願
全員城内に泊まる部屋を用意されているとはいえ、朝まで遊ぶわけにはいかない。
そろそろ帰るか、という空気になった頃だ。
【まだここでしたか】
カタリナがトレーニングルームまで誠吾を探しにやって来た。
先ほどまでのドレス姿でなく、いつものスーツに着替えている。
夜会前に、どっちもいい、ステキ、好き、と言っていた姉の言葉には誠吾も賛成した。
健全な高校男子として、歳上の金髪美女に世話を焼かれるという、二度とないであろう僥倖を楽しもうと心に決めている。
【カタリナ。すみません、すぐに片付けて帰ります】
わざわざ迎えに来させてしまった。
誠吾はすぐさまいい子を演じた。というか自然にそうなった。
【セイを引き留めてごめんなさい。片付けは俺たちでやるから、どうぞ連れて帰ってください!】
一緒に騒いだ少年たちも、ビシッと背筋を伸ばして従順さを示す。
【……もしかして、カタリナ怖いの?】
【……知らないって幸せだな】
【たまに修練の教官として学校に来る。彼女の後ろには屍しか残らない】
カタリナは小声になった少年たちを一瞥だけし、わずかに眉を寄せて広い室内を見まわした。
【キヨはどうしました? ユリウス様も】
【あっ……】
やべ、バレた。
なんとなく誠吾はそう思った。
ユリウスの清乃に対する気持ちは身近な人間には周知されているようだ。そもそも彼に隠すつもりがないから、事情を知らない人でも見れば分かる。
夜会での彼は、友人の姉に対する態度を崩さなかった。スキャンダルは困るが、家族や仲間に知られるのは問題ない。そういうことなのだろう。
開けっ広げなユリウスでも、さすがに進行具合まで把握されるのは、十代の少年的にキツいものがあるのではと思うのだ。
【……いつからですか】
はあ、と溜め息をつくカタリナの質問というか詰問に、ルカスが壁の時計を見た。
【一時間? は経ってないと思うけど、そのくらい前】
ふたりが去ってから、もうそんなに経っていたか。
【もう部屋に戻ってると思います。ちょっとだけ歩いてから帰る、みたいな口振りだったから】
【……部屋には戻っていません】
【え】
清乃は慣れない衣装と環境、日本語でない言語を使用することに疲弊していた。
アホな少年たちが馬鹿をやるのを眺めて、ついでに自分も同レベルなことをして、多少ストレス発散はできたようではあった。
が、今の清乃には、振袖に草履で一時間も散歩するような体力はない。
その彼女が部屋に戻っていない。
その事実は、ユリウスが今まさに本懐を遂げている最中、ということを意味しているのだろうか。
「マジかあ」
少し意外ではあるが、ユリウスが無理強いするわけがない。清乃が拒否しなかったというなら、誠吾に何も言う気はない。
『……ユリウスおめでとう』
誰かが誠吾に分からない言語で何かを呟いた。
弟としてはどういう感想を持てばいいのか分からないが、とりあえず友人の恋の成就を祝福すべきだろうか。
『何がおめでとうだ! 今すぐ全員で探しに行きなさい!』
カタリナが怒鳴り声を上げた。
誠吾がビクッとするのと同時に、少年たちが唱和した。
『『『はっ! 了解しました!』』』
「え、なに。こわ」
わけが分からない誠吾に、カタリナが初めて厳しい視線を向けた。
【セイ、キヨの傍を離れないようにとご両親から言われているのでしょう。ふたりが今どこにいるか、見当がつきますか】
【ユリウスは、夜中のうちに部屋に送るって言ってました。姉も黙って彼について行った】
つまり何があっても、それは同意の上の出来事だ。
そう断言できるくらいには、誠吾はユリウスを信用している。
正面から聞いたことはないが、清乃に彼氏がいた過去はない。まず間違いなく、そういう経験も皆無だろう。
しかし彼女は一応成人女性なわけだし、その行動に、弟である誠吾が口を出すつもりはない。出したいとも思わない。
むしろ下手に騒ぎ立てず、そっとしておいてやって欲しいと思うのだが。
【部屋には戻っていない、ユリウス様の自室も空、この一時間、誰もふたりの姿を見ていない】
だからそういうことなのだろう。
彼らはこの巨大な城のどこかで、ふたりきりの時間を過ごしているのだ。
【キヨは今普通じゃない】
