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子供部屋

「ユリウス!」

 どん、と勢いよく誠吾がユリウスの背中に飛びついてきた。

 その勢いで、清乃の右手がユリウスから離れた。そのときはじめて、彼女は自分が彼の袖を掴んでいたことに気づいた。

「…………うわっ?」

 清乃は驚いて、自分の右手を見た。

 いつの間に。無意識のうちに?

 うそだ。


「ユリウスユリウス、ごめん。ほんっとごめん! 姉ちゃん慣れない場所で慣れないカッコして慣れない言葉使って錯乱してんだ」

「錯乱してるのはおまえだ」

「姉ちゃんはちょっと引っ込んでろ」

「……確かにちょっと変だな。具合悪い? みんなにも紹介できたし、もう部屋に帰ろうか?」

「大丈夫だよ。ユリウスのお父さまにご挨拶しないわけにはいかないでしょ」

 疑わしげなふたりの視線を避けて顔を背けると、こちらに向かってくるカタリナの姿が見えた。

「カタリナ!」

 よかった。自分が言ったこととはいえ、やっぱり彼女がいてくれると安心できる。


【お待たせしました。マカロンも持って来ましたよ。ゴリラが】

【きゃー! 近くで見てもゴリラさん素敵!】

 ゴリラ氏は、残念ながら顔はそこまでゴリラじゃなかったが、上半身の筋肉の盛り上がりが見事だった。パンツはともかく、ジャケットはきっと特注だ。

 何歳くらいだろう。二十五歳のカタリナよりも少し上にみえる。三十前後かな。

 歳上の筋肉。最高の彼氏だ。

 これまで清乃は特に筋肉に興味があったわけではないが、カタリナの話を聞いて一気に興味が湧いてしまった。

 今日一番清乃のテンションが上がった。きゃーとか言うキャラじゃないのに。

「ミスターゴリラはやめろ」

 小声だから本人には聞こえていないはずだ。セーフとしてくれ弟よ。

「だって僧帽筋と三角筋と上腕全体の発達具合がヤバいよ」

「どこだって?」

「こことここ、このへんだよ」

 誠吾の該当部位をバンバン叩くと、彼は納得した様子でゴリラを再び見た。

「確かにすげえな。トレーニング方法教えてもらえるかな」

「キヨはああいうのがいいのか。一気に恋人探しの難易度が上がったな」

 まあ日本人にはいないだろう。でもラガーマンならいい線いくかも。大学のラグビー部はそれなりだった気がする。

 友人のひとりがマネージャーをしているから、帰国したらオススメの筋肉を聞いてみよう。


【腕にぶら下がってみますか?】

 カタリナが苦笑するのに、後ろの少年たちが一斉に挙手した。

【はい! はいはい!】

【自分ぶら下がりたいです!】

【おれもおれも!】

【ルカスはやめとけ。おまえは下に足がつく】

【おまえらに言ってない。キヨノ様とセイゴ様にだ】

 ゴリラが喋った。苦笑い。声も低くて落ち着いている。

 素敵だ。カタリナは男性の趣味がいい。


 あ、じゃあ俺お願いし、とほとんど最後まで言ってしまった誠吾を押しのけて、清乃は頭を下げた。

【とんでもありません。失礼しました! 陛下がいらっしゃることをお知らせに来てくださったんですよね】

 詳しくは聞いていないが、ミスターゴリラは多分国王のSP的な仕事をしているのだ。この体格だし。

 本会場からは死角になるキッズルームの様子を確認に来たのだろう。頭の柔らかい上司がカタリナと行って来いと命令してくれたのかな。

 さっきもふたりで踊っていたし、今日のパーティーは気の張るものじゃないというのは本当の話だったようだ。だから清乃や誠吾のような異国の庶民が混ざっても問題視されていないのだ。


【それとマカロンです】

 カタリナが笑って恋人の持つ皿からマカロンを摘み、清乃の口の前に差し出した。

 咄嗟のことで、丸々口に入れてしまった。ひと口で食べるには少し大きすぎた。カタリナを慌てさせてしまっている。

「何してるんだ。キヨは口も小さいんだから無理するな。ハムスターみたいになってるぞ」

 も、ってなんだ。余計なお世話だと視線だけでユリウスに返して、カタリナが差し出してくれたグラスを受け取る。

 片手で顔の下半分を隠してもぐもぐし、なんとか飲み込んでからグラスの中の液体を喉に流し込んだ。


【あ、お酒でした?】

 飲んでから気づくがもう遅い。しっかり飲み込んでしまった。赤くなったらみっともない。

【大丈夫です。注意が必要なことは覚えていますよ。ほぼノンアルコールのカクテルです】

【子ども用。セイも飲む?】

 なるほど。キッズルームに並べてあるものは弱い酒なのか。

【駄目って言ったでしょ。こことは守るべき法律が違うの】

【姉ちゃん頭かてえよ】

【確かにセイはキヨに似てるし、同じくらい弱いかもな。キヨもそれ最後まで飲んだら赤くなるかも】

 心配になったらしいユリウスが、清乃の手からグラスを取り上げて残りのカクテルを飲み干した。


「あ」

【ユリウス様、今のはアウトです】

【え、何が】

【何が、じゃありません。気持ち悪いと言われても仕方のない行為ですよ】

 美形王子にそんな台詞を吐ける女性がこの世に存在するとは思えないが、カタリナの言うことはもっともである。

【でもキヨだよ】

【でもじゃない。カタリナの言う事聞きなさいよ】

 確かに日本では途中から面倒になって鍋の直箸オッケーにしたし、回し飲みもどうでもよくなったが、人前ではするな。

「あ、やば。いらしたよ。誠吾、口の周り何もついてない?」

「大丈夫」


 さすがに少年たちもピシィっとなった。

 ゴリラ氏、そういえばまだ名前聞いてないな、はキッズルームの奥に移動し、カタリナは清乃と誠吾の後ろ側に控えた。

 国王は主役の友人に声を掛けに来ただけだろう。清乃が目立つべき場面ではない。

 そう判断した彼女は、弟の後ろに退がった。ここでは彼がユリウスの友人のひとりとして居るべきだ。


【やあ、楽しんでいるか? 悪童ども】

 すごいお言葉だ。子ども相手ならこんなものなのだろうか。

 英語だった。誠吾の存在を認識してのことだろう。

【はい、陛下。本日はお招きいただきまして、ありがとうございます】

 みんな、先ほどまでのアホな騒ぎ方が嘘のような立派な紳士振りだった。

 キッズルームの外から、大人たちがその様子を見守っている。

 ダヴィドは笑顔で室内を見回した。

 清乃は背の高い少年たちに埋もれてその様子を見ていたため、自分のところで視線が留まったことにはすぐ気づけた。


【日本のお嬢さん。子どもの相手ばかりでは飽きるでしょう。こちらで少しご一緒しませんか】

(あたし? なんで!)

 一応挨拶の練習はしたが、この場で名指しされることは予想していなかった。

【……光栄です、陛下】

 清乃はカタリナにそっと肩を押されるようにしてキッズルームを出た。

 ユリウスの横を通るときに自然な動作で手を差し伸べられて、縋り付くような気持ちでその手を掴んだ。

【カタリナはセイゴの側にいて差し上げなさい】

【かしこまりました】

 誠吾は連れて来るなってか。誠吾ずるい。カタリナに側にいて欲しいのは清乃も同じなのに。

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