捜索
少年たちは四組に分けられ、担当場所の指示を受けた。
その範囲内を隈なく捜索せよ、とカタリナに命じられた。
誠吾は、普段からユリウスと親しくしていて更に城内にも詳しいと言うロンについて行くしか方法がない。
【女の子を落としたい男が考えることなんか、大体同じだ。ユリウスはあんな顔してるけどデート経験なんてほとんどないから、一般的な行動をとるはず】
おいユリウス、将来の側近候補になんか言われてんぞ。
【花が咲いてるから女が喜ぶ。人目を避けられるけど、屋外だから警戒されない。からここ?】
【あいつが涼しい顔して考えそうだろ】
石畳で舗装された散歩道の脇に、季節の花々が咲き誇る。
全体のバランスを考えて随所に植えられた木の幹が、遠くからの視線を遮ってくれる。
【爽やかな振りして、とんだエロスポットだな】
【ただのデートスポットだよ。俺も少し前にチャレンジした。惨敗だったけど。昼間だからちゃんと爽やかだった。場所じゃなくて俺に問題があったんだ……!】
惨敗したのかよ。自分から落ち込むネタを持ってくるなよ。
【夜中に人の姉貴をこんなとこに連れ込む男の頭の中は爽やかじゃないだろ】
【黙認したくせに】
したけど。別に良くね? と思ったから、黙って見送ったけど。
清乃にまとわりつく違和感について、警戒すべきタイミングを分かっていなかった。
まさか姉の貞操を狙われているなんて、思わないじゃないか。
(誰得だよ。そんなもん、黒幕はユリウスしか考えられないじゃねえか)
ユリウスが超常的な能力を利用して、女を落とす? そんなセコいこと考える奴かよ。
真正面から勝負して勝てるスペック持ってるのに、意味ないだろ。
万一ユリウスが黒幕で、清乃を手に入れるために妖しい力を駆使しているのだとしたら、黙って姉をくれてやるわけにはいかない。誠吾にも身内の情というものがある。
仮に通りすがりの女が相手だとしても駄目だろ、そんなの。人道にもとる。普通に犯罪だ。
ユリウスが関係なかったとしたら、やっぱり止めなくてはならない。
想いが通じたと喜んだら、相手の本意じゃなかった、と知ったとき、きっと彼は深く傷つく。そしてそれ以上に、清乃の心身が傷つく。
【……こんな国、来るんじゃなかった】
八つ当たりも兼ねて誠吾が英語で呟くと、ロンが苦笑した。
【悪かったな。こんな国で】
【……紅い竜、ってなんの話】
誠吾は周囲を見まわしながら速足で歩き、先ほど気になっていたことをロンに訊ねた。
同じくロンも急ぎ足のまま答えた。
【うちに伝わる伝説の騎士だよ。全身を血に染めながら戦った赤毛の騎士、高潔のひとだったと伝わってる】
【赤毛で血塗れだから、紅】
ブラッディじゃなくてディープレッドでよかったな。一歩間違えればスプラッタだ。
【そういうこと。現王家の祖先なんだけど、彼には四人の子がいて、その子たちにもそれぞれ複数の子がいた。この国の貴族階級の人間のほとんどが、彼の血を引いていると云われている】
仮に四人の子それぞれに三人の子がいたとしたら、孫は十二人。特筆するほどの子沢山ではないが、何世紀も昔にそれだけの人数の子孫がいたなら、確かに国中に血が行き渡っていても不思議ではない。王の血筋は有り難がられ、拡まった。
それで王家の人間ではない彼らも、竜の末裔と呼びかけられたのか。
清乃は異国でも本の虫振りを発揮し、普段は敬遠している英文に取り組んでいた。
こんなとこに来てまで、と呆れはしたが、いつもの姉らしい姿に安心もした。ああしているときの清乃は、はたからどう見えていようが正常だ。
歴史の本を読んでいるようだった。その中に、その竜についての記述があったのだろう。
清乃は六人の名を繋げて、ドラゴンとした。
竜は立派な騎士だった。
清乃は彼ら六人に、立派な騎士になれと願いを込めた?
