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先鋒

 ユリウスの機嫌が悪い。

 だけど時々、への字に曲げた口元がふっとゆるむことがある。

 清乃はそれを、可能な限りの無表情で観察していた。

【キヨ、ユリウスと喧嘩した?】

 ダムが心配そうに訊いてくる。さすが仲間に太鼓判を押されているお馬鹿な少年だ。気づいていない。

【してないよ】


【なあ! これ勝ったらなんかあるの?】

【いつもみたいに当番交代、はキヨとセイには意味ないだろ】

 普段は学校の当番を賭けて遊んでいるのか。微笑ましいものだ。

【じゃあ罰ゲームで校長に膝カックンも駄目か】

 前言撤回。何をしているのだ。おそろしい。

【それいいじゃん。魔女……はさすがに怖いから、陛下に膝カックンしてこようぜ】

 やめろガキども。

 清乃も同類だと思われてしまう。

【今日はオレの誕生日だよ。プレゼントが欲しいな。キヨ、勝ったチームにその頭の花飾りを配ってよ】

【これ?】

 ヘアメイク担当の女性が挿してくれたものだ。清乃の懐は痛まないから問題はないが、男の子が花をもらって喜ぶのだろうか。

【それいいな。家でも学校でも自慢できる】

【? この花が?】

 誠吾が怪訝な顔で姉の頭を指差す。

【女の子からの、夜会で親切にしてくれてありがとうの気持ちだから。ちゃんとやってたって親にも証明できる】

 騎士道精神を重んじる国らしい慣習だ。日本人からすれば気恥ずかしいものだが、実際に親切にしてくれた彼らに渡すのはやぶさかではない。


【俺は別に欲しくないんだけど】

【だよね。あたしも。巻き込まれたんだから、勝ったらご褒美が欲しいな】

 強欲なことを言ってにっこりする外国人女性を、少年たちは首を傾げて見た。

【俺たちまだ、自由にできるお金はほとんどないよ】

【子どもから巻き上げようとは思ってないよ。図書室の本を読みたいんだけど、アッシュデール語が分からないの。武士チームが勝ったら、英語に訳して読み上げて欲しいです】

【いいよ。そっちが勝ったら、明日読みに来るよ。セイはどうする?】

【……それじゃ足りないな。負けたチームは、勝ったチームの奴隷になる。どうだ?】

【やだ】

 誠吾の提案には、間髪入れず清乃が反対した。

【野蛮だ。日本人】

 オスカーが真顔で誠吾を評価する。日本人でまとめるな。

【日本に奴隷制度はねえよ。そういうのはむしろ欧州(そっち)の文化だろ】

【いつの時代の話をしている】

【奴隷って言い方が悪いなら、舎弟でいいよ。勝ったらそっちのチームは俺の舎弟だ。言うこと聞けよ】

【期間限定で騎士として仕えるってことだろ。いいよ。賭けるものは花と命令権、キヨは追加で朗読会】


 話はまとまった。

【もういい加減始めようぜ。早くしないと夜会が終わって誰かが探しに来るぞ】

 ろくにアップもしなかったルカスが、肩を回しながら審判の位置につく。

 清乃は両チームの確定した試合順を、あらかじめ考えておいた漢字で書いた。

 駄無、論、荒苦。ヤンキーが考えそうな当て字だ。

 騎士チームは、譲治、雄烏、方舟。譲治は完全に日本名だ。他ふたつは発想がキラキラネーム。

 少年たちは喜んでいるが、読めなければ意味がない。

 文字は、人に読まれて初めて意味を持つのだ。

 清乃はアルファベットの並びが意味を持つよう、それぞれの漢字に添えておいた。


【オッケー。じゃあ一試合目、センポーはダムとジョージ】

 普段から使っているらしいラインの内側は、剣道と同じくらいのサイズ。というのが誠吾の言葉だ。

【はじめ!】

 もう完全にフェンシング要素がなくなっている。開始の合図はstartではないだろう。剣道に近い形に合わせた結果か。

