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天使

【じゃあ時々こっちに手を振ったりウインク投げてくる男の子たちは、ユリウスから話を聞いてるお友達ってことでしょうか】

 清乃はわずかに首を傾げて、こっちを向いて片目をつむる少年に微(妙な)笑を返しながら呟いた。

【そうですね】

 カタリナは周りの少年たちを見て苦笑した。

 つまりあれが、ユリウスの愉快な同級生たちなのだ。

 誠吾は少し面白くなってきたのか、手振りには同じように手を挙げて無言の挨拶を交わしている。

「あいつ、あのデカい奴多分ルカスだな。電話で話したことある」

「あんた何やってんの」

「ユリウスが電話かけてきたんだよ。日本の高校生と話したいって言ってるって」

「なんの話したの」

「何も。覚えた日本語の発音チェックして欲しかっただけみたい」


 周囲では優雅に動き回る人々が知り合いを見つけては挨拶し談笑しているが、清乃と誠吾は壁際に立って周囲の観察に勤しんでいた。目立つ振袖のせいで壁に同化はできていないが、まあそこは仕方ない。

 男性はタキシードが多い。女性は色とりどりのドレス。

 英語の使用率は二割ほど、ほとんどがアッシュデール語を使っているという印象だ。

 つまり漏れ聞こえる会話の大半は理解不能ということだ。

 軽食が並べられてはいるが、これがっついたら駄目なんだろうな。

 ひと口サイズのスイーツを制覇したいなんて言ったら、ユリウスは困るだろうか。彼のことだから笑って、いいよ持ってきてあげるから座っててと言ってくれるかもしれないな。

 そんなことを考えていたら、国王一家入場の時間になった。


 赤褐色の長い髪をアップにしたエルヴィラの姿が遠目に見える。深い紫色のドレスが最高に似合っている。素敵、以外の感想が出てこない。素敵。

 ジェニファーは未成年だから、昼間の行事には参加しても、夜会には出席できない決まりだそうだ。

 今会場の人間のなかの最年少は、十七歳の誠吾というわけだ。ユリウス曰く、外国人だし、身分証提示するわけじゃないし、だそうだ。適当だ。

 さすがにチャラチャラしていないフェリクスが、初めて王子らしく清乃の眼に映った。

「そういえばフェリクスも美形だったっけ。なんか王子に見えるね」

「王子だからな。大抵ユリウスと一緒にいるから薄れるよな」

 彼らは、会場の隅で小さくなっている清乃たちとは身分が違うのだ。

 ユリウスは今日の主役だからか、兄である王太子よりも後から、国王夫妻と共に登場した。

 例の白い詰襟が、王子の礼服なのだろう。左胸には、今日の儀式で増えたらしい飾りがぶら下がっている。

 独身の美形王子の姿に、生花を飾った少女たちが一斉に色めきだった。さすがに歓声が上がることはないが、ざわめきが広がる。彼女たちの心の中は、きゃーっだろう。

 まったく知らないひとだったら、清乃だって楽しく鑑賞できたのに。


 だって今夜のユリウスは本当にかっこいい。

 再会したときに大人びた、と思ったのはやっぱり気のせいじゃなかったのだ。元から身長は高かったが、その細い体躯に少しだけ逞しさが加わったのが分かる。遠目に見て初めて気がついた。

 彼はいつも清乃に可愛い笑顔を見せてくれるから気づかなかったのだ。公務用の凛々しい表情が新鮮に映る。

 大人みたいだ。


 そうか。ユリウスは大人になったのか。

 今日は彼の成人を祝う日なのだ。


「……ユリウスかっけえな」

「うん。やっぱ天使だ」

「…………天使か」

 天使だよ。


 大人になんかならずに、ずっと天使のままいてくれたらいいのに。

 これ以上彼が格好いい大人の男になってしまって、それでも変わらず好きだと言ってくれたら、清乃だって好きにならない自信がない。

 そうなったら清乃とユリウスの関係はおしまいだ。もう直接会うことはできない。電話もメールもしない。手紙も書かない。

 一緒にいる未来を思い描けないひとを好きになって、平然としていられるほど清乃は強くない。


(そう?)

 そう? ってなんだ。そうだよ。

(ほんとうに? ほんとうにかれとのみらいはないの?)

 ないよ。


 ユリウスには婚約者がいる。

 もしそんな存在がなかったとしても、仮に彼が正式に望んでくれることがあっても、清乃はこんな煌びやかな世界では生きていけない。

 清乃は日本で生きる。ユリウスはアッシュデールで生きていくのだ。

(そこまでかんがえなきゃだめなの?)

