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紹介

 彼はまず、誠吾の肩を叩いて軽い抱擁を交わした。

【セイ、今日はありがとう】

【おう。ご成人、おめでとうございます。殿下】

【キヨノもありがとう。素敵なキモノだ。キツケって大変なんだろう】

 初めて見たかのような感想だ。

 他人行儀なお世辞に、清乃は軽く頭を下げた。

【殿下のお祝いに駆けつけるためですから。本日はおめでとうございます】

 これはきっと、周囲で聞き耳を立てている参加者へのパフォーマンスなのだろう。


 あの異国の少年は王子の友人、まだ幼いために付き添いの姉が共に招かれた。

 婚約者のいる王子のスキャンダルを外部に漏らさないために、このくだりが必要だった。

 分かっていたから、清乃は若さを活かす薄化粧を断り、大人っぽく見えるメイクをと頼んだのだ。

 スッピンでは子ども扱いされていたであろう彼女は、今は小柄なだけの成人女性に見えているはずだ。プロってすごい。


「日本の女性はキモノを着たら髪が伸びるのかと思っていたが、今日は伸びなかったんだな」

「何言ってんの」

「成人式、短かったはずの髪が長くてびっくりした」

「……殿下は付け毛というものをご存知ない?」

 主役がひとつ所にいつまでも留まってはいられない。

 ユリウスは近くにいた少年、誠吾がルカスだと言っていた少年だ、正確だったらしい、彼を誠吾に引き合わせてからまた別のところに挨拶に行ってしまった。

 カタリナがいてくれてよかった。彼女がいなければ、心細さに引き留めてしまうところだった。


 ルカスの両親とも英語で挨拶を交わした。頭抜けて背が高い少年の両親は、やっぱり背が高かった。

 ユリウスが丁寧に紹介してくれたおかげだろう。彼らは拙い発音の日本人を下に見ることなく、対等の立場で接してくれた。というかそれ以上だ。倍以上の年齢の大柄な夫妻から必要以上に丁重な扱いを受けて、清乃は恐縮してしまった。

 その後別の少年もふたり加わり、彼らの両親は同じように清乃に丁寧な挨拶をしてから、大人だけの輪を作ってしまった。

 清乃は中途半端な立ち位置だ。大人組に入れてもらうには年齢も語学力も経験も心許ないし、かと言って少年とノリを合わすこともできない。仕方なく誠吾のお目付役のポーズを崩さず、弟の隣に控えめに立っていることにした。


【セイ、他の奴らにも紹介するよ】

 ルカスに誘われた誠吾がノリ良くついて行きかけてから、姉を振り返る。

【悪い。姉がいるから】

 いいから行って来なさいよ、と清乃が言う前に、ルカスが恭しく手を差し出してきた。

【よろしければご一緒に】

 アホと噂の外国人男子高生とお近付きにはなりたくない。

 お気遣いなく、と言いたかったが、ふと思いついてカタリナを見る。

【カタリナ、今夜はいつもに増して美人さんですけど、彼氏さんにまだ見せてないですよね?】

【お気になさらず。仕事中だと言ったでしょう】


 そんなもったいない、と清乃は思った。

 カタリナは多分、付き添いだからと地味なドレスを選んだのだろう。だがそのシンプルさが却って素材の良さを引き立てていて、非常に美しかった。彼氏なら絶対に見たいと思うはずだ。

