。

「あたし自分が出演するなら、ファンタジーやホラーなんかより時代劇のほうがまだいいよ。誠吾は悪を斬って斬って斬りまくる仕置人やんなさいよ。あたしは仕置人の元締めね。表の顔は貸本屋でいいや」

「いいな、仕置人。袴もいいけど、敢えて着流しでいくか。姉ちゃんは表の仕事サボって商売道具読み耽ってる姿しか想像できねえけどな」


「ふたりの会話が分からない。日本語難しい」

 語学に強いユリウスも、さすがに時代劇まではカバーしていないらしい。

「これから雨が降っても、小屋で朝が来るのを待つっていう方針でいくのね?」

「それがいいと思う。仮に土砂崩れでも起こって動けなくなっても、三日もあれば助けが来る。水没するような地形じゃないし、三日くらいなら食べなくても死にはしない」

 ぽつん、と水滴が清乃の剥き出しの腕で弾けた。降ってきたか。

「みんなを小屋に戻してあげたら? 水没しなくても、大雨の中外にいるのは危ないよ」

 それがいいだろう。

 そんな雨になるのなら、魔女の亡霊の操り人形となった者たちも、ここまでやって来ることはできないはずだ。


「雨がひどくなってきたらそうしよう。中で火を熾して待っててくれる?」

 濡れる前に、とユリウスが脱いで寄越したワイシャツと肌着を誠吾の前に回した手に持って、清乃はその細い背中を見送った。

「姉ちゃん見過ぎ。恥じらう振りくらいしろよ」

「すまん。美少年の背中のイロケすごいなと思って。あれ何が違うの?」

 清乃が真顔で言うと、誠吾でなくユリウスが声を上げた。

「キヨ聞こえてるぞ! 言い方気をつけろ!」

「あらごめんあそばせ」

「それもう聞きたくない!」

「美少年好きのマフィアに攫われるなよ!」

「……ユリウスが可哀想」

 と誠吾は言うが、清乃には他にユリウスにかける言葉が思いつかない。

 だって今は、なんでも笑い話にでもしてないと、喋る気力もなくなってしまう。

 馬鹿なことを言っている間に、早く朝が来ればいい。



 雨はすぐに大粒になった。土砂降りになってすぐ、見張り役の四人がびしょ濡れになって帰ってきた。

 どうぞご自由に、と言って清乃は毛布をかぶって壁側を向いていることにした。

 ストーブを囲んで服と身体を乾かすところを、歳上の女に見られているのは嫌だろうと配慮したのだ。まだみんな十代だし。恥じらわせるのも可哀想だ。

(このまま朝がきたらいいな)

 やることもないので、目をつむりながら清乃は考えた。


 でも多分無理だろうな。

 きっともうすぐ、何かが起こる。

 魔女が望みを叶えるために使える時間は限られている。

 ユリウスは魔女の思惑に乗らなかった。だから次の手がくるはずだ。

 手っ取り早いと同時に、視点を変えれば人道的と思う人もいるかもしれない最善策。

 ユリウスの恋が叶う。美しい王子に見初められた女に、否やがあろうはずもない。女は想い出を胸に帰国し、祖国で王子の子を産む。

(ばっかじゃないの。そんな時代じゃないっつの)

 次善策はユリウスの言っていた托卵か。胸糞の悪い展開がないなら願ったりだが、それで人道的なつもりか。

 でも多分、それはない。

 清乃に子どもを護らせたいなら、自分の血を引く子を産ませるべきだ。

 種の保存にこだわる連中なら、そう考えるはず。


(次は誰を寄越してくるか)



 なんにせよ清乃はもう、今から自分がすべきことを決めてしまった。

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