次鋒中堅副将
【二試合目! ジホーだ。ロンとオスカー】
【ロン、落ち着いて行けよ! 絶対勝てるから!】
次鋒の試合開始を見届けてからヘッドギアを外したダムが、清乃に向かって肩をすくめた。
【ごめん、キヨ。負けた】
仕方ない。実力が拮抗しているということは、負けることもあるということだ。
【そうみたいだね。お疲れさま。ごめん、速すぎて何してるか分からなかったから何も言えない】
正直に告げた清乃に、ダムが笑った。
【キヨはユリウスの言ったとおりの女性だな】
【それさっきアレクも言ってたよ。何を聞いてるの?】
事によっては、王子様を締め上げなくてはならない。
【キヨは優しくて自立してる女性。料理が上手い。小さくて可愛いのに、いつも白けた顔をしている】
【む】
白けた顔は普段からよく指摘される。今は隠していたつもりだったが、バレていたか。だって少年のノリに付き合っていられない。
【だけどたまに子どもみたいにムキになるのが可愛い。戦闘力高め】
【……最後の心当たりないんだけど】
【もう振られてるけど、彼女のことが好きなんだ。忘れられない。以上】
生意気なガキどもめ。
ユリウスは何を言っているのだ。そんなことを学校で言っているなんて知っていたら、絶対に彼の友人と関わりを持ったりなんかしなかったのに。
やっぱりアホな高校生の遊びになんか、ついて来るんじゃなかった。
清乃は前評判どおりの白けた顔をダムに見せてやり、立ち上がった。
ニヤニヤ笑いのダムが、審判を交代するためにルカスに近づいて行く。
ちょうど次鋒の試合の決着がつくところだ。
関節技を決められたオスカーがギブギブギブ! と叫び、ロンの勝ちが決まった。小さい子が勝つのを見るのは気持ちいい。
頭脳派同士の試合だったらしいが、清乃には先鋒のふたりとの違いが分からなかった。
分かるのは結果だけだ。
これで一勝一敗。
さて、そろそろ清乃も試合準備をするか。
審判をダムと交代したルカスがのんびりと自陣に戻り、こちらを観察しているのが清乃の視界の端に映った。
紐が欲しいな、と会場を出る前に言ったら、ユリウスが招待客から受け取った花束のリボンをほどいて渡してくれた。
そのリボンの端を口紅が付かないよう軽く歯で挟んで、右脇から背に通す、左肩に引っ掛けて右に戻し、端同士を軽く結ぶ。
襷掛け。初めてやったが、なかなか巧くできた。時代劇でよく見る、袖が邪魔にならないよう留めるスタイルだ。振袖でやるのはおかしい気がするが、変な皺が付かないよう緩めに巻いたから大丈夫だろう。
これで多少は動けるようになった。袖が捲れるからと反対側の手を添える必要がなく、自由に両腕を動かせる。
勇ましく見えないのは自分でも分かっている。鍛えていないのが丸分かりな両腕が剥き出しになったせいで、むしろ貧弱さが強調されたかもしれない。
頭の花は賞品になるんだったか。百合一本、ミニバラ二本。あとは賑やかしのカスミソウ。小さな花束のようにまとめられ、編んだ髪にピンで固定されていた。
そうっと引き抜いて、先ほどまで座っていた椅子の上に置いておく。
御守りにエルヴィラからもらった手袋を着けて、清乃の戦闘準備は完了した。
誠吾の隣に立つと、胡乱な視線を向けられた。
「何だその格好。やる気あんのか」
「あるわけないでしょ。やる気出したからって勝てる相手でもないんだし」
「それがラスボスの台詞か」
「大将の台詞だよ。アレクが勝てば二勝なんだから、副将が勝てばこっちの勝ちじゃん。ほら、頑張っといで」
アレクは最後長い脚を唸らせて、ノアを場外に吹っ飛ばした。あまり激しいのは勘弁して欲しい。
清乃は味方の勝利を喜ぶ気にもなれず、顔をしかめたまま拍手した。
あからさまに怯えている彼女を見て少年たちが可笑しそうに笑う。
大丈夫だよ、あれ見て、と彼らの指差す先には、アレクの手を掴んで平然と立ち上がるノアの姿があった。