【大丈夫、さっきまで普通でした。いつものラスボス振りを見た】
【しっかりしなさい!】
カタリナの怒声に、誠吾は反射的に背筋を伸ばした。
【はいっ】
【夜中にふたりきり、好きな女性がぼんやりと自分を見つめてきたら。様子がおかしい、と十代の少年に冷静な判断ができるのですか?】
【……無理っす】
誠吾が正直に答えると、カタリナの顔が怒気を増した。
怖い。
【全員携帯電話を持って、ふたりひと組! 服装を正して、迅速かつ静かに、冷静に動け。異国の女性の醜聞が広まることがあったら、おまえたちの将来はなくなるものと思え!】
『『『はっ!』』』
誠吾も真似してしまった。
カタリナの指示を全員で真面目な顔をして聴いていると、間もなくダヴィドが顔を出した。
フットワークの軽い国王に誠吾が引いていると、彼は面白そうに試合結果を書いたホワイトボードを眺めた。
【これは、君たちの名前か】
漢字のことだろうか。
【陛下、今はそれどころでは】
カタリナが苛立つが、ダヴィドは気にせず続けた。
【誰が付けた名だ】
名前がどうした、おっさん。
【キヨとセイが俺たちの名を呼びにくいようだったので、発音しやすいよう適当に略しました】
【ふたりのための名か。Dam, Ron, Alek, George, Oscar, Noah】
王は、今清乃の身に起こっていることを把握していたのだろうか。
父親よりも歳上の壮年の男性を見上げて、誠吾はふとそんなことを思った。
その上で何も言わず、なんの手も打ってくれなかったのか。むしろ彼が首謀者なのだろうか。
目的はなんだ。何を求め何をしようとしている。
やはりこの国は、誠吾の姉を害す意思を持っていたのか。
【良い名を持ったな。おまえたちは六人合わせて一匹のdragonになるか】
頭文字をつなげたのか。そんなのただの偶然だ。
(……待てよ)
偶然にしては、綺麗に並んでいる。だからダヴィドも気づいたのだろう。
この並びになったのは、何故だったか。
チーム編成は、清乃が決めた。
試合順の最終判断を下したとき、彼女はこう言っていた。
推理だよ。あとはカンと願掛け。
彼女は五分の勝負にして楽しみたいというユリウスの考えを読むついでに、竜に願掛けした。
清らかな川の流れは、魔除けになる。
桜は繁栄を表す。またその散り際の潔さから、武士の花ともされている。
七宝は御縁を願い尊ぶ。それと同時に円満、調和の意味も持つ。
清乃が彼女の指先に込めた本当の願いはこうだ。
得体の知れない魔女の思惑を退け、心身共に清らかなままでいる。
武士が生きた国の者として、武士のように強く在る。武士に、騎士に勝て、と彼女は命じた。
事態が円満な収束を迎えることを願う。調和を取り戻せますように。
ドラゴンはなんだ。
清乃は竜に何を願った。
ドラゴンってなんだ。空想上の生き物が今、なんの関係がある。
【おまえたちは竜の末裔だ。紅い竜の名に恥じない働きをしておいで】
竜の末裔? この国に伝わる伝説か何かか。
おっさん芝居がかってんな。と誠吾は思った。
が、為政者は必要に応じて、時にそういった場面を演出することは知っている。映画であれば、その場面に誠吾ものめり込むことができる。
彼は効果的だと判断したから、その話をした。
少年たちの表情が引き締まるのを見ると、その効果は明らかだ。
【……え、俺は?】
ルカスがひとり、ショックを受けた顔で呟く。
ほんとだよ。ひとり除け者にしてやるなよ。おっさん爪が甘いんじゃねえか。
【おまえは竜ではなく、巨人族アドルフの人間だろう】
カタリナのフォローに、ルカスが気持ちを立て直す。
【セイは……】
【お気遣いなく。自分武士なんで。じゃ、皆さん姉がご迷惑おかけしますが、よろしくお願いします】
誠吾は全員に向けてペコリと頭を下げ、ペアのロンを促して出口に向かう。
【みんな、息子がすまないね】
まったくだ。これ全部、原因はワガママ王子じゃねえか。姉の貞操の心配なんて気持ち悪いこと、したくないのに。
【セイ。万一間に合わなかったら、男親としてちゃんと責任を取らせるから安心してくれ】
それって多分、ユリウスにしか得のない話。
【……そういう話は俺じゃなく、日本の両親としてください】




