試合順
異種格闘技戦のルールは簡単。
制限時間は三分。時間切れは引き分け。
足の裏以外が床について十秒経過、もしくは場外、降参宣言のいずれかで負け。
前半四組は、金的目潰しのみ禁止。故意に違反したと審判が判断すれば、失格負け。PK使用も即失格。
九人の少年はみんなジャケットとタイを取って、白いワイシャツの上から防具を付けていた。
当たり前だが剣道用ではない。テレビで見たフェンシングのものとも違う気がする。格闘技に詳しくない清乃が初めて見る形のものだ。
首から腿の上部まで、体幹部を防護する分厚いベストが基本で、手足にそれぞれが必要と思う防具を巻き付けている。その上で全員がアマチュアボクシングで使うようなヘッドギアに顔面をカバーするシールドが付いたものを被った。
少年たちは怪我をしないよう訓練することに慣れているように見えた。
誠吾も初めて見る防具に戸惑いながらも、ベストとヘッドギア、籠手代わりのグローブを付けている。
【セイ、アームガードとフットガードも付けて。怪我するぞ】
【当てさせねーよ】
誠吾はただでさえ慣れない防具を身に付けているのだ。普段身軽な部位に余計な物を付けて、動きを鈍らせたくないのだろう。
彼が普段使い慣れている剣道の防具は面、胴、籠手、垂のみで、脚と籠手から上の腕はフリーだ。
【でも誠吾、武器が違うでしょ。竹刀なら痛いだけで済むかもだけど、フェンシングの剣って危ないんじゃないの?】
【心配しなくていいよ、キヨ。得物はみんなこれ。遊び用。防具無しでも痣ができる程度】
ユリウスに手渡された棒状の物は、柔らかい素材でできていた。長さは竹刀と同程度、竹刀よりも少し太い。
なんだ。完全にフェンシングじゃなくなった。先端が突き刺さるような武器でないなら、少し安心だ。
同じ物を持って長さを目測する誠吾が、ちょい短い、サブロクかな、と呟く。
【これが一番長いんだ。いけそう?】
【問題ない。重さもちょうどいいくらい。でも鍔付きがいいな】
【それならこれだ。オレも同じにする】
少年たちは真剣であると同時に楽しそうだ。全員生き生きしている。
「まあ若い子が元気なのはいいことだよね」
「なんで姉ちゃん他人事なんだよ。ルカスの奴見ろよ。ナメられてんぞ」
頭抜けた長身のルカスは、その身長に見合う筋肉を付けつつある段階だ。少年特有の細い体躯はそれでも清乃よりだいぶ太く、シャツをまくった腕は見ただけで硬いのが分かる。
一応ベストは身に付けているが、ヘッドギアはいらないかと元の場所に片付けてしまっている。確かにあの高さまで清乃がメーンとやっても、届く前に避けられるだろう。
まともに仕合えば一秒で負ける。攻撃を受ける前に降参するしかない。
はじめ! 降参!
「なんであたしが正面からやる前提なのよ」
「勝率五分になるまでハンデ付けるって言ってくれてる」
どれだけ付ければ勝てるのだ。馬鹿馬鹿しい。仮にマウントを取った状態で開始したとしても、片手で投げられて終わる自信がある。
【ルカス! 姉ちゃんにハンデどれくらいくれる?】
【どれくらい必要? キヨは一回でも俺の身体に当てられたら勝ち、とか?】
【この棒が当たるだけで勝ちってこと? さすがに一回くらい当てられます】
【無理だよ】
清乃の鈍さをよく知るユリウスが真顔で断言する。この野郎。
【いいえ。そこまでは必要ありません。開始位置はラインの内側ギリギリ、ルカスは両膝を突いた状態でスタートしてください。それでどうですか?】
【それだけでいいの?】
【だけって何よ。逆にルカスはどうやって勝つ気? あたしに攻撃できるの?】
こんなに弱そうな女に。殴れと言われたら尻込みするのが一般的な男性の反応だろう。
【女子と試合したことくらいある。普通に攻撃するよ。俺も家に帰ればキヨくらいの妹いるし。あいつはデコピンしたら泣く】
その大きな手でやられたら、清乃も多分泣く。
十八歳の彼に、妹何歳? なんて絶対訊いてやらない。
