知彼知己者、百戰不殆
彼を知り己を知れば、百戦殆うからず
試合順は決まった。
あとは自分の試合に最善を尽くすのみだ。
【ルカスは強いんですか?】
【見たまんまだよ。あのガタイで弱かったら見掛け倒しもいいとこだろ】
身体が大きい人が強いというのは、清乃にも理解できる。確認してみただけだ。
【パワーがあるのは分かるんだけど、なんていうか得意なこととか、弱点とか】
【それも見たまんま。上から攻撃が降ってくる。めっちゃ速くて重いやつ。それをなんとか避けた後なら勝機が見えることもあるけど、まず避けられる奴はいないな。弱点はやっぱ下のほうだろ。キヨが万一の可能性に賭けるなら、低い位置からの攻撃しかないよ。脚狙っていけ】
ふむふむ。聞いただけで無理だということが分かった。
脚なんか狙って蹴られるのは嫌だ。
【ふうん。じゃあ超能力のほうは?】
【ESPは接近戦向きじゃないよ。関係ない】
【いいじゃない。教えてください】
清乃が訊くと、ダムがあっさり教えてくれた。
本当にこの国では、超能力は身近なものなのだ。王家に近いほど強い能力を持つという話だったか。
それならば、王城で開かれたパーティーに出席していた彼ら七人中四人が能力持ちという数字は不思議なものではない。
そんな彼らと親しくしている残りの三人も能力について詳しいようだ。
【能力のほうも強いよ。フェリクス様ほどじゃないけど、ルカスも同じように映像で視えるタイプ】
【色々タイプがあるんですね。それは初耳。じゃあ彼女は? いるんですか?】
【え、それ今訊く?】
【「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」孫子の言葉です】
孫子とは、紀元前の中国の軍事思想家である。
え、となる少年たちも、名前くらいは知っているようだ。
【日本の女の子はソンシを学んでいるのか】
【ロン、誤解するな。そんなもん読んでる女子、俺の周りにはいない。姉ちゃんだけだ】
「武士の必修科目だよ。ナポレオンだって参考にしてる。誠吾も読みな」
「武士じゃねーし必修とか意味分かんねーし。うちの先祖、絶対小作人だし」
【まあ孫子は魔術の禁止、とか言ってるからここには馴染まないかもね。つまみ喰い程度でいいんだよ。あなたたちは自分の対戦相手のことよく知ってるだろうけど、あたしたちは何も知らないんだ。だからユリウスとルカスのこと教えてください】
騎士チームはホームで慣れた防具と武器を使う。だいぶ有利だが、向こうは誠吾と清乃がどう動くのか知らない。
誠吾が味方の三人からユリウスの動き方を教われば五分の勝負に持ち込めるかもしれない。
【準備はいい?】
清乃が同じチームの少年たちが身体をほぐし、軽く打ち合う様子を眺めていると、ユリウスが隣に立った。
椅子に座ったまま、彼女は上を見た。
どの角度から見ても欠点が見つからない。やっぱり完璧な容姿の王子様だ。
「あたしはいつでもいいけど、誠吾たちがもうちょっと練習したいみたい」
「オレ対策? 悪いけど勝つよ」
その言葉は、多分そのとおりなのだろう。
誠吾も高校の部活内ではそれなりの腕前らしいが、おそらく比べ物にならない。
騎士の子孫との自負があるアッシュデールの少年たちは、剣術や格闘技にかける情熱が桁違いのようだ。
西洋剣術は、銃の発達により失われたものと清乃は認識していた。だがアッシュデールでは騎士の時代から途切れることなく受け継がれてきた技術があるという。
敵を殺傷することを目的とし、両刃の剣を使う西洋剣術。
ここにいる十八歳の少年たちは、実戦を想定した武術を身に付けているわけだ。
対する現代日本の剣道は文化だ。
もちろん誠吾たち高校生は強くなり相手に勝つため、日々稽古に励んでいるのだろう。
が、剣道は自己形成を目的としているとの見解がある。気の遠くなるような話だ。
政治家がよく言う五十洟垂れ、の世界である。
そのくらいの年齢になればまた違ってくるのかもしれないが、十代の彼ら、しかもなんでも有りな異種格闘技戦なんて条件で、日本の高校生が勝てるとは思えない。
「能力の使い過ぎで倒れたり誘拐されたり撃たれたりしてるとこばっか見てるから、なんか変な感じ」
「……キヨ、オレのこと弱い奴だと思ってただろ」
「うん。ちょっと」
歳上の清乃が守ってあげなきゃと考えたりしていた。
「ひどい」
現代に生きる清乃の価値観では、腕っ節の強さはあまり重要ではないのだが、少年にとっては大事なことなのだろう。
ユリウスはプライドを傷つけられたような顔をしている。
「見てろよ。絶対勝つからな」
やる気を出させてしまったらしい。
清乃はこの場で日本語を理解する唯一の誠吾が練習に集中しているのを確認した。
そしてユリウスを見上げていた顎を元の位置に戻し、小声で話しはじめる。
聞こえない、とユリウスが隣の床に膝をつく。
「……あたしさ、葡萄畑で言ったでしょ。もう少し大人になるまで彼氏は要らないって」
「? うん」
「ユリウスの婚約者には彼氏がいる。けどそれは今だけで、その時期がきたら予定通りユリウスと結婚する」
「うん」
ユリウスはなんの話が始まるのだと緊張気味に、だけどただ相槌だけ打って聴いてくれた。
「…………あたしなんかが、こんな綺麗な王子様にこんなこと言うのって、すごく変だと思うんだけど」
「そんなことない! 何を言うのかは知らないが、絶対に変なことなんかない。ていうか待って。オレ今すごい期待してるんだけど、でもそれ、今ここで言うのか?」
立ち上がりかけたユリウスが、必死で声をひそめて周囲を見回す。
広いトレーニングルームとはいえ、同じ室内に外野が八人もいるのだ。
「慌てないでよ。そんなすごいこと言わないから」
「そうなの?」
あからさまにガッカリして、腰を落ち着け直すユリウス。なんだこいつ、可愛いな。
「考えたんだけどね。やっぱりあたし、恋人にはなれないよ。だけどあたしにとってもユリウスは特別なんだよ。だからね」
「……うん」
「…………一番親しい男友達。それで手を打ちませんか」
一番というか今のところ唯一と言ったほうが正しいが、そこまで言う必要はあるまい。
平静を装って、なんでもないことのように言いはしたが、清乃的にはかなり勇気を振り絞った言葉だ。
なのにそれを聴いたユリウスは、例の貴族的な眉のひそめ方をした。
「……確かにあんまりすごくなかった」
「ご不満なら結構です。忘れてください」
「いや! 不満じゃない! 進歩だ。オレはキヨのboyfriendだ」
「英語で言ったらなんかヤだな」
彼氏とほぼ同義だと認識しているが、彼はどういうつもりでその言葉を使っているのか。
「えっと、ちょっと待って。待てよ。後で。試合の後で時間をくれ。認識のすり合わせが必要だ。話をしよう」
珍しくユリウスが焦っている。何を考え、思えばいいのか迷っている。
混乱している。
「動揺してる?」
「ん?」
「いや、やるからには勝ちたいなと思って」
「…………キヨノ?」
「嘘は言ってないよ。試合頑張ってね。武士のほうが強いって証明してあげるから」