 強いて言うなら、スポーツチャンバラが一番近いか。清乃はスポーツにはあまり詳しくないが、そんな気がする。

 ふたりの少年は、さすが勢いに定評があるだけある。開始直後からお互いに突進、何度も激しく棒を打ち合わせている。

 最初の構えはふたりとも同じような左前。両手で棒を握り、攻撃の種類によって片手を離したりまた両手で握ったりを繰り返す。

【ダムいけ! っああ惜しい!】

【ジョージ! 後ろもうないぞ!】

 応援する少年たちも熱くなっている。


 清乃は黙って椅子に座ったまま、彼らの熱戦を眺めていた。

【キヨ? もしかして引いてる?】

 次の次の試合に出る準備をしながら、アレクが清乃の様子に気づいて問うてくる。さすがの余裕だ。

【少し】

 控えめに答えてみた。正直なところ、清乃はドン引きしている。

 彼らのあの人間離れした動きはなんだ。速すぎて何をしているのか分からない。敵の実力を測るなんて無理だ。見えないのだから。

 そして何故彼らは仲のいい友達とあんなに激しく打ち合えるのだ。

 清乃が気軽に弟をどつくのとはわけが違う。怪我をしそうで怖い、死なないのが不思議としか思えない。


【普段セイの剣道見に行ったりしないの?】

【行ったことはあるけど。こんな近くで見たことないから。剣道より動きが派手だね】

【防具が軽いからじゃない? さっき練習してるとき見たけど、セイも同じくらい動けるよ】

【嘘お】

 うちの弟がアレをやるのか。棄権させるべきかと半ば本気で考えていたところだったのに。

【セイも慣れない防具と武器でなかなかやるみたいだけどね。やっぱりユリウスが勝つかな】

【そうですか】

【そうなったらキヨは悔しい? 嬉しい?】

 含みのある笑顔でアレクが清乃を見下ろした。

【味方が負けるのは、もちろん悔しいよ】

【ふうん】

【あたしのことよりアレクの話を聴かせてよ。ユリウスと同じくらいの実力なんだっけ?】

 分かりやすくにっこり笑顔を返すと、アレクの顔が一瞬固まった。

【……ソンシか。キヨはユリウスが言ったとおりの女性だな】

「歳上舐めんなよ?」

 あえて日本語で低く言うと、アレクはOK、悪かった、と言って試合準備に戻った。


 制限時間の直前、棒を飛ばされたジョージがダムに上段蹴りを繰り出した。

 ダムはそれを両腕でガードする。が、勢いを殺せない。たたらを踏んだところで組みつかれ、床に倒れこむ。

ジョージがダムを押さえこんだ。あの動きはレスリングか。

 テン、ナイン、エイト、

【いけ! ジョージ! そのまま耐えろ!】

 ファイブ、フォー、スリー、

【ダム振り払え! 脚空いてるぞ!】

【ぐあぁっ】

 ダムの悔しげな唸り声と同時に、ルカスによるカウントが終わった。

【勝者騎士チーム、ジョージ!】

 負けてしまったか。

【っしゃああ!】


 試合順は清乃の予想どおりだった。しかしその内容まではそう思うようにいかない。

 高校野球のようなものか。

 若者は日々成長する生き物である。彼らは時に思わぬ力を見せ、また些細なことに気を取られ失敗を繰り返す。

【ダムおまえすげえ動くんだな! びっくりした!】

 誠吾が戻ってきたダムの背中を思い切り叩く。

【当たり前だろ、セイ。ダムはうちの特攻隊長だぞ】

 味方三人で悔しがる敗者を叩き、その戦いを称えている。あれが次の試合のための大事な儀式なのだろう。


(うん)

 理解できない。

 清乃は熱い空気に水を差さないよう気をつけながら、彼らを眺めていた。

 微笑ましい、青春してるな、頑張れよ若人、くらいの感想は持てるが、あのなかに清乃は入れない。

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