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注目

 キッズルームを出たら、ユリウスが手を放して彼の両親と清乃とで輪になる位置に立った。

 分かってる。彼があからさまに清乃の隣に立つわけにはいかないってことくらい、分かってた。

 なんであたしがこんな目に、おまえのせいだろ、涼しい顔しやがって、と思っても今更遅い。恨みがましい視線を送ることもできない。

 周囲の耳目が一斉に清乃に集まるのを、痛いほど感じているからだ。

(落ち着く。キョドらない。背筋を伸ばす。舐められない)

 彼女は目頭に力を入れて、情けない顔になることをなんとか回避した。

 国王の注意が清乃から外れた瞬間を逃さず、集まった視線にわずかな会釈を返す。顔に力を入れていたため、睨んでしまわないよう、睫毛を伏せがちにした。


【キヨはまだ、わたしをお化けだと思っているようだね】

 ユリウスの父は表情も声も優しかった。

 面白がる響きも感じられたが、そこはまあ仕方ない。彼は多分そういうひとなのだ。

【そのような言い方はおやめください。キヨが困っていますよ】

 ユリウスの母は台詞の内容も優しかった。

【……不調法をお詫びいたします。こんなに素敵なパーティーは初めてで、緊張してしまって。改めまして国王並びに王妃陛下『ユリウス王子殿下のご成人を心よりお慶び申し上げます』】


 練習の成果を披露する機会を与えられたのだと考えよう。

 この場で使えなかったら、ユリウスに頼んで送ってもらったビデオテープを繰り返し見た日々が報われることはなかった。

 主役を勝ち取った学芸会当日に発熱して泣いた誠吾の二の舞はご免だ。

【来てくれてありがとう、キヨ。素敵なキモノだ。フリソデというのだったか】

 着物の話か、と清乃は納得した。

 目立つから一度は話題に出さないと、みたいな気遣いをされたために設けられた場だったのだ。

 お気遣いなく! と腹の中で叫んでから、控えめな笑顔を作ってみせる。

 清乃は意外とやれば出来る子だった。自分でも驚いている。女優の才能あるかも。

 口に出さなければ突っ込んでくれる人はいない。ボケて終わりは虚しい。現実逃避はやめて集中しよう。


【ありがとうございます。振袖は日本の未婚女性の正装ですので、お祝いの気持ちを表したく】

【ネイルも素敵だとエルヴィラが言っていたわ。見せていただいても?】

【もちろんです。昨日エルヴィラ様が相談に乗ってくださって。綺麗にしていただきました】

 清乃は慌てて右の手袋を外し、そこで動きを止めてしまった。


 手はどういう向きで差し出せばいいのだ。

 貴人の手を押し戴く文化のある地で、手の甲を上に、指先を相手に向けたら駄目だろう。かと言って、芸能人が結婚会見で指輪を見せるあのポーズは何か違う気がする。猫の手をやったら馬鹿みたいだ。

 正確が分からず清乃が硬直したのは一瞬だけだった。


【オレも見たい】

 ユリウスが自然な動作で清乃と立ち位置を交換して距離を詰めて来た。

 王妃の左側に押しやられた形になって、彼にフォローされたのだと気づく。

 清乃が掌を前にして挙げた右手を、両脇から美しい母子が注目する。左手で袂を押さえる形が右手に添えたように見えるから、失礼な感じにはならないはずだ。

 王妃の左後ろから国王まで覗き込んでいるのには気づかない振りをしたい。駄目かな。駄目か。

 清乃は仕方なく袂を押さえて、更に右手を高く掲げた。

 日本人よりも平均身長が高い国の王族に囲まれて、清乃は心を無にした。この図、絶対変だろなんて考えてはいけない。


 頑張って手を高くしていたら、白くて柔らかい手に右手を取られて、王妃に寄り添う形になった。男性陣は見えないと文句を言いたげだが、こっちのほうがまだ手も気持ちも楽だ。

 王妃の手は温かい。

 ということはつまり、清乃の手は緊張のあまり冷んやりしているということだ。

 五十をいくつか過ぎているユリウスの母は、息子の友人の手を優しく包み込んでくれた。完全に緊張が伝わってしまっている。


【綺麗な模様ですね。日本のものかしら】

【はい。日本の伝統文様です。これは「流水紋」といって、魔除けや清らかさを意味します。中指と薬指は物事の始まりに縁起の良い「桜紋」。ふたつ合わせて「桜川」です。ユリウス殿下とアッシュデール王国におめでたいことが続きますようにとの願いを込めさせていただきました】