何故彼は、あの蹴りを喰らった直後に立てるのだ。
「……誠吾、怪我しないでよ」
「しねーよ」
姉の心配を面倒臭そうにあしらって、誠吾が前に出る。
左腕を軽く曲げて持った棒は腰の位置、武士が腰に刀を差す形にして、彼は一度立ち止まった。
身体の空気を全部吐き切ってから大きく短く息を吸い、一度溜め、長く息を吐く。丹田呼吸を二度繰り返して、場内に右から足を踏み入れる。
誠吾のまとう空気が変わる。
我が弟ながら、さっきまで馬鹿みたいにはしゃいでいたのが嘘のようだ。清乃からは背中しか見えないが、今は真面目な顔をしているのだろう。
おおお、と両チームからどよめきが起こる。
【サムライだ】
【セイかっこいいな】
【よし、俺今度からあれやろ】
【誠吾には仕える主君がいないので、侍ではないです。武士と言ってください】
武士でもないのだが。まあいいか。
【主君がいたらサムライ? じゃあセイ、日本の学校卒業したら、うちの陛下に仕えればいいじゃん!】
やめろ。
【うちの弟の進路勝手に決めないで】
ユリウスは前三組の六人と同じ半身の構え。誠吾のは正眼、といっただろうか、よく見る剣道の基本の構えだ。
審判のダムが試合開始を告げても、ふたりはなかなか動かない。
否、よく見れば微妙に動いている。足の位置も開始時よりわずかに右前にずれているのが見て取れる。お互いに相手を隙を探り、攻撃の機会を狙っているのだ。
ユリウスはルカスの次に強いという話だ。
誠吾は勝てないだろうと、清乃は思っていた。
だが今、ユリウスは真剣だ。真剣に誠吾を倒そうとしている。
誠吾は三試合分、彼らの戦い方を見ている。ユリウスは剣道の動きを知らない。それが今、ふたりの実力差を埋めているのだ。
空気がピリピリする。
少年たちの声援も心なしか遠慮がちだ。
清乃はこういう緊張感に慣れていない。お遊びじゃなかったの、と突っ込みたい気持ちを抑えて、唾を呑みこむ。
と、ふたりが動いた。
同時に見えた。もしかしたらわずかな差があったのかもしれない。
だがそこから先はやっぱり清乃の眼には何をしているのか分からない。
それでも何度か見たことのある誠吾の動きはなんとなく眼で追えた。彼は最低限の動きでユリウスの攻撃をいなし、ここぞというときに決定打を打つ。
ユリウスの攻撃は何度も誠吾の胴体部を打つが、片手のせいかあまりダメージが大きくない。逆に手数の少ない誠吾の攻撃は、確実にユリウスを追い詰めている。
もしかして、うちの弟けっこうやる? と清乃が思ったときだ。
誠吾が繰り出した面を頭を傾ぐことでわずかにずらしたユリウスが、誠吾の脚を払った。
反則だ! と言いたくなるが、これはなんでも有りの異種格闘技戦なのだ。
横倒しになった誠吾の上にユリウスが乗った、かと思ったら上下が入れ替わった。
「うわ」
弟も人外の仲間だったか。彼は剣道以外の武道は習っていないはずだが、今のはなんだ。どこかで喧嘩でもして覚えたのか。
お姉ちゃんそんなこと聞いてないよ。
誠吾も善戦したが、結局ユリウスに組み伏せられた。制限時間まで二十秒ある。逃げられるか。
テン、ナイン、
「降参する?」
「どあれがっ」
ファイブ、フォー、
誠吾がもがいている。必死だ。
身長差の分だけユリウスのほうが体重があり、膂力もある。彼ではユリウスを押し退けられない。
「誠吾頑張れ!」
最後くらい応援してやろう、と清乃は声を張り上げてみた。
【ゼロ! 勝者騎士チーム、ユリウス!】
【っしゃああ! ブシに勝ったぞ!】
「くっそおあっ」
高々と拳を突き上げるユリウス、誠吾は床にひっくり返って吼える。
二勝二敗。
勝負の行方を握らされてしまった。
誠吾は絶対大将戦に繋ぐ、と言ったが、こういう意味ではなかっただろう。ピンチのときでも必ず勝つ、と格好を付けた言葉だったはずだ。