ただの思い付きだっただろう。
その場限りの適当な愛称だ。その名を書く際に偶然の一致に気づき、遊び心を出しただけかもしれない。
二、三年早く生まれただけのくせに、上から目線で祖先のように立派な大人になれよ、と考えただけという可能性もある。
【うちの歴史は、騎士と魔女の闘いだ】
【ん? どっちも祖先だろ。おまえらは騎士であると同時に、魔女でもある】
誠吾はロンの発言に、思ったままの疑問を返した。
【そうだよ。だから厄介なんだ。これ以上魔女の血を拡げてはいけない。かと言って、俺たちは自ら滅んでいく選択をするほどの悲愴感は持てない】
【物騒な話になってきたぞ。大丈夫か】
【何が】
【俺が。俺と姉ちゃんが】
国とか血とか、誠吾が考えてもどうしようもない話をするのは、今は勘弁して欲しい。
【……カタリナ、焦ってたな。キヨは今普通じゃないって】
そうか。ロンたちは何も知らないのか。
わけが分からないまま、カタリナの命令に反射的に従っているだけなのか。
大人の女性には分からない、友人の恋路を邪魔するのは嫌だろう。
しまった。ロンには真剣にふたりを探すつもりがないのだ。
【俺にもよく分からないんだけど。この国に来てから、姉ちゃん時々変になるんだ。ぼんやりして目の焦点が合わなかったり、キャラでもないのにオンナみたいな顔したり】
フェリクスの乳母、ルイーザといったか。
男を誘う魔女の顔。
彼女はそんなことを言っていたらしい。彼女が見ていたのは目の前の清乃ではなかった。別の清乃が視えていたのだろうか。
あのときの姉は普通だったから、嫌味な婆さんが王子の異性の友人に嫌悪の情を表しただけだと思った。あのときにスルーせず、きちんと話を聴いておけばこんなことになっていなかったかもしれない。
年配者には敬意を。
武士の必須科目、儒教の教えだ。長幼の序。
たまに指導に来ては優しくボッコボコにしてくださる、高校近くの道場主がよく言っているヤツだ。七十過ぎても外から見える衰えは頭髪だけという、現代の武士。
あの先生の言うことに反発しても、良い結果になったことはない。
次にあの嫌味な婆さんに会えたなら、頭を下げて教えを乞おう。
対戦相手の情報が何もないときに最も大切なのは、基本に忠実であること。
落ち着いて、冷静に基本の構えを崩さず相手を俯瞰する気持ちで観察し、後の先を取る。
相手の出方を見る時間は終わったのだ。
敵はもう動き出してる。
反応が遅れてしまった。でも大丈夫。まだ間に合う。素早く動けば、後の先を取ることは可能なはずだ。
【オンナみたいな顔って。それでユリウスが勘違いして事に及ぶって心配してるのか】
【ちょっと意味分かんねえんだろ。そんなことして喜ぶの、ユリウスだけじゃん。でもあいつの能力は物質に影響を与えるだけで、精神に直接作用するものじゃないって聞いてるぞ。なんか変な手使おうと思ったら、別のエスパー的な人の協力が必要なんじゃないか?】
誠吾が見た限り、ユリウスは常識的な大人と普通の少年に囲まれて育っている。
気持ちを暴走させて汚い手を使う彼は想像できない。万一そうしようと思っても、協力してくれる人間は見つかるのだろうか。
最強の魔女エルヴィラ。彼女が弟をもてあそぶ姿を想像はできても、彼の恋を応援するために汚い力を振るうようには見えない。
一番強力なESP保持者のフェリクス。彼は従弟に甘いが、ああ見えて清乃という人間をきちんと尊重してくれている。ユリウスが頼んでも一笑に付して終わりにしそうだ。
じゃあ一番怪しいのはルカスか。清乃に倒されていたけど。
(……駄目だ。全部無理がある)
この国には彼ら以外にも、ユリウスに手を貸す人物はたくさんいるだろう。
だが、そんな強い能力を持つ人間は存在しないという話ではなかったのか。
【…………セイ。怖い話をしてもいいか】
しばらく無言で考え込んでいたロンが口を開いた。
【えっなに。今それ必要?】
【キヨを変にしてるの、犯人は魔女の亡霊かもしれない】
【ガチで怖い話じゃねえか!】
ロンの表情がこれまた誠吾の恐怖を煽った。
彼の顔色は月明かりだけでも充分分かるほど悪くなっている。彼の眼には、亡霊の影でも見えているのか。
【やばいぞ。ユリウス頑張れとか言ってる場合じゃない】
【やっぱ思ってたよな、それ。俺もまだちょっと考えてた】
真剣な顔でロンは続けた。
【セイ、今夜は満月だ】
【だからなんだ】
【よく聞け。最悪の場合、この国の人間すべてが今夜、君たち姉弟の敵になる】
なんの話だ。この国の人間、のひとりであるロンの言葉に、誠吾はまたたいた。
【どうした。俺たちなんか悪いことした? 謝ったほうがいい?】
【真面目に聞け! 俺は多分、今は君の味方だ。でもこれからおかしくなるかもしれない。少しでも変だと思ったら、俺のことをぶん殴ってでも離れろ。キヨを連れて城から出て、朝まで隠れているんだ】
なんだロン。厨二病は中二で卒業しとけよ。おまえもう十八歳だろ。
混ぜっ返したかったけれど、彼は本気で誠吾たち姉弟の身を案じているように見えた。
どう動くべきか迷ったときは、基本に立ち返る。
ロンの言っていることは嘘じゃない。自分の基本、本能を信じろ。
【分かった、って言っとけばいいのか?】
【キヨを探す。見つけたら、最中だろうと遠慮なんかするなよ。構わずユリウスを引き離せ】
【……おおう。想像だけでトラウマになりそう】
走り出したロンについて行きながら、誠吾は吐き気を催しそうになった。
【あと、ごめん。この国の代表じゃないけど、一員として先に謝っとく】
【えーすげえ嫌な前置き】
【発見が事後になったら、多分キヨは日本に帰れなくなる。そのときは彼女のことは諦めて、セイだけでも逃げろ。飛行機に乗って、もし妨害にでも遭って乗れなくなったら、歩いてでも隣国に行け。そこから日本に帰るんだ】
そうか。
【分かった。姉ちゃんの願掛け】
【試合順の話か。頭文字を繋げればdragonになるようにって】
【うちの姉ちゃん、ああ見えて喧嘩上等なとこあるんだ。ここに来てからなんか変だ、って気づいて、喧嘩に勝つための準備してた。手に入る情報を吟味して、敵と味方を見極めようとしてた。気のせいならそれでいい。だけど気のせいじゃなかったときのために備える必要がある。戦の勝敗は準備で決まるんだ、って】
【キヨはブショーか】
【本人は軍師のつもりだ。昔っからそうなんだ。姉ちゃんはおまえらに味方になって欲しいと願いを込めたんだ。魔女に対抗するためには、強い騎士が必要だって考えた。戦に勝つには、味方が必要だから】
清乃は超能力なんて持っていない。武技もなければ腕力もないし、体力もない。見た目どおりの弱者だ。
けれど誠吾の知る姉は、闘うと決めたら必ず勝利を掴み取る奴なのだ。