 よし。噛まずに台本通り言えた。

 エルヴィラから色々訊かれたから、本番でも説明できたほうがいいかと思って英語の台詞を用意しておいたのだ。備えあれば憂い無し。

【素敵。左も同じなの?】

 おっと左も。手袋気に入ってたのに。

 せっかくのエルヴィラからのプレゼントだが、確かにネイルの意味がない。しばらく帯に引っ掛けておこう。

【こちらも「流水紋」です。親指は円形が永遠に繋がる「七宝」。みなさまとのご縁をいただきましたことに対する感謝を込めて選びました】

 英語にしたら意味が伝わりづらいかな、とは思ったが、これが清乃の限界だ。

 拙い説明に、王妃が感心したように何度も頷いてくれる。

 素晴らしいコミュニケーション能力だ。なんかいい匂いするし。


 彼女には手を取られていても全然嫌じゃない。さすが国民の母。実母よりも包容力がある。

 この場に手袋は必要ない。

【素敵なお祝いの気持ちをありがとう。あなたの滞在中にもっと詳しく教えていただきたいわ】

【是非。私もアッシュデールの文化を学ばせていただきます】

【キヨは優秀な学生なんだろうな】

 いいえ、国王陛下。ちっとも。前年度は寝坊が原因で単位をいくつか落としています。


 ESPは保持していないはずのユリウスが可笑しそうな顔になった。

 笑顔が固まった理由を読まれてしまったのだ。行動パターンを知っている人間にテレパシーは必要ないようだ。

【恐縮です】

 覚えて来て良かった、このフレーズ。絶対使うと思った。


 去って行く国王夫妻とユリウスを見送り、やっと清乃はキッズルームに戻ることができた。ここはなんて素晴らしい場所なんだろう。

 カタリナも少し外します、と行ってしまったため、可愛いアホな高校生しかいない。

 喉がカラカラだ。

 大仕事を終えた姉を弟が労って、カクテルをもらってきてくれた。

 本当は水が欲しいのだが仕方ない。グラスを一気に呷ると、少しだけ人心地ついた。

「やべ。ちょっと赤くなったぞ。姉ちゃんほんと弱いんだな」

「うちはお父さんもお母さんも弱いでしょ。こういうのは遺伝なんだから、あんたも気をつけなさいよ」


【キヨ、こちらへどうぞ】

 少年のひとりが清乃に椅子の場所を教えてくれる。

【ありがとうございます】

 試練を終えた後の心に少年の優しさが沁みる。

 全然望んでいない逆ハーレムな空間だけど、この際だから紳士教育された外国人少年にもてなされてしまおう。

 疲れている歳上の女にスイーツを持って来てくれるなんて、なんていい子たちなんだ。

 嬉しくなった清乃がニコニコお礼を言って皿を受け取ると、少年もにこっとした。

【キヨ可愛い】

【可愛い。人形みたい】

【ユリウスが言ってたとおりだ】


 ふっ。可愛い奴らめ。ユリウスから何を聞いているのかは突っ込んで聞くまい。

【おまえら騙されるな。服と化粧で化けてるだけのただのチビだぞ】

「おい誠吾」

「もうすぐここ出てっていいらしいぞ。俺こいつらとトレーニングルーム行くから。姉ちゃんも来いよ」

 姉に対する暴言を咎めようとしたら、話を変えられてしまった。

「こんな時間からトレーニング? 馬鹿じゃないの」

「武士と騎士はどっちが強いかって話になってさ。当然武士だって言っても、こいつらが譲らないから」

「……から?」

「剣道対フェンシングで決着をつけることに」

「馬鹿じゃないの」


 朝寝坊したからまだ眠気はないが、もう疲れた。すぐにでもベッドにダイブしたいのに、そんなものに付き合ってはいられない。

「頼むよ。向こう八人いるだろ。俺と姉ちゃん合わせたら、ちょうど五対五の団体戦できるじゃん」

「それもう武士騎士関係なくない? あたし剣道なんてできないし、いても意味ないじゃん」

「ハンデつけるって!」

「フェリクスでも誘え。それかゴリラさん。カタリナも強そうだし」

 王子の仕事があるフェリクスはともかく、他ふたりは誠吾が頼めば乗ってくれそうだ。

「あのひとたち強すぎて勝負にならないんだってさ」

 まあそうだろう。でもフェリクスも強いのか。意外。でもないか。背は高いし、地味に鍛えた身体をしている。

「だからってかよわい女を混ぜるな」

「姉ちゃんは俺より強いって言っちゃった」

「馬鹿じゃないの」

 自慢じゃないが、清乃が人並みにできるスポーツなんてひとつもないのだ。

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