【へー。妹何歳?】
「おい誠吾」
【九歳】
「ねえ、今なんで訊いたの? 試合前に味方にダメージ与えてどうすんの?」
「……ごめん。今のは俺が悪かった」
「キヨ、ルカスの家はみんな大きいだけだから。気にするな。ジェニファーもキヨと同じくらいだろ」
ユリウスめ、それで慰めたつもりか。
彼の妹はまだ成長の余地がある十五歳だ。
【ルカス、そうは言っても、キヨは攻撃させない作戦だぞ。あれを見てみろ。防具を付けたらやられると分かってるんだ。作戦を考えよう】
騎士チームにも冷静な子がいる。
確かに清乃はパーティー仕様のままだ。まだ着崩れていない振袖に頭の生花飾りもそのまま、脚を揃えて椅子に座っている。
異種格闘技戦なんてものに臨む格好ではない。
【大丈夫。持ち上げて場外まで運ぶ。それか手を掴んで床に付けさせる】
ルカスは余裕だ。清乃に作戦を聞かれても問題ないと平然としている。
遊びとはいえ、やるからには勝ちたいと思うのが人情というものである。
チーム別に分かれて作戦会議開始だ。
少年たちが車座になって床に胡座をかくから、仕方なく清乃も椅子を降りて正座した。
【キヨは椅子に座ってていいよ】
この子はロンだ。小柄で優しい子。
【ありがとう。でも人を見下ろすことに慣れてないから】
【分かるよ。おれたち三人仲間だな】
チビ仲間だ。五人中三人がチビか。向こうは全員長身なのに。
違うか。背が高いのはルカスとジョージ。他三人は見たところ、この国の男性の平均身長前後だ。
【三人の自信は?】
誠吾がまず味方の実力を確認する。
【アレクは勝つ。この中で一番強いのはルカス、次がユリウスとアレクだ】
ロンが即答する。アレク本人も普通に頷いている。
【ダムとおれは運がよければ、か?】
【相手による?】
【うん。ダムは馬鹿だから、オスカーのフェイントに絶対引っ掛かる。ジョージは同じタイプの馬鹿だから五分、ノアには勝てる】
すごい安定感のある馬鹿なんだな。絶対て。
【ロンは考え過ぎて瞬発力に欠けるから、ジョージに弱い。ノアは五分。オスカーより頭いいから勝てる】
ジャンケンみたいだ。
【じゃあダムはノア、ロンはオスカー、アレクが残りのジョージと当たれば勝ちが決まるわけか】
誠吾が顎を触りながら敵チームのほうを振り返って見る。
【向こうがどういう順番で来そうか分かる?】
【ユリウスは結構負けず嫌いだからな。楽しく遊びつつ、絶対勝ちたいと思ってるはずだ】
【ユリウスの意向が優先されるわけだ】
清乃の呟きに、アッシュデールの少年三人は、当たり前といった顔で頷いた。
【だって王子だし。俺たち将来の側近候補だし】
彼らは未来のアッシュデールを背負って立つ、エリート予備軍ということか。
ユリウスは意外と負けず嫌い。それは知っている。鈍いと思っていた清乃に腕を捻られて、ちょっと本気な顔で再戦を申し込んできたくらいだ。
でも今は毎日一緒に馬鹿をやっている友人に、日本から来た清乃と誠吾も加わって、楽しくやりたいとも思っている。
【あとユリウスは、キヨにいいところを見せたいと思ってる】
頑張れ清乃の表情筋。動くな。
王子に忠実な側近たちに反応を見せたら駄目だ。こいつらアホのくせに。歳上の女ナメんな。
【まあジョージ、ノア、オスカーかな】
【じゃあ順番変えるか。アレク、ダム、ロン】
引き分け、引き分け、勝ち、となったら、その後が厳しい。
先に三勝しておけば、試合内容を読めない副将戦と、試合放棄したも同然の大将戦は楽しむだけで問題ない。
【うーん。でもさ。それじゃつまんないでしょ。あたしはジョージ、オスカー、ノアで来ると思うな。こっちはこのままいこうよ】
引き分け、勝ち、勝ち、なら悪くない。
【なんで】
【推理だよ。あとはカンと願掛け】
【よく分かんないけど、まあお客人が言うならそれでいいよ。セイはそれでいいの?】
【ラスボスには逆らうな。それでいこう】