 今どきこんな考え、頭が堅いと言われるのかな。

 ユリウスは今日十八歳になったばかり、清乃だってまだ二十歳だ。


 重く考える必要なんてないのかも、とふと考えてみる。

 仮に今恋人同士になっても、身分差とは全然関係ない理由で別れるかもしれないし。十代の頃から付き合って結婚する人なんて、今の世の中珍しいはずだ。

 ほんの数ヶ月、長続きしても数年程度。そのくらい、軽い気持ちで付き合ってみてもいいのかな。

 キラキラ。キラキラ輝いている本物の王子様。

 ユリウスと、ユリウスの

「姉ちゃん!」


「はい」

 小さいが鋭い声に、清乃は現実に引き戻された。

 目をしばたたくと、誠吾の焦った顔が歪んだ。

「今変だった」

「ごめん。ありがとう。頼れる弟よ」

「頼むよマジで」

 危なかった。こんな空間でぼんやりして恥を晒すところだった。

 いつの間にかユリウスの挨拶も終わって、歓談タイムに入っていたようだ。


「えっ嘘。あたしユリウスの話聞き逃した?」

「マジかよ。何しに来たんだよ」

 まったくだ。自分にびっくりだ。

「どうしよう。ユリウスなんて言ってたの?」

「ここの言葉だったから分からん」

 それなら別にいいか。

 言葉が分からなかったなら、感想の言い様がない。堂々と言えてた、と小学生の学芸会観覧の感想レベルで問題ないだろう。


【キヨノ様、大丈夫です。大したことは言っていません。今日はありがとう、これからもよろしく程度の話です】

 カタリナはやっぱり辛辣だ。自国の王子と言っても、彼女は舎弟くらいにしか思っていないのだ。

【カタリナさん、ずっと気になってたんですけど、私のことはキヨ、だけで大丈夫です】

 Missと呼びかけられているときにはそういうものかと思っていたが、キヨノサマと日本語で言われて驚いたのだ。外国語難しい。

【俺も。セイでもセイゴでも呼びやすいほうで】

【ではお言葉に甘えて。キヨもセイも、わたしのことはどうぞカタリナとだけ】

 カタリナさん、のつもりでMs.と言っていたのは間違いだったのだろうか。苗字に付けるものらしいという認識はあったが、歳上の女性を呼び捨てにする度胸はなかったのだ。外国文化難しい。


【カタリナ。せっかくのパーティーなのに、一緒にいてくださってありがとうございます。私たちは心強いですが、一緒に出席したいと言う方はいらっしゃらないのですか?】

 これだけの美女だ。お誘いがないわけがない。

 約束をしている男性がいるなら、そっちに行ってもらうべきだと思ったのだ。

【あら。お気遣いありがとうございます。でも問題ありませんよ。彼もこの会場にいますが、仕事中です】

 やっぱりいるんだ。

【えっどの人ですか。ここから見えますか?】

【期待しないでください。王家の方のような男性ではありません。ほぼゴリラです】

 照れ隠しか。カタリナさん可愛い、と思いながら清乃が会場を見回すと、そう苦労することなく、ほぼゴリラが見つかった。


 動きを止めた清乃の視線を辿った誠吾が姉と同じような顔をした。あ、ゴリラだ。

 筋肉の付き方がゴリラだ。タキシードの上からでも分かるってどれだけ。

【どうされました? 動物園から脱走したゴリラでも見えましたか】

【カタリナひどい】

【ひどくないです。彼がわたしの理想の男性ですから】

 カタリナはマッチョ好きだったか。

 だから彼女は美形王家の男性陣に冷たいのか。彼らも鍛えてはいるが、ゴリラの肉体と比べると棒切れのようなものだ。

【やっぱり筋肉は裏切らないんですか】

「姉ちゃんそれ意味ちげえ」

【裏切りません】

 力強い頷きに心動かされた清乃は、彼氏募集の条件に筋肉を付け足そうかなと考えた。

 カタリナが言うなら、ゴリラはきっと素敵な男性なのだ。



 パーティーと言ってもこんな感じでいいのか。綺麗に着飾って楚々として振る舞えばいいだけだ。会場の隅で内輪の話をしていてもいいなら、難しいものではない。

 普段着のときよりは控えめに笑っていると、少しずつユリウスが近づいてくるのが分かった。

 いくつかある会場の中心のひとつがこちらに向かって来ているのだ。

 今日の主役であるユリウスは話しかける人々をそつなく捌きながら移動している。

 白い詰襟がこれほど似合うひとも珍しいだろう。肌も白いし、金髪も白っぽい。

 いわば全身白なのに、黒の礼服や色とりどりのドレスを着た人々に囲まれても、彼の存在感は薄れない。

 何故だろう。シャンデリアの灯りを弾いて発光しているようにでも見えるのだろうか。

 堂々とした態度で大人と対等に会話しながら自然な仕草で周囲を見回し、彼はとうとう清乃を見つけた。


 天使の顔がパッと輝く。

 やっぱり発光している気がする。

 さっきまで大人に見えていたユリウスは、いつものように可愛い笑顔を清乃に見せてくれた。

 よかった。彼はまだ天使のままだ。

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