誠吾
ユリウスの趣味が理解できない。
いつものようにブスくれた顔をして、綺麗に笑う男と一緒に去って行った姉の後ろ姿を見送って、誠吾は思った。
誠吾はここの住人のような超能力なんてものは持ち合わせていないが、弟だから、その小さい背中からだけでも感情が読めた。
仕方ねぇな。
あの背中は確かにそう言っていた。
(おかしいだろ)
何様のつもりだ、童顔チビババア。
ユリウスは夜のデートのつもりだ。彼の思惑は明らかで、意中の女性を真っ直ぐ部屋に帰すつもりなどさらさらないのだ。
清乃はそれを分かった上で、誕生日だから特別に夜ふたりきりで散歩するくらいはしてやるか、というつもりでついて行った。
どうせ彼は何もしない、というか清乃がさせない。
わざわざ弟である誠吾に許可を求めに来たユリウスの誠実さには泣けた。
成人済みの姉の貞操なんざ、あの男になら喜んで差し出してやってもいいとすら思ってしまう。
さすがに気持ちがないことが明らかな姉に強いるつもりはないが、見ていて歯痒いのだ。
男の影なんか一度も見せたことがない二十歳の女子大生が、何故あの美形をあしらえるのか不思議で仕方ない。
現実のものとは思えないようなイケメン。しかも王子! あのカオなのにナヨナヨしていることもなく、男の眼から見ても完璧な紳士。
二度とないチャンスを不意にするな! と貧弱な背中を蹴飛ばしてやりたいのが正直なところだ。
「……まあ気持ちは分からんでもないけど」
誠吾がぼそりと呟くのを、ルカスが聞き咎めた。
「キヨのハナシ?」
【あー……うん。なんかユリウスに悪いなと思って】
清乃は頭のカタい日本人。彼女に日本を離れて暮らす気はない。
ユリウスは日本から遠く離れた小国の王子。祖国を離れて暮らすことは許されない。
生まれも育ちも違い過ぎて、ふたりが幸せになる未来を想像することは難しい。
まだ若いんだからそんな先のことまで考えなくても、と外野が口を出すことは許されないだろう。いずれ訪れる別れの日を恐れながら付き合うのは、辛いはずだ。
【すごいな、君の姉さん。色んな意味で。日本の女性はみんなああなのか】
ルカスが言っているのは自分を倒したこと、ユリウスを拒絶できること、の両方だ。
清乃は試合開始と同時にルカスの頭を鷲掴みにした。余裕の表情で小柄な女を見上げた彼は、一発くらいはどうぞ、のつもりであっさり倒された。
【まさか。もし俺が女だったら、今頃喜んでユリウスといちゃついてる】
【俺はユリウスが女だったら、って思うことある】
少年ふたりは真顔だった。本気で言っているからだ。
【いるじゃん、女版ユリウス。今朝会ったよ。ジェニファー様、だっけ?】
【…………あの方は無理だ】
体格差があり過ぎるからか。
背の高い王家のなかにあって、ユリウスの妹はひとりだけ小柄で、清乃と同じくらいの身長しかなかった。
二メートルに達しそうなルカスが彼女の腕を掴んだら、ぽきりと折れてしまいそうだ。
【あー、ちょっと分かる。美人だけど、ちょっと声が怖いと思った】
今朝挨拶を交わした。鈴を振るような、と形容されそうな声だったが、何故か誠吾は不快感を覚えた。
この声は嫌だと思った。
何故だか自分でもよく分からなかったから、姉にも言っていない。失礼なことを言うなと頭を叩かれるだけだからだ。
【……そうか】
ルカスには誠吾の不快感に心当たりがあるのだろうか。
なんとなくそんな気がしたが、口には出さなかった。出してはいけない気がした。
この城、この国、だろうか、ここは不気味なところだ。
超能力、PK、ESP、魔女。
それだけ、と言ったら馬鹿みたいというか馬鹿だが、でもそれだけ、なら受け入れようと思った。
姉、杉田清乃が平然としていたからだ。
ぼんやりとした不快感。不安感。不審感。何を対象とすればいいのか分からないそれらの感覚。
ここに来てから、いつも可愛げのない姉の様子が時折おかしくなる。
さっきは多分普通だった。
誠吾のよく知る、昔と変わらないラスボスな姉だった。
だから大丈夫だと判断して、姉とデートする許可を求めるユリウスの背中を叩いた。
楽しく一緒に騒いでいる少年たちのことを、騒ぎながら、それと同時にまだ少しだけ警戒している。
彼らも、誠吾には理解できない力を持っているのだ。
【なあ、セイ。キヨってほんとに恋人いないの?】
【いねーよ。あいつ男嫌いなんだ】
ここ二年はたまにしか顔を見ていないが、男がいないのは間違いない。
【可愛いのに】
【あれ可愛いか?】
【おれは好き。可愛い】
まじかロン。おまえユリウスと一緒に眼科行け。
【日本人見慣れてないから珍しいのか】
【セイだって同じ顔してるくせに】
【やめろ】
【黒目が大きくて鼻が小さくて口の形がキレイで頬が丸くて顎が小さい。ていうか全体的に小さい。全部同じ】
【ロンだって小さいだろ!】
八人で笑いながら、その後しばらくスポーツチャンバラもどきの続きをして遊んだ。
小学生みたいだ、と自分でも思ったが、よく考えなくても、高校でも似たようなことばかりしている。遠い異国に来てまで同じことをしている自分に少し呆れる。
姉に馬鹿じゃないの、と言われるやつだ。奴の眼がなくなったと思うと、さっきよりも楽しくなってきた。
楽しい。楽しかった。
普段は真剣に、真面目に取り組んでいる剣道でこんな遊び方をしたことはない。
部活でやったら、確実に顧問にキレ散らかされる。
真剣に、だけど楽しくユリウスと戦り合った。
負けたけど。悔しかったけど、終わったら笑えた。
こいつらは悪い奴じゃない。分かってる。
この国の人間を信用してもいいのか分からない。ただそれだけだ。