【失礼。キヨ、あっちのテーブルに並んでいるマカロンは食べましたか?】

 口を挟んだルカスに、清乃は感心して話に乗った。

【いいえ。私マカロンは大好きです】

【なら是非食べるべきです。キモノで向こうの端まで行くのは大変そうだから、カタリナに頼まれるといいですよ】

【カタリナ、お願いします!】

 カタリナは背の高い少年を冷ややかな眼で見た。

【鼻垂れ小僧が、悪知恵ばかり回るようになって】

【怖いおねえさま方に鍛えられてるから】

 澄ました顔のルカスは、カタリナとは古い知り合いのようだ。

【……キヨ、身体が大きくなった分タチの悪い子どももいます。くれぐれもお気をつけて】

【ひどいな。彼女の身の安全はちゃんと俺たちが守るから。向こうの子ども部屋に行って、そこから動かないよ】

 二メートル近く身長がありそうな少年は、真面目腐った顔をしてカタリナを見下ろした。


【仕方ないわね。……ではキヨ、少しだけ動物園に行って来ますね】

【餌やり体験もして来てください!】

 清乃は絶対にマカロンが食べたい、と駄々をこねるつもりはないから、あーんとしてあげてくればいいのだ。

【ふふ。すぐに戻りますよ】

 カタリナの姿勢の良い後ろ姿を見送ってから、ふたりはルカスの先導に従って会場内を移動した。

【ルカス、子ども部屋って?】

【俺らみたいな奴らが多少騒いでも大丈夫なスペースの通称だよ。ほら、あそこ】

 ルカスが指差したのは、会場の壁の一部に空いた扉のない穴だった。上部がアーチ型になった扉サイズの穴がふたつ、その向こうに見える空間にも何人かのひとが集まっているようだった。

 難しい話をする大人と、楽しみたい若者とで棲み分けがされているということだ。

 清乃が馴染める場所ではなさそうだが仕方ない。ひとりでぽつんと立っている心細さを想像すれば、アホな男子高生を眺めているほうがまだマシな気がする。

 だってほら、長身の少年の歩幅に合わせて元気良く歩く弟と距離が空いてしまったと思ったら。


【失礼。日本のお嬢さん?】

 着物で大股で歩くことも、パーティー会場で小走りになることもできずにモタモタしていた清乃は、見知らぬ外国人に声をかけられてしまった。

 違うか。外国人は彼女のほうだ。

 彼らは異国の衣装を着た、王子の友人の姉に興味を持っただけだ。多分清乃の想像以上に、多くの人々が彼女に注目している。

【はい】


 無視するわけにもいかず、清乃は立ち止まった。彼女よりもいくつか歳上と思しき男性は、礼儀正しく爽やかな笑顔で自己紹介した。

 聞き慣れない発音の名前が耳を素通りした。聞き返す前に名を訊かれて、清乃は本日何度目かの名乗りをする。ワンパターンの台詞だ。だいぶ慣れてきた。

 差し出された手は握手だろうかと握り返そうとすると、そのまま持ち上げられた。


(うわ)

 嫌悪感に一瞬で鳥肌が立った。

 忘れていた。ここは、こういうことを普通にする国なのだ。

 清乃は咄嗟に右手に力を入れて、持ち上げられた手を間一髪下に引き戻した。一度彼の手を強めに握ってから放し、きょとんとする男性から一歩離れて頭を下げる。

【……私の国とは挨拶の習慣が異なるようです。失礼があれば謝罪いたします】

 やばいかな。でも無理だ。我慢できない。

 初対面の男の口が手につくなんて、気持ち悪くて絶対無理。


【知らなかったのか。日本の女性は、ただの挨拶であろうと夫以外の男のキスを受け付けないぞ】

【……フェリクス、殿下】

 近くにいたならもっと早くに来い。嘘。助かったよフェリクス。

【そうでしたか。わたしの無知でご不快な思いをさせてしまいました】

 爽やか笑顔の青年の顔が曇る。彼は悪くないのに、王子の身分を持つフェリクスに咎めさせてしまった。

【いえ。こちらこそ失礼を】

【彼女は弟君のお目付役としていらしてるんだ。あっちで待っている弟君にお返ししてもいいか?】

【え、ええもちろん。ではキョーノ嬢。お会いできて良かったです】

 キョーノって誰だ。名前が正確に聞き取れなかったのはお互い様だったようだ。安心した。

【私もです。失礼いたします】

 頑張れ表情筋。微笑で会釈。出て来いアルバイトで鍛えた技。


 頭を戻してから、待っていたフェリクスの後ろをついて歩こうとする。

 が、軽く背を押されて横に並ばされてしまった。半歩後ろは外国では無しだったか。また子どもみたいだ気をつけろと言われてしまう。

 そんな注意を受けたとしても、ちゃんと歩幅を合わせてくれる彼に対する文句の言葉は、今の清乃には思いつかない。

「カレシつくるんじゃなかったのか。あいつ、わりといいおとこだろ。どくしんだぞ」

 助け舟を出しに来てくれたはずのフェリクスが、潔癖な反応をしていた清乃を呆れ顔で見下ろした。

「こんなとこで探す気はないよ。最初から超遠距離になるじゃん」

【そんなに嫌悪感剥き出しにしてたら一生できないぞ。手の甲にキスっても振りだけだ。今時初対面で実際に口を付ける奴なんていないから、そんなに警戒しなくていい】

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