朝餐
朝餐会場には、ユリウスに似た美少女とエルヴィラ、フェリクスがすでに席について待っていた。あとひとり、手前に座る年配の女性がフェリクスの乳母だろうか。
エルヴィラが片手を挙げて、昨日のように頭を撫でてくれた。
途端に頭の中の靄が消え、視界がクリアになったようにすら感じられた。
「おはようキヨ、セイ」
「「おはようございます」」
姉弟で声を揃えてしまった。朝イチのやらかしだ。恥ずかしい。
ふふ、と軽やかな笑い声が聞こえた。
窓から射し込む陽射しが美少女の白金髪を輝かせている。彼女はユリウスの妹だ。年齢は彼のふたつ下の十五歳。
眩しい。
色々な意味で眩しい少女がふわりと微笑んで立ち上がった。
目線の高さが清乃とあまり変わらない。年齢を考えるともう少し伸びるのかもしれないが、背の高い家族のなか、彼女だけ小柄なようだ。
少し病弱な子なのだとユリウスが言っていた。小柄なのはそのせいだろうか。
細身だが病的ではなく、儚げ美少女らしい華奢な印象を与える痩せ方だ。
【おはようございます。はじめまして。ユリウスの妹のジェニファーです】
【お目に掛かれて光栄です、ジェニファー王女殿下。杉田清乃と申します】
【弟の誠吾です】
美少女相手に緊張しているのか、誠吾は素っ気無いくらいの態度で頭を下げた。
失礼と思われないだろうかと清乃はヒヤヒヤしたが、ジェニファーの微笑は崩れなかった。彼女の貼り付けたような表情も、初対面の外国人に対する緊張からくるものなのだろうか。
【キヨ、セイ、カタリナの母親のルイーザだ。ルイーザ、日本から来たユリウスの客人で、キヨノとセイゴ】
フェリクスがわざわざ席を立ち、ルイーザが座る椅子まで来て紹介してくれた。
チャラ男が孝行息子に見える。その態度から乳母を大切にしているのが伝わってきた。
【はじめまして。杉田清乃と申します。お目に掛かれて光栄です】
【弟の誠吾です。カタリナさんにお世話になってます】
日本式にお辞儀をする姉弟を、ルイーザは座ったまま目を眇めて見た。
【よろしく、日本のお客人】
あまりよろしくする気は無さそうだ。
清乃と誠吾は無表情に近い笑顔のまま頭を上げた。
『この娘が例の子かい。男を誘う魔女の顔をしているね』
『ルイーザ! オレの客に失礼なことを言うな』
ルイーザが何かを言うと、ユリウスが小さいけれど鋭い声で彼女の名を呼んだ。
どういう態度を取ればいいのか清乃が決めあぐねていると、エルヴィラがなんでもないふうに通訳してくれた。
「ルイーザは、キヨが男を誘う魔女の顔をしていると言っている」
思いがけない評価に、清乃はきょとんとしてしまった。誠吾に至っては吹き出す始末だ。
「姉ちゃん男の誘い方知ってんの?」
「そんなもん、適当にはだけて接近すればいいだけでしょ」
「大体合ってる。キヨならそれで九割はかたい」
エルヴィラから丸をもらえた。
初対面のふたりは日本語が分からないという話だった。向こうが内輪の話をするのだから、こっちだってしてもいいだろう。
「……なんでちょっと嬉しそうなんだ」
ユリウスのツッコミに、清乃は慌てて顔を引き締めた。
「アダルトな評価されたの生まれて初めてだったから、つい」
「よかったな、姉ちゃん」
清乃は唇の端を上げてルイーザに会釈した。
若い娘を批判したがる年配者はどこにでもいるものだ。おおかたユリウスとの仲を勘繰られてでもいるのだろう。気にするほどのことではない。
フェリクスが乳母を諌めることはなく、彼はただ難しい顔をして一連のやりとりを見ていた。
「コンニチワ」
新たな声に驚いて清乃が振り返ると、金髪の若い男性が入室してきたところだった。
王太子だ。二十七歳、一児の父。
清乃は事前に聞いていた情報を頭の中から取り出して並べた。
妻は最近出産したばかりで、実家に里帰り中。これまた外れのない美形。髪の色は父親と同じ豪華なハニーブロンドだ。
エルヴィラ以外の三人は父親似ということか。
「ハジメマシテ、キヨノサンとセイゴクン。ユリウスのアニのルキウスデス」
王太子は日本からの客人を敬して日本語で挨拶をしてくれた。ならば清乃は、アッシュデール語で返すのが正解だろうか。
「こんにちは。『お目に掛かれて光栄です。ルキウス王太子殿下』」
挨拶のバリエーションが少ない。他のパターンは練習していないからだ。
【アッシュデール語の勉強をしてくださったのかな。お上手だ】
手を差し出されたら、両手で握るのが正解だと思っていいのだろうか。そこまで勉強してこなかった。誠吾も同じような仕草をするから、これが日本における高貴な方への礼儀だという顔をしていればいいか。
【ルキウス、うちの両親より早く来るな。気を遣ってやってくれ】
フェリクスが英語を使うのは、清乃たちに疎外感を味わわせないためだろうか。
この国で一番偉いのは国王夫妻、次に王太子夫妻、その次が王弟である公爵夫妻だという話をしているのだろう。
ユリウスは公爵よりも王位に近いが、まだ子ども枠ということか。偉い人を待たせてはいけないから、格下の者から部屋に集まっていなければならない。
清乃と誠吾は非公式ではあるが国賓扱いで、王子であるユリウスのエスコートで入室したために、王子王女を待たせても問題なかったというわけだ。
面倒臭い、とも思うが、日本の一般家庭でも似たような躾をしている。杉田家でも言っていることだ。
働いているお父さんが一番偉い。お父さんが先に食卓についちゃった、お父さんを待たせないで。
【フェリクスのくせに堅いことを言うな。キヨノさんたちにお会いするのが待ち切れなかったんだ】
【ご挨拶が遅れてしまい申し訳ありません】
これまでの不作法を咎められた気がして、清乃は慌てて謝った。
【キヨ、謝る必要はない。オレが紹介しなかったんだから】
【なんで今まで紹介してくれなかったのよ。わたしだってお会いするのを楽しみにしてたのに】
美少女が可愛らしく頬を膨らませる。
美青年は弟をイジる兄の顔をしてユリウスを見下ろした。
【まあ気持ちは分かるけどな。どうせわたしのような大人の男に会わせたくなかったんだろう】
【義姉上に言い付けるぞ】
美しい兄妹である。眼福としか言いようがない。
その後すぐに現れたフェリクスの両親である公爵夫妻も、国王夫妻もみな美しかった。
公爵夫妻はチャラ男の親とは思えないほど生真面目な表情で、だが清乃たちを歓迎する姿勢を見せてくれた。
全員が揃い、運ばれてきたブランチのメインはオムライスだった。
すべての皿のチキンライスに完璧な形の卵が載っている。
「えっ?」
ユリウスが驚いて、自分の皿と隣の清乃の皿とを見比べる。そう何度も見なくても、同じ献立である。
オムライスは日本生まれの料理だ。ユリウスは日本滞在中にその味を気に入り、せがまれた清乃が何度も作ってやったのだ。
【これが噂のオムライスか。食べるのは初めてだ】
エルヴィラが興味深そうにためつすがめつする。
他の尊い方々も同じようにしげしげと眺めている。
この席では、共通言語としてみなが英語で喋ることになったようだ。
【あの味が忘れられない、とキヨに言ったんだろう】
向かいの席から楽しそうにフェリクスがユリウスに種明かしをする。
【言ったけど。でもキヨは今まで部屋で】
【お誕生日おめでとうございます、ユリウス王子殿下。ささやかではありますが、プレゼントとして厨房の方にケチャップをお届けさせていただきました】
アッシュデールのシェフに作り方を伝えて作ってもらったが、キヨのオムライスと味が違うんだ、キヨのオムライスが食べたい。とユリウスから愚痴を聞かされていたのだ。
プロが作ったもののほうが美味しいに決まっている。食べたことのないものを再現しろとか無茶振りするな、ワガママ王子。と清乃は一蹴していた。
何かの話のついでに母に訊いてみると、ケチャップが違うからじゃない? とあっさり答えをくれたのだ。さすが主婦歴二十ウン年。
こんなものをプレゼントにしていいのかと悩んだのだが、メールでフェリクスに相談すると、それがいい、一番喜ぶ、と断言してくれた。
フェリクスに連れられて厨房に頼みに行った際には、シェフに感謝されてしまった。これで殿下に恨みがましい顔をされなくて済みます! だそうだ。何をしているのだ王子様。
「キヨの味がする」
ユリウスの舌は満足したらしい。
あえてこの場では突っ込まないが、お袋の味みたいに言うな。特売日に買った市販のケチャップの味だ。
「ケチャップくらいいつでも送ってあげるから、もう大人を困らせるんじゃないよ」
「今日からオレも大人だ」
「それなら尚更ワガママ言うな」
今回はメニューがこれだったから、清乃たちも呼ばれたのか。理由が分かって少しホッとした。
高貴な方々の口に合うものではなかっただろうに、国王家族は嬉しそうなユリウスを見て喜び、美味しいと言いながら完食していた。
温かい家族だ。
ユリウスの髪の毛は母親譲りだったようだ。孫がいるようには見えない儚げ美女の王妃が、朝食中にふざける王をこっそり蹴飛ばしたと思しき瞬間を目撃してしまった。
壁際に立って写真を撮っていたいな、と思いながら、清乃は貼り付けた微笑が引き攣らないよう表情筋に気合いを入れて朝食の時間を過ごした。